第2話 婚約者

 

「……は?」


 俺は思わず踏み出した足を止めた。


 それだけ聞こえた発言が理解不能だからだ。リーシアは俺の大切な婚約者である。そのリーシアが、何故婚約者ではない男から婚約破棄をされているのだ。全く理解出来ない。


「一体何を仰っているのですか!? ナンス・オロン公爵令息!?」


 俺の愛しいリーシアも、この可笑しな状況が分からず困惑の声を上げた。三年ぶりに聞く彼女の声は、変わらず凛として大広間に響く。


「何だ? この期に及んで状況を理解できていないようだな! 頭の悪い女だ! お前がこの僕ナンス・オロン公爵令息に相応しくないから、婚約破棄をすると言っているのだ!!」

「……っ!?」


 ナンスと呼ばれた男は、俺の大切な婚約者を罵る。そのことに、腹の底から怒りが込み上げた。


「……私はナンス・オロン公爵令息に何も関わっておりませんが?」


 涼やかで美しい声に、冷静さを取り戻す。対峙しているリーシアの方が辛い想いをしているのだ。俺が此処で怒りのままに、行動するのは良くない。彼女と合流し、愚者からリーシアを守るのが最優先だ。俺は再び足を進めた。


「そう! それだ! 僕の婚約者でありながら、関係ないフリをして! 他の生徒たちを侍らせ! 僕の気を引きたいのだろう!? だから男爵令嬢であるカナを虐めた! 違うか!?」


 リーシアの言い分を正しく理解していないナンスは、更に暴言を吐く。心優しく気高い彼女が人を虐めるなどする筈がない。


「ナンス・オロン公爵令息が仰ったことは全て間違いです。私は貴方にもカナ様にも、興味はございません」


 ナンスの発言を完全否定する。冷静沈着に物事に対応するリーシアに、尊敬の念を抱く。昔から俺は少々感情的に動き過ぎるところがある。そんな時は何時も彼女が、傍で支えてくれていた。


「酷いです! 忘れたのですか!? リーシア様は、私が男爵令嬢という低い身分の卑しい者だと言ったではありませんか! そして階段から突き飛ばしました!!」

「そうだ! 僕は見たぞ! この冷酷女! 二度と僕たちの前に現れないように、国外追放にしてやる! 婚約破棄をされた惨めな女など、娶る相手などいないだろう!」


 折角、リーシアの美しい声に癒されていたというのに耳障りな声が響く。ナンスに肩を抱かれているカナという女と、ナンスの二重奏など聞くに堪えない。

 そして何よりも、俺の大切な婚約者を罵倒することが許し難いのだ。


「いい加減にしろ」


 俺は床を強く蹴ると、ナンスの前へと立ちはだかった。そして背中にリーシアを庇う。これ以上大切なリーシアに悪意を向けさせない。


「……っ!? なんだ貴様!? 邪魔をするな!! 僕はナンス・オロン公爵令息だぞ!?」


 突然現れた俺にナンスが暴言を吐く。爵位は見せびらかすものではない。況しては令息となれば、その行動が家に不利益を齎すことがあるのだ。

 俺も自身の身分を明かすのは不本意だが、愛しい婚約者を不当に扱われた。この事実に対して適切な対応を取る必要がある。


「私の名は、ノア・ルッツ・エルバード。エルバード国の王太子であり、リーシアは俺の婚約者だ」


 俺の身分と共に、リーシアが俺の婚約者であることを告げた。

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