召喚されたけど即帰宅。34歳おっさん、知力特化でやり直す
風待ちの桶屋
第1話
——俺の名前は神谷颯真 かみやそうま。三十四歳、独身。
大学院の修士課程を出て、大手企業に就職した。履歴書に並べれば悪くない経歴で、誰もが「順調な人生」と口にしただろう。
学生の頃は、それなりに充実していた。
見た目も悪くなかった。背は高く、輪郭も整い、知的な雰囲気だとよく言われた。女性に声をかけられることも珍しくなく、「きっと成功する」と信じられていた。
だが、現実は違った。
社会に出れば、俺より優秀な人間はいくらでもいた。議論で勝った気になっても、現場では何の力にもならない。空回りし、やがて同僚からは「机上の空論」と笑われた。
それでも「自分は特別だ」と信じ、プライドに縋っていた。
十年前に父を、三年前に母を病気で失い、広すぎる実家に独り暮らし。
友人も恋人もいない。
仕事に押し潰され、過労に蝕まれ、ただ消耗していく毎日。
深夜二時。帰宅した俺は靴も脱がずに畳へ崩れ落ちた。
(これが……俺の人生か)
そんな自嘲を胸に、意識が暗転する。
——そのとき、視界に光の板が浮かび上がった。
⸻
【ステータス設定】
体力 [ 50 ]
筋力 [ 50 ]
俊敏 [ 50 ]
魅力 [ 50 ]
知力 [ 50 ]
所持ポイント:250
⸻
均等に与えられた初期値。そして自由に振れる250P。
俺は迷わなかった。
体力も、筋力も、俊敏も、魅力も不要。
必要なのは、ただ一つ。知力だ。
数値が吸い込まれるように減り、知力へと集中していく。
画面が震え、最終的な数値が現れた。
⸻
【ステータス設定(確定)】
体力 [ 1 ]
筋力 [ 1 ]
俊敏 [ 1 ]
魅力 [ 1 ]
知力 [ 500 ]
【スキル】
・時空魔法
・空間魔法
・転移魔法
・鑑定魔法
職業:大賢者(隠蔽中)
⸻
次の瞬間、頭の奥に閃光が走った。
世界は一段階上の解像度を得たかのように鮮明で、感情のざわめきは消えた。
冷徹な計算と観察だけが残り、胸の奥で静かに燃える。
気づけば、俺は巨大な石造りの大広間に立っていた。
列を成す騎士たち。天井から下がるシャンデリア。玉座の王。
「おお、勇者よ!」
王は歓喜の声を上げ、両腕を広げた。
「よくぞ異界より来てくださった!」
廷臣たちは一斉に頭を垂れ、希望の視線が注がれる。
しかし、光が完全に収まると、空気は変わった。
痩せこけた頬、深い隈、皺だらけのスーツ。
そこにいたのは、英雄ではなく、疲弊した三十四歳の男。
「……ゆ、勇者……様?」
王の笑みが固まり、声が震える。
「陛下、これは……ただの気味の悪いおっさんにございます」
大臣が顔をしかめ、吐き捨てるように言った。
歓喜から失望へ。熱から冷笑へ。空気は一瞬で冷え切った。
だが俺は眉ひとつ動かさなかった。
冷たい湖面のような瞳で、王と廷臣たちを見据える。
⸻
「……とはいえ」
王は咳払いし、表情を取り繕った。
「我が国は未曾有の危機にある。魔物の侵攻、諸国の圧力……。いかに勇者でなくとも、異界から来た者には特別な力が宿ると伝えられている」
「しかし、陛下!」
大臣が食い下がる。
「鑑定を。鑑定を行わせてください。もしや本当に何の力も——」
王が頷くと、宮廷魔導師が前に進み出た。
杖を掲げ、低く呪文を唱える。淡い光が俺の身体を包み、やがて板のような表示が現れる。
魔導師の目が揺れた。
「……これは……」
「どうした」王が問う。
「陛下。この者……勇者ではございません」
ざわめきが走る。
「それどころか……職業の欄も、空白でございます」
廷臣たちの表情が一斉に曇り、冷笑が広がった。
「やはり外れか」
「ただの凡庸な男を召喚してしまったとは……」
王は重く息を吐き、玉座から身を乗り出した。
「……勇者でなく、職も持たぬ。だが、異界の者を召喚した以上、何らかの意味があるはずだ。神谷颯真よ、我が国は危機に瀕している。たとえ勇者でなくとも、どうか力を貸してはくれぬか」
敬意を装う声音。
だが俺には見えていた。王の奥に潜む焦燥、大臣たちの軽蔑、騎士の侮蔑。
それは歓迎ではなく、駒として繋ぎとめる方便。
——神谷颯真は、微動だにしなかった。
表情は揺れず、呼吸も一定。何を考えているのか、誰にも読み取れない。
ただ、その瞳だけが鋭く世界を捉えていた。
「……一つ、申し上げたいことがあります」
俺は口を開いた。
「どうやら、私は戦う力をほとんど持ち合わせていないようです。体が重く、今も疲労に蝕まれている。剣も槍も、まともに扱えるとは思えません。
ですので……一度休ませていただきたい。その上で、この国のことを考え、答えを出したく思います」
廷臣たちがざわめく。
「休ませるなど……」
「今すぐ力を見せよ——」
王の声が大広間に響いた。
「異界より来た者を、粗略に扱うわけにはいかぬ。客人よ、まずは休むがよい。我らは明日、改めてそなたと話し合おう」
その慈悲深さを演じる声音の裏に、駒を逃がすまいとする意図が透けて見えた。
「……ご厚情、感謝いたします」
俺は深く一礼し、冷ややかな瞳を伏せた。
王城の奥、与えられた客室は広く整えられていた。
厚いカーテン、ふかふかの寝台、壁には豪奢な装飾。
一見すれば上等なもてなしだが、扉が閉じられる音を聞いた瞬間、颯真には牢獄にしか思えなかった。
逃げ道を塞ぐための飾り。見せかけの歓待。
颯真は深く息を吐き、目の前に再びステータス画面を呼び出す。
⸻
【ステータス】
職業:大賢者(隠蔽中)
体力 [ 1 ]
筋力 [ 1 ]
俊敏 [ 1 ]
魅力 [ 1 ]
知力 [ 500 ]
【スキル】
・時空魔法
・空間魔法
・転移魔法
・鑑定魔法
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画面を見つめながら、颯真は「転移魔法」に意識を集中させ、鑑定を発動させた。
⸻
【鑑定結果】
スキル名:転移魔法
効果:座標を指定し、空間を越えて移動する。
備考:異世界召喚の際、既存の空間魔法を基に派生・生成されたスキル。
⸻
「……やはり、そうか」
召喚の過程で生まれた力。つまり、自分をここに呼び寄せた仕組みを、そのまま自分のスキルとして取り込んだ。
使い方次第では、この牢獄めいた部屋から抜け出すどころか、元の世界へ戻ることもできる。
だが同時に冷ややかな結論も浮かぶ。
この国に留まっていては、生き残れない。
体力も筋力も俊敏も、すべてが「1」。
勇者でないと知れ渡れば、兵士や魔物に殺される前に、内側の政治に呑み込まれ処分される危険すらある。
苦笑が漏れた。
(……またやってしまったな)
すべてを知力に振り、他を切り捨てた。
その結果、思考は冴え、冷静に世界を見渡せる。
だが、この脆弱な肉体では、一撃で終わる。
脳裏に浮かぶのは、現世での自分。
会議で勝つことだけに執着し、現場の信頼を失った姿。
孤独に苛まれ、それでも「理屈さえあれば」と妄信していた愚かさ。
——今と何が違うのか。
(結局、俺は同じだ。……知力にすがることで、また自分を極端にしてしまった)
冷徹な目の奥に、苦みが広がる。
それでも、すぐに思考は切り替わった。
(後悔は不要だ。問題は、この状況をどう打開するか)
転移魔法の項目が淡く輝いて見えた。
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