閑話 はじめての料理は苦くて、とっても甘い

時系列的には、「vs鉄拳・重撃の日」と「エピローグの最後」の間です。ストーリーには関係ないので読み飛ばしても大丈夫。


ダリヤの、幸せな思い出。


―――



 ――わたしは、自分のことをとても幸運な女の子だと思っています。




 生まれ故郷である火精の里は、ある日突然壊滅しました。


 どこかの悪い貴族が、わたしたちだけの特別なスキルを欲しがって攻めてきた……そう知ったのは後の話です。


 そして、それを聞いた時にはもう、わたしは一人になっていました……。


 捕まる時に足を大怪我したわたしは、王都に連れてこられる途中、治癒術師に「まともに歩けるようにはならない」と諦められ、一人だけ奴隷商に売られてしまったんです。


 その時のことを思い出すと、今でも辛い……。


 ちょっと前まであった日常はあっという間に崩れて。わたしは足を失って、家族とも離ればなれに。


 狭くて暗いジメジメした牢の中で、濁った目の奴隷商に残飯のようなご飯を投げ渡される毎日。


 でも。


 そんな辛くて苦しいどん底にも。


 ある日、光が差したんです。




 そう――――わたしの、ご主人さまです!




 もう、ほんとうに。


 天に……いえ、ご主人さまには感謝してもしきれないです!


 たしかに初めはちょっと怖かったです。ご主人さま、けっこうずっとむすっとしてるし(そこがかわいいんですけど!)、わざと意地悪なことを言うし。


 でも、そんなの見た目だけの話です。


 実際のご主人さまは、やることなすこと全部……ただただ、いいひとなんです。


 初めて会った日、わたしを抱いて走ってくれた時の、あのやわらかな温もり。


 ほんとうならとんでもなくお金が掛かる、治らないはずの怪我の治療。


 暖かいベッドやきれいな洋服、栄養たっぷりの手料理まで作ってくれて。


 それに、スキルや読み書き、算術、果てにはこの国の歴史まで、ほんとうに色んなことを教えてくれるんですよ? 


 奴隷としての付加価値だってご主人さまは言うけど、それなら奴隷に関わる法律なんて教えるべきじゃないんです。ご主人さまに対する武器を与えることになるんですから……!


 でも、それをしちゃう愛しいお方がご主人さまで……。わたしは、すこしでも恩返しできるように頑張らないとって!




 ――そう心に誓って、早二週間が経ったある日のこと。


 今朝は早く起きて、初めてご主人さまに朝ごはんを作っています。


 ご主人さまが起きてリビングにきたのを見て、つい声が弾んでしまいました。


「おはようございますっ。もうすこしだけ待ってくださいね、ご主人さま。もう朝ごはんできますからっ」


「……。なんでそんなことしてる?」


「だって、わたしはご主人さまの奴隷ですから! 奴隷はご主人さまの身の回りをお世話するものです」


「ガキがそんなこと気にしなくていい、んだが。……まあ、別にいいか。食材を無駄にしないなら好きにしろ」


 またそんな刺々しいことを言って、律儀にテーブルに座るご主人さま。あ、寝癖がついてます。かわいい……。


 と、そんなことより早く朝ごはんの準備を……って、ああ!


 ――め、目玉焼き、焦がしちゃった……!


 お皿の準備したり、起きてきたご主人さまのこと気にしてたら……。しかも、ご主人さまとわたしの分どっちも。


 さっき、食材を無駄にしないよう言われたばっかりだったのに。


 と、とりあえずお皿に盛って……。あぅ、表から見ても焦げちゃってるの見えてます。うぅ、どうしよう……。


「……? 何してるんだダリヤ。できたなら早く持ってこい」


「――っ! は、はい……」


 昨日作ってもらったお野菜のスープと、サラダと、ベーコンを添えた目玉焼き。あとはご主人さま用の白パンを。


 うう。ご主人さまの前に全部ならべたけど……。


 すごく言いづらいけど、もう自分からごめんなさいって言おうって。そう、思ったときでした。


「何してる、早く座れ。お前の分も持ってこい」


「は、はい」


 な、なんにも言われなかった。でもご主人さま、さっき絶対目玉焼きのこと見てた気がする。


 とにかく言われた通りに。わたしのご飯ももってきて、ご主人さまの対面に座ります。


「じゃあ、食べるぞ」


「ど、どうぞっ」


 ご主人さまはサラダを一口。その次は……目玉焼き……っ!


「……っ」


 ああ、やっぱりダメです、わたしって。


 この間セラス商会から逃げるときだって、わたしだけずっと足を引っ張っていました。


 ご主人さまに恩返ししたくて、できるだけご主人さまのためになるように頑張ったのに。


 ……でも、わたしがやったことはぜんぶ裏目に出て。ルナお姉さんやシアお姉さんが来てくれなかったら、きっともっと大変なことになっていました。


 今日ご飯を作ったのだって、昨日ふらっとやってきたルナお姉さんに「できるだけヴィクターさんのお世話してあげてね。あの人、自分のことは全部てきとうにやっちゃうから」なんて言われて、それで初めて思い至ったんです。


 あぁ……お役に立ちたいのに、わたしはダメダメで……。ルナお姉さんやシアお姉さんは、ちゃんとご主人さまの助けになれてるのに……ッ。


 やっぱり、わたしなんて――




「――うまいな」




「……え?」


 いまわたし、聞き間違えた?


「ご主人さま、いま、なんて……っ」


「……。二度は言わん」


 ご、ご主人さま……。そんな、焦げて裏が真っ黒の玉子を食べて。


 ぜったい苦いし、食べなくたって焦げてるの分かってたはずなのに。


 聞き間違いじゃなければ、いまたしかに「うまい」って……!


「いつまでこっち見てる。早くお前も食べろ……ッ」


 ご主人さま、いつもよりちょっぴり早口です。


 ……口ではいつも、「金のためだ」「奴隷なんてただの商品だ」なんて。そんなことばかり言うご主人さまが、こんなあからさまにわたしのことを気にかけてくださって。


 そのうえ、かわいく照れて…………。


 ……あぁ……っ。 やっぱり、わたし。


 だれよりも恵まれていて、幸せで。


 そして。


 ご主人さまのことが――――




「――だい、すきです……っ!!」




―――


次話より第二章スタートです。

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