第2話 ふふ、今日は私が助けてあげる側だね?

 なぜ俺は見知らぬ少女二人に責められてるんだ? 「信じられない」と絶句した顔で。


「あいにく、お前らみたいな……身綺麗な女の知り合いはいない。俺の名はそれなりに有名だがな。どうせお前らも俺の悪名を聞いてタカリに来た口だろ」


「ひどーい! タカリとか、そんなことするわけないよ!」


「どうだか。…………いや? たしかにお前、そっちの黒髪。お前が持ってるその剣……騎士団の正式装備の?」


 話していて気がついた。その柄に刻まれたグリフォンの意匠は貴石騎士団のものだ。貴族の強者のみ所属できる騎士団が、たしかにタカリのはずはない。


 だが、同時にますます知り合いとも思えない。


 ……ないのだが。


「私のことを忘れちゃうなんて、やっぱり貴方はひどい人だなあ。よよよ……泣いちゃおうかな」


「ちょっとルナ、ふざけてる場合じゃありませんよ……! あの男、私たちのことを忘れるなんて!」


 金髪が責めるように言って、俺を鋭く睨みつける。


 だが、その直前だ。黒髪の少女は、おどけたように泣き真似する一瞬前に。


 ちらと見せた、あの傷ついたような表情……。


 世話焼きでなんでもやろうとしていた裏にあった、拒絶されることを恐れるあの目は――。


「――……お前。…………俺が初めに買った奴隷、か?」


「――! ッうん、そうだよ! 私、奴隷一号のルナだよ!」


 そうして少女は、ぱあっと咲くような笑みを浮かべて言った。




「――やあっと思い出したの? ご主人さまっ」




 目を細めて笑みを浮かべる黒髪の少女――ルナ。


 こいつほんとに……!? 俺が手放したのはもう五年は前だ。たしかに順調に成長してたらこのくらいの年頃だが。


 それにしたって、なぜ騎士団に? 俺はこいつを貴族家のメイドとして売り払ったはずだが。


「ヴィクターさんはぜんぜん変わらないからすぐ分かったよ。私のこともすぐ気づいたらご褒美あげようと思ってたけど……ちょっとだけ時間がかかったからお預けかな?」


「この状況で何をっ」


「この状況、ね。ヴィクターさん、相変わらずアングラな感じだもんね……。よく分からない輩に追われてるし」


「ああ、そうだよッ。もう後ろに迫ってる! だから、いまお前に構ってる暇は――」


「それに抱いてるその子。――また、新しい子を拾ったんだ?」


 腕の中で、びくっと小さく振動。


 そして、俺を見るルナの目――一見して変わったところはないが。ただ、俺にはなんとなく分かる。


 こいつは昔も、俺が他の奴隷を鍛錬している時、汗を拭く布や飲み物なんか用意しながら、よくこんな――どこか寂しそうな、途方に暮れた目をしてた……。


 自己表現が下手なガキだった。


 ……ちっ。ガキはガキらしくしてればいいものを――。


「……思い出話は、だ。いまはコイツらを」


「……! 、ね。ヴィクターさん、やっぱり変わってない」


「ハッ。何を知ってるってんだ。俺の元奴隷風情が」


「奴隷だったからだよ。私、ご主人様に捨てられないように、ようく見てたんだから」


 なに笑ってやがる。元奴隷なんて、騎士になった今は忘れたい過去だろうに。


 俺は幼い少女を金銭で売買した人非人、ただそれだけのはずなのに。


 ……と、今はそんなこと言ってる場合じゃないか。追手がもう――。


「やっと追いついたぜ! なんか知らねえ女が増えてやがるがっ」


「嬢ちゃんたち、そいつが誰だか知ってんのか? 俺らの界隈じゃ知らねえやつはいねえほどの悪党だぜ!? 金のために子どもの奴隷を使い潰して最後にゃ売り払う、そんな男だ!」


「……というか、おい。この二人、とんでもねえ上玉じゃねえか? 顔はよく見えねえが、美味そうな女の匂いがプンプンしやがる。奴隷使いと一緒に捕まえちまおうぜ!」


 俺は後ろからやってきた下卑た顔の男たちに振り返ってみせる。


 本当に下衆なやつらだ。金髪は知らんが、ルナは騎士だぞ? お前らごときがどうにできる相手じゃ――


「……ひどい言い様だなあ。ヴィクターさんが悪党? 奴隷を使い潰す? どの口でそんなことを……――」


 ルナのやつ、雰囲気が……? いや、ルナだけじゃない。金髪も、か?


「たしかにこの人は、私のことを忘れていた最低のろくでなしですが。それをゴミのような男たちに指摘されるのは……どうしてか、腹が立ちます」


 こいつら、一気に剣呑な雰囲気を出しやがって。この圧力……ゴロツキのような男どもが完全に萎縮してる。


 にしても。ルナたちが俺のことでこうも怒りを見せるのはなぜだ?


 自慢じゃないがゴロツキどもの言う通り、俺は誰かに恨みを買う生き方しかしてない。一時的には感謝を向けられることもあったが、最後にはみな俺をうらんでいたろう。


 だというのにこの二人は……いったいなぜ?


 そう、疑問に首を傾げた時だった。


 ――ルナの隣、金髪の少女が一言。


「【速度干渉】――減速」


 スキル発動の薄い光。そして、その対象はゴロツキどもだった。


 こいつら、急に動きがゆっくりに?


「あ? な、ん、で……?」


「薄汚いなりで、こちら近づかないでください」


 ゴロツキに侮蔑の眼差しを向け、金髪の少女が吐き捨てる。そして、今度は俺に鋭い視線を向けると言った。


「ほら、ヴィクターさん。トロトロしてないで、さっさとこいつらをやったらどうですか」


 こいつが俺に向ける感情。刺々しい態度の裏に微かに見えるのは……。


 なぜかは分からんが、しかし。いま優先すべきは敵の撃退か。


 俺はいくつもの疑問は一度忘れ、俺を見る金髪の少女に言った。


「……誰だか知らんが。礼は言わんぞ」


 その、次の瞬間だった。




「――誰だか、知らない?」




 こ、こいつ。急に、親の仇でも見るような目で。



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