第2話
——転移魔法。
その言葉を意識した瞬間、ステータス画面のその項目が淡く青く光りはじめた。
頭の奥に、理解が直接流れ込んでくる。
——行き先を強く思い浮かべばそこに行ける。
直感だった。
だが、妙に確信めいていた。
問題は、行き先。
今の俺に思い浮かべられるのは、地球の景色だけだ。
もしくは……一瞬、あの「王の間」という聞き覚えのある響きが脳裏をかすめた。だがすぐに打ち消す。
(まさか。俺が行きたい場所は、ひとつしかない)
——自分の部屋。
古びた畳の匂い、母の選んだカーテン、机の上に積まれた書類。
細部まで鮮やかにイメージした瞬間、視界が裏返るように反転した。
気がつくと、そこにいた。
見慣れた我が家の天井。埃の積もった蛍光灯。
異世界の王城の豪奢さとは対照的に、薄暗く、どこか寂しい空間。
それでも胸の奥に広がるのは、ほっとした安堵だった。
ゆっくりと体を起こし、膝を抱える。
だがすぐに息が切れ、喉が焼けるように苦しくなる。
ステータスに刻まれていた「体力1」という数字。
それは誇張ではなく、小学校低学年ほどの体力しか残されていない現実を意味していた。
数歩歩けば息が上がり、手を伸ばすだけで腕が震える。
知力は人を超えた領域にあるのかもしれない。
だが、肉体はまるで老いさらばえた老人のようだった。
(……これでどうやって、あの国で生きろと言うんだ)
冷静に考えれば考えるほど、先ほど王城にいた自分が滑稽に思える。
戦う力も持たず、駒として利用され、最後には切り捨てられる未来しかなかったのだ。
部屋を見渡す。
古いが、広い家だ。
相続した遺産は三千万円ほどの預金。さらに、わずかな株券や有価証券もある。
贅沢をしなければ、当分は生きていけるだろう。
思えば、なぜあそこまで追い詰められるまで仕事にしがみついていたのか。
もっと早く辞めていればよかったのだ。
もっと早く、「生きる」ということを考えていればよかったのだ。
今の俺なら、そう言える。
(確かに、俺は変わったのかもしれない)
知力に全振りしたことで、ものの見方が変わった。
以前の俺なら「仕事を辞めるなんて敗北だ」と思っただろう。
だが今は違う。
理屈ではなく、明確な結論として、「仕事にこだわる必要はなかった」と断じられる。
その気づきに、苦笑が漏れた。
「……本当に、変わったな」
合理的すぎて、どこか人間味を欠いた結論。
だが、それは間違いなく以前の自分にはできなかった思考だった。
窓の外に目をやると、夜が静かに明けかけていた。
光に照らされた自分の部屋は、相変わらず空虚で、寂しく、だが確かに「帰る場所」だった。
颯真は薄く笑った。
——とりあえず、ここで考えればいい。
逃げる必要も、戦う必要もない。
ようやく、息を整えながら、未来を考えることができるのだから。
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