第7話 体育祭の朝
体育祭当日、奏太は早朝から登校していた。赤組の装飾係として、テントや応援グッズの最終確認があったからだ。5月の朝は爽やかで、まだ人けのない校庭には鳥の声だけが響いていた。
体育倉庫から応援旗を取り出し、テント前に運んでいると、遠くに人影が見えた。並木の向こうから歩いてくる女子生徒。よく見ると、それは結月だった。こんな早朝から彼女も登校しているとは思わなかった。
「おはよう」
結月が近づいてきて、明るく挨拶した。朝日に照らされた彼女の姿は、どこか絵画のように美しかった。
「お、おはよう」奏太は少し驚きながら応えた。
「なんでこんな早く?」
「女子リレーの選手だから、朝練するの」結月は微笑んだ。
「秋津くんこそ、早いね」
「装飾の最終チェックがあって」奏太は手にした応援旗を見せた。
二人きりの静かな朝の校庭。前世では経験しなかった穏やかな時間に、奏太は少し緊張していた。
「前より早起きになったんだな」
思わず口にした言葉に、結月は少し驚いたような表情を見せた。
「うん、今は遅刻しない自分でいたいから」
彼女は視線を遠くに向けながら答えた。
「前世では……いつも時間に追われてた気がする」
彼女の言葉に、奏太は前世の記憶を思い出した。確かに、ピアノと学業を両立させるために、結月はいつも忙しそうだった。約束の時間に遅れることも多く、いつも走ってきては謝っていた。
「今世の私は、いろいろなものを大切にしたいんだ」
結月は真剣な表情で言った。
「時間も、人との約束も、全部」
その言葉に、奏太は胸が締め付けられるような感覚を覚えた。前世で彼が彼女から奪ったもの――選択の機会、真実を知る権利、そして二人の時間。
「秋津くんは? 前世と比べて変わったことある?」
結月の問いかけに、奏太は言葉を探した。
「そうだな……健康であることかな」彼は空を見上げながら答えた。
「病気じゃないってことが、どれだけ大きいか」
結月は小さく頷いた。
「それは本当に大切なことだね」
二人の会話は他の生徒たちの到着で中断された。準備委員の声が校庭に響き、次第に人が増えていく。
結月は「じゃあ、練習してくるね」と言って走り去った。その背中を見送りながら、奏太はこの穏やかな朝の時間が、不思議と心地よかったことを感じていた。
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