第28話 元リーダーSide6



《オクレールSide》


 メスガッキが、女王殺蜂キラークイーン・ビーの攻撃を受けた。


「あがぁ……! あがががが……! んぎぃいいいいいいいいいいいいいい!」


 びくんびくんっ! とメスガッキが身体をけいれんさせる。

 毒だ……! くそっ、どうする……。


「り、りーだーぁ! メスガッキが! このままじゃ……死んでしまうでござる!」

「あが……あがが……が……」


 メスガッキが口から泡を吹き、顔色も真っ白になっていた。

 解毒ポーション……いや、持ってたか? ああ、わからん……!


「ブブブブーーーーーーー!」


 ひっ……! 今度はオレを狙ってきやがった!

 女王殺蜂キラークイーン・ビーの攻撃を、ギリギリで回避する。


 くそくそくそ!


 戦いに……全然集中できねえよぉ~……!

 オレは、こんなにできない男だったのか……!?


 そんなはずはない! オレは強い男だ。

 どんな敵も一撃で葬り去る、無敵の大剣使いだったのにぃ~~~~~~~~~~~~~~~……!


 たった一人、サポーターが抜けたくらいで……。

 いや、違う! これはガイアが重しの呪いをかけたせいなんだ!


 オレは……もっとできる男なんだよぉお……!


 大剣・竜殺しを振り上げ、渾身の力で振り下ろす。

 体力は限界だ。この一撃を外したら……終わり。


 ズドォオン!


「ブブブブーーーーーーーーーーーー!」

「あ……」


 避けられた……。終わった……。

 女王殺蜂キラークイーン・ビーのぶっとい針が、オレに迫る――。


 そのときだった。


「見てられませんね」


 ぎゅるっ!

 地面から木の根っこが生え出し、女王殺蜂キラークイーン・ビーの身体に巻き付いた。


 まるで大蛇が獲物を締め殺すように、ぎりぎりと締め付ける。


「すげえ……」


 はっ! なんだよ“すげえ”って!

 オレのほうが……す、すげえけどなっ!


「大丈夫ですか、ぼうやたち?」


 落ち着いた女の声。オレは周囲を見渡す。


「だ、だれだ……!?」

「そっちのぼうやは元気そうですね。……でも、そのおじょうちゃんは、今すぐ治療しないと死んでしまいます」


「あ、ああ……! つ、つーか誰だよ! 顔見せやがれ!」

「下ですよ、下」


 下……? 足下を見る。


「猫ぉ……?」


 そこには黒い猫が一匹。

 は……? 猫? まさか……。


「そうですよ、ぼうや。わたくしがしゃべってるのです」

「ひ……! ま、魔物ぉ……!?」


 これ以上戦える余裕はねえぞ!?


「違いますよ。安心してくださいね」


 しゃべる猫が、てちてちとメスガッキの元へ歩いていく。


「…………」びくんびくんっ。


 メスガッキはもう声も出さず、わずかにけいれんするだけ。


「こ、これもう死んでるんじゃ……」

「そうですね。ほっとけばあと数秒で死んでいたでしょう。ただ……」


 ぴた、と猫がメスガッキの肌に触れる。

 すると、不思議なことが起きた。


 猫の足元に、ぶわわ……と花が咲き広がったのだ。

 花はみるみる成長し、五十センチほどにまで大きくなる。


 そして花弁から、雫がひとしずく――。


 ぴちょん、とメスガッキの肌に落ちる。


「かはっ……!」

「め、メスガッキぃ!」

「はあ……はあ……あ、あれ……? 苦しくない……」


 い、一体何が……? あの猫がやったのか!?


「もう安心ですよ。おじょうさんの毒は取り除きました」

「ひぃい! ね、猫がしゃ、しゃべったぁああああああああ!」


 ずささっ! とメスガッキが後ずさりし、猫から距離を取る。

 そりゃそうだ。猫がしゃべるなんてありえねえ……。


「あらあら、怖がらせちゃってすみませんね。ですが、あなたたち程度の実力では、この森で死ぬだけです。早々に立ち去った方がよろしいと、忠告だけさせてもらいますね」


 猫が上から目線で言ってきやがった。

 いつものオレなら反論していた。


 だが……。


 瀕死のメスガッキを助け、女王殺蜂キラークイーン・ビーを瞬殺した、この猫に……。


 オレは一つの仮説を立てていた。


「お、おいあんた……もしかして、森呪術師ドルイドか?」


 ぴた、と猫が足を止める。


「……あらあら、どうしてそう思うのですか?」


 違うなら無視するはず。

 でもそうしなかった……やっぱり!


「頼む! 森呪術師ドルイド! オレらにかけられた呪いを解いて欲しいんだ……!」

「まあ……呪いですって?」


「ああ!」


 黒猫がじっとオレらを見つめる。


「ふむ……わたくしの存在を他言しないと約束するのであれば、診察しましょうか」

「! その程度でいいなら!」


 呪いが解けちまえば、もうこいつに用はねえ。

 黙ってるだけで解決なら安いもんだ!


 猫がオレの足に触れる。


「…………ふむ」

「ど、どうだ!? 呪いがかかってるだろ!?」


「なるほど」


「おい! 無視すんなよ!」


 猫は今度はメスガッキの足に触れ、それからオレの前に戻ってきた。


「もしかして、仲間に“重さを変える能力”を持った人がいましたね?」

「!? ど、どうしてわかるんだ!?」


「力の痕跡を感じましたので」

「やっぱりかぁあああああああああああああ!」


 ガイアの野郎!

 オレらに重しの呪いをかけてやがったんだ……!


 なにが『呪いなんてかかってねえ』だよ! やぶ呪術師め!


「やっぱガイアは、追放された腹いせにオレらへ呪いをかけたんだぁあああ!」


「やっぱりねえ! あのクソガキ!」

「でゅふ! 恩知らずもいいとこでござるな!」


 オレらは喜び合う……!

 不調が自分たちのせいじゃなかったと証明されたからな!


「ガイア……重さを変える力を持つその子は、ガイアというのですか?」

「ああ! ガイア・グラヴィスっていうガキだ」


「……なるほど。素晴らしい力の持ち主のようですね」


 は……?


「素晴らしい……?」

「重さを自在に操る力で、未熟なあなたたちを強くしていたのですから」

「「「は……?」」」


 未熟者……?


「な、何言ってんだよ猫野郎!」

「? ガイア少年が、あなたたちを強くしていたと言ったのです」


「ち、力が無い!? オレはSランカーだぞ!?」


 ぱちくり、と猫が目を瞬く。


「なるほど。では彼は、相当なバフ使いですね」


「なんでガイアを褒めんだよ! あいつは呪いをかけた最低野郎だぜ!?」


「呪いなんて、かかってませんよ、今は」

「「「はぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!?」」」


「わたくしが調べた限り、彼は出て行く前に力を使い、あなた方を強くしていた――ただそれだけです」


「なん……だって……?」


 この猫は凄腕の森呪術師ドルイドだ。

 そんな猫が言うのだ。説得力は……ある。


 で、でも……。


「う、うそだ……ちゃんと調べてねえんだろ……」

「調べましたよ。どう見ても、呪いなんてかかってません」


「そ、それはパーティを追放された嫌がらせで……あ」


「……ほう。そんな優秀なバフ使いを追放したと」


 ふっ……と猫が鼻を鳴らす。


「あらあら、それはちょっとお間抜けさんですね」

「ぐ……」


 くそ……。うそだろ……ガイア。

 おまえ……呪い、かけてなかったのかよ……。


「やっぱりね。ガイアがそんなことする男じゃないと思ってたわ」

「あらあら、お嬢さん。さっきと真逆のことを言ってますね?」


「う、うっさいわね! で、どうするのよオクレール? 呪い、かかってなかったんですけど?」


 不調の原因は呪いじゃなかった。

 じゃあ、狩りがうまくいかないのは……。


 もう答えは一つしかない。

 ガイアが、オレらを強くしていたんだ……。


「り、リーダー……これは、もう……決定的では?」

「ぐ……ぐぬ……うぐぐ……うがぁああああああああ! くそくそくそ!」


 仕方ねえ……!


「ガイアを、連れ戻しにいくぞ!」


 もう一度仲間に引き入れ、サポートさせるんだ!

 そうすりゃまた大活躍できる!


「でゅふ……拙者も賛成でござる」

「ぷーw 今頃戻ってこいとかw だっさいw」

「じゃあ反対なのか?」

「強くなれるなら賛成に決まってるじゃん」


 よし! 全員一致!


「でも……ガイアはどこにいるのでござろうか……」

「そ、それは……」


 猫が言う。


「わたくしが手を貸しましょうか?」

「は……? 手を貸す……?」

「ええ。植物の声を聞き、彼の居場所を特定できます」


「! ほんとか! よし、頼む!」


 猫がうなずく。

 はは、ついてるぜえ……! 森呪術師ドルイドが仲間になるなんて!


「どうして拙者たちに?」

「そうですねぇ……強いて言えば、【同胞】を見つけたからでしょうか」


「同胞……?」

「こちらの話ですよ。さ、いきましょうか。ガイア少年のもとへ」


 こうしてオレらは森呪術師ドルイドを仲間にし、ガイアを連れ戻しに行くのだった。


 やつはSランクパーティに戻れるんだ。

 きっと泣いて喜んで、戻ってくるに違いねえな……!

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