ラブミーテンダー

九浄新

第1話 ライバル—王様と女帝が出逢う—

「渚くん、一緒に気持ちよくなろうねぇ♡」


 いくつか年上の女が自身に跨り妖艶に笑う夢に魘され、小川渚は飛び起きた。

 魘されていたからか息は荒い。じくじくと頭痛がして、動悸も酷い。

 渚は服の上から胸元を押さえ、蹲る。

 嗚呼、嫌な夢だ。

 こんな嫌な夢を見たのは、きっと、学校のせいだ。


 渚は、都内郊外の男子高校の三年になる。しかし、この春、通っている高校が、少子化で入学する生徒が減ったことにより、姉妹校の女子高校を合併し共学になるのだ。


 日本屈指の大企業である小川グループの御曹司故か、通っている男子校で『王様』の異名を持つ渚だが、女性は少々苦手だ。


「あらあら。随分と顔色が悪いですねぇ」


 朝食を食べ(と言っても、食欲がなかったのでミルクティーのみ)、屋敷内を憂鬱な気分で歩いていると、友人で、専属使用人兼ボディガードの犬飼景太が細い目をより細め、薄ら笑いを浮かべ、迎えに来る。

 もう、学校に行かなくてはならない。

 景太は、渚の鞄と自身の鞄を肩にかけている。


「当てましょうか。あの女の夢を見たのでしょう?」


「……」


 渚は、景太のこういう意地の悪いところが友人としては嫌いだが、使用人兼ボディガードとしては有能なので文句は言わないようにしている。

 それだけ、大切な存在であるともいえる。


「……だったら、なんだ」


「いえ、別に。坊っちゃんは繊細だなぁと」


「うるせぇ」


 どうしても消し去りたい、忘れ去りたい忌々しい過去。

 男にとって、その経験は喜ばしいものでもあるかもしれないが、渚にとっては酷いトラウマを植え付けられた気分だったし、状況が状況だった。


「僕と恋人を演じている限り、女性は近づいて来ませんよ」


「それも気に食わねぇ」


 景太は、「いやん、ダーリンのいけず♡」とまた細い目をさらに細め、あの薄ら笑いを見せる。

 正直に言うと、渚は景太のそういうノリがあまり好きではない。

 普通に女が好きなくせに男に抱かれている風の演技をするのだから気に食わないし、腹立たしい。何がそんなに腹立たしいのかというと、大切な友人にそんな演技をさせている自分が気色悪いし、腹立たしい。


「まあまあ。女性に食われるよりマシでしょう?」


「……」


 男を抱いていると思われるのも難ありだが。と黙り込む渚の肩を抱き、景太は兄(小川家執事兼運転手)の待つ黒塗りの高級車に渚を誘う。

 背後でメイドたちが眼福なその光景に騒いでいたので、そんなメイドたち———女たち———の様子に渚はさらに憂鬱になる。

 そんな主の心を知ってか知らずか、今日は割増しで景太が話しかけてきたので通学の道中、渚はぼんやりと彼の話に耳を傾けた。




「あれが王様よ!」


「きゃぁ!やっぱりかっこいいわぁ!!」


「高貴よねぇ……」


 共学になり、同じ学校となってしまった女子たちが遠目にもわかるくらいに自分に対して騒いでいる。それに対して渚は眉間に深く皺を刻み、こめかみをトントンと拳で軽く叩いた。

 女子の甲高い声のせいで頭が痛いのだ。


「大丈夫ですか?坊っちゃん」


 同じクラスで(恐らく父の差し金)、五十音順で前の席になった景太が心配そうに渚の頬に手を伸ばし、顔を近づけてくる。

 咄嗟に手を払い、景太を遠ざけるが、遠巻きに二人を眺めていた女子たちが、わっと、また騒ぎ出した。


「あら!!やはり、犬飼さんと交際しているのね!」


「どちらが上なのかしら?」


「小川様よ!!」


「犬飼さんよ!!」


「まさかのリバーシブルもよくなくて?」


「「「それだわ!!」」」


 きゃいきゃいと女子たちははしゃぎ出し、最初は三~四人ほどだった女子の集団は、ほぼほぼ同じクラスの女子全員じゃないかというほどの大きな集団になった。

 しかし、何故、『嫌悪』ではなく『歓喜』なのか?

 渚は、またこめかみを拳で軽く叩いた。


「お!!お前ら色男だな!!ワハハ!!」


 不意に、渚の隣の席に女子が座った。

 なんとも豪快な女傑だという印象を受ける、ジャージ姿の女子だった。


「おやおや。蜜月の僕たちに近づいてくる女性がいるとは」


 いや、蜜月ってなんだよ、と渚は突っ込みたくなったが、頭が痛かったのでそれどころではなかった。


「ごめんごめん。癇に障ったなら、謝る。けど、こっちも訳ありでさ。他の女子と普通に仲良しこよしできないんだ」


その女子は、片瀬皐月と名乗った。

そして、自身がこういう男勝りなキャラクターをしているし、バンドでギターボーカルをしているから、元の女子高では『女帝』と呼ばれ、宛ら女子高の王子様ポジションなんだ。と明かした。

 なるほど、と二人は思った。

 これほどまで男前なら、女子高でもてはやされるだろう。


「女帝か」


「でも、お前は王様だろ?確か、小川グループの御曹司」


「何故、知っているのです?」


 すっ、と景太の細い目がさらに細められる。これは皐月を品定めしているのだ。

 大切な渚の近くに置いていい『害』のない人物か、どうかを。


「自慢じゃないけど、私、女子に人気があるんだよね」


「……自慢ですね」


 皐月は、ハハハ!と軽く笑った。


「女子高は美しいとか、カッコイイとか、そういう特別な要素を持ってる人間が人気者になる」


 それは男子高も一緒だろ?と皐月は意地悪く笑う。

 渚は、また眉間に皺を刻んだ。


「あの女子高で人気を二分してたのは、私と、お前だ。小川渚」


 渚は、そうか、なるほど。と納得した。

 女子高の女帝、片瀬皐月にとって、男子高の王様、小川渚は人気を二分する『ライバル』なのだ。

 渚は、初めて自身に恋心、憧れ、邪心を持っていない、『ライバル心』を持った女子に出逢い、可笑しくて高笑いをしてしまった。


「アハハ!!おもしろいな、お前」


「いや、急にそんな笑い出す小川も大概だけど」


「渚でいい。皐月」


 それは、皐月が渚に認められた瞬間だった。


「さんきゅ!!」


「ああ」


 そんな、楽しそうな渚と皐月を、景太は何とも言えない表情で見つめていた。


—第一話 了—

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