第5話

颯真はガレージを片づけた勢いのまま、リビングへと歩を進めた。

 古い畳の縁は擦り切れ、壁紙は黄ばんでいる。家具も少なく、空虚な空間。

 だが、窓の向こうに視線を向けた瞬間、印象は一変する。


 運河沿いに張り出した木のデッキ。

 朝の光が水面に反射してきらめき、ゆるやかな風が川の匂いを運んでくる。

 幼い頃、夕暮れ時に家族で腰を下ろし、ただ水の流れを眺めていた記憶が蘇る。


(……ここを生かさない手はないな)


 思考は自然に広がっていく。

 ガレージとリビングをつなげ、さらにデッキまで吹き抜けで一体化する。

 光と風を大きく取り込み、川面を感じながら暮らせる空間にする。

 仕切りは後から作ればいい。


 さらに1階のお風呂やトイレ、水回りも刷新すれば、この家はまるで生まれ変わる。

 颯真はリビングの壁にそっと手を当てた。

 空間魔法を意識すると、まるで設計図を描くように頭の中に配置が浮かんだ。

 内部の状態が透けて見えた。

 柱の亀裂、配線の劣化、断熱材のへたり。

 収納せずとも「空間魔法の機能」が、手を介して直接働いている。


補修可能の表示と必要な資材や設備が「不足」として示される。断熱材、配管部品、防水材。

 だが「どこから調達せよ」とは出ない。ただ「ここに要る」と示されるだけだった。


「……なるほど」


 思わず声が漏れた。

 壁を壊すことなく、中身を読み取り、修繕や刷新のプランまで提示してくれる。

 まるで自分の手が、建物全体の診断器になったようだった。


 ガレージからリビング、そしてデッキへ。

 家の中と外とを、ひとつの大きな空間にまとめる。

 そこに風が通り抜けるイメージが、鮮明に浮かび上がった。


 胸の奥が、不思議と軽くなる。

 疲弊した肉体に反して、思考の中では可能性がいくらでも広がっていく。


 颯真はリビングの中央に立ち、窓の外に広がる運河を眺めた。

 この古びた空間を、もし自分の思うように造り替えられるとしたら——。


 想像は止まらなくなった。

 外観はレトロな佇まいを残しつつ、室内は洗練された落ち着きのある空間へ。

 最新の設備をふんだんに取り入れ、居心地を最優先に。

 運河に面したデッキとガレージには強化ガラスをはめ込み、断熱性を確保する。

 夏も冬も快適に川を眺められる部屋。思い描くだけで気持ちが軽くなる。


 それに応じるように、視界の端に「必要素材」が浮かんだ。


 【必要素材】

 ・鉄材

 ・木材

 ・断熱材

 ・強化ガラス

 ・配管部品

 ・防水材


 新品を揃えるのもいい。

 だが鉄や木材なら、スクラップ工場に眠る資材で十分だ。

 空間収納に入れてしまえば、素材単位まで分解できる。

 工具箱を直したときと同じように、錆びた鉄も、割れた木材も、基礎となる要素に還して再利用できる。

 つまり、雑多で未選別なスクラップであっても、どうとでもなる。


 頭の中でスクラップ工場の場所から交渉の形まで組み上がっていく。

 ——まとめて一山いくらで引き取る。

 未選別のまま全部持っていくなら、工場側にとっても悪い話ではない。

 処分費用が浮き、置き場も広がる。こちらは素材が一度に手に入る。


 さらに条件を加える。

 ——引き取りは週末や夜間。

 無人の時間帯に積み込む形にすれば、工場側も人手を割かずに済む。

 こちらは空間収納で一瞬に収めればいい。運搬の手間すら必要ない。


 鉄と木材を押さえれば、まずはガレージとリビングを吹き抜けにできる。


(……これなら、現実的だ)


 勝ち負けにこだわる必要もない。

 ただ、自分の居場所を整えるための合理的な交渉。

 相手にとっても損はなく、自分にとっては何よりの材料になる。

 

 ——そう思うだけで、胸の奥に確かな手応えが広がった。

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