第3話 完璧ヒロイン・詩織との出会い

翌朝、紗希は決意を固めて両親に向き合った。涼介はまだ二階にいる。今がチャンスだった。


「お父さん、お母さん。聞きたいことがあります」


朝食の準備をしていた二人が振り返る。


「なあに?鈴ちゃん」


「あの...お兄ちゃんと私って、本当に血が繋がっているんですか?」


両親の手が止まった。そして、顔を見合わせて首を傾げる。


「え?何を言ってるの?」


「だって、ゲーム...じゃなくて、えーっと、テレビドラマとかで、兄妹だと思っていたら実は血が繋がっていなかったって話、よくあるじゃないですか」


母親がクスクスと笑い始めた。


「鈴ちゃん、変なドラマ見すぎよ。あなたと涼介は確実に血の繋がった兄妹。お母さんが両方とも産んだんだから間違いないわ」


「そ、そうですよね。でも、養子とか...」


「養子?」


父親が困ったような顔をする。


「鈴、お前まさか記憶喪失か?昨日頭を打ったとか?」


「そうじゃないんです!ただ、確認したかっただけで...」


「ねえ、鈴ちゃん」


母親が紗希の額に手を当てる。


「熱はないようだけど...もしかして、お兄ちゃんのことが好きになっちゃった?」


「え?!」


紗希の顔が真っ赤になる。図星を指されて、動揺が隠せなかった。


「あらあら、やっぱり。思春期の女の子にはよくあることよ。でもね、血の繋がった兄妹だから、それはちょっと...」


「違います!そうじゃなくて!」


紗希は慌てて否定したが、両親の優しい笑顔が返ってくるだけだった。


「心配しなくても、その気持ちは時間が解決してくれるわ。それより、鈴ちゃんも素敵な男性を見つけなさい」


「だから違うって言ってるでしょ!」


そこに涼介が降りてきた。


「おはよう、みんな。何を騒いでるんだ?」


「おはよう、涼介。鈴ちゃんがちょっと変なことを言うのよ」


「変なこと?」


涼介は紗希を見た。その優しい眼差しに、紗希の心臓が跳ね上がる。


「な、なんでもありません」


「そうか?体調悪いなら学校休んでもいいぞ」


「大丈夫です」


紗希は慌てて答えた。涼介の心配そうな表情が、胸に響いた。


---


学校で一日中、紗希は作戦を練っていた。血が繋がっている以上、恋愛関係は不可能だ。でも、詩織に負けるのは絶対に嫌だった。


(ゲームの知識を使えば、お兄ちゃんの気を引けるかもしれない)


放課後、家に帰ると涼介がリビングでテレビを見ていた。


「お帰り、すず」


「ただいま、お兄ちゃん」


紗希は涼介の隣に座る。少し距離を縮めて、さりげなく肩を寄せた。


「あの、お兄ちゃん」


「なんだ?」


「お兄ちゃんの好きなタイプって、どんな人ですか?」


涼介は少し考えて答える。


「優しくて、思いやりがあって...困っている人を放っておけないような人かな」


まさに詩織のことだった。紗希は心の中で舌打ちする。


「そうなんですか。じゃあ、例えば...」


紗希はゲームで覚えた涼介の好みを披露し始めた。好きな料理、好きな花、好きな音楽。驚くほど正確な情報に、涼介は目を丸くした。


「すず、なんで僕の好みをそんなに詳しく知ってるんだ?」


「え?だって、お兄ちゃんの妹ですから」


「妹でも、そこまでは...」


涼介は不思議そうに首を傾げた。紗希は慌てて話題を変える。


「あ、そうそう!お兄ちゃん、今度の休日、一緒にお出かけしませんか?」


「お出かけ?どこに?」


「映画とか、遊園地とか...」


「いいけど、最近すずが積極的だな。何かあったのか?」


「別に何も。たまには兄妹で出かけるのもいいかなって」


涼介は微笑んだ。


「そうだな。じゃあ、今度の日曜日にしようか」


「本当ですか?!」


紗希は思わず立ち上がった。作戦第一段階成功、といったところか。


「ああ。でも、詩織さんも誘ってもいいか?三人で行けば楽しそうだし」


紗希の表情が固まった。


「し、詩織さんも...?」


「すずも詩織さんと仲良くなれると思うんだ。きっと良い友達になれるよ」


(友達になんてなりたくない!)


紗希は心の中で叫んだが、涼介の嬉しそうな顔を見ると断れなかった。


「...分かりました」


でも、諦めるつもりはなかった。詩織がいても、自分の魅力を涼介にアピールする方法はあるはずだ。


---


日曜日の朝、三人は遊園地で待ち合わせた。詩織は今日も可愛らしいワンピースを着て、まるでお人形のような美しさだった。


「今日はありがとうございます、涼介さん、鈴さん」


「こちらこそ。詩織さんと一緒だと楽しそうです」


涼介が嬉しそうに答える。その様子を見て、紗希の嫉妬心が燃え上がった。


遊園地に入ると、紗希は積極的に涼介の腕に絡みついた。


「お兄ちゃん、あのジェットコースター乗りましょう!」


「お、おい、すず。そんなにくっつかなくても...」


涼介は困ったような顔をしたが、紗希は離れなかった。詩織がその様子を見て、少し寂しそうな表情を浮かべる。


(ちょっとは効果があるみたい)


ジェットコースターに乗る時も、紗希は涼介の隣をキープした。詩織は一人で座ることになってしまう。


「すず、詩織さんも一緒に楽しもうよ」


涼介が気を遣うが、紗希は聞こえないふりをした。


ゲームセンターでは、紗希はクレーンゲームで涼介にぬいぐるみを取ってもらった。


「お兄ちゃんすごい!ありがとうございます!」


「そんなに喜んでもらえると、僕も嬉しいよ」


涼介が微笑む。でも、その視線は時々詩織の方に向いていた。詩織は一人でぽつんと立っていて、明らかに疎外感を感じているようだった。


昼食の時、紗希は涼介の隣に座り、お弁当を分けてあげた。


「お兄ちゃん、あーん」


「す、すず?そんなこと恥ずかしいよ」


涼介は困ったような笑顔を浮かべながら、紗希の差し出したおにぎりを食べた。その様子を見て、詩織が小さくため息をついた。


「詩織さん、大丈夫ですか?」


涼介が心配そうに声をかけると、詩織は慌てて笑顔を作った。


「ええ、大丈夫です。鈴さんは涼介さんのことが本当にお好きなんですね」


その言葉に、紗希はドキリとした。詩織の視線が、なんだか全てを見透かしているようで怖かった。


「当たり前です。お兄ちゃんは私の大切な家族ですから」


「そうですね...家族」


詩織の表情が少し曇った。その変化を、涼介も感じ取ったようだった。


「詩織さん、何か嫌なことでもありましたか?」


「いえ、そんなことは...」


「なんでもお話しください。僕たち友達でしょう?」


涼介の優しい言葉に、詩織の目が潤んだ。


「実は...私、家族というものがよく分からないんです」


「え?」


「私、小さい頃から施設で育ったので、兄弟姉妹がいたことがないんです。鈴さんと涼介さんを見ていると、とても羨ましくて...」


紗希は息を呑んだ。ゲームでは描かれていなかった詩織の過去だった。


「詩織さん...」


涼介の表情が優しくなる。その眼差しが、詩織だけに向けられているのを見て、紗希の胸が痛んだ。


「すみません、暗い話をして」


「謝ることなんてありません。つらい思いをされたんですね」


涼介は立ち上がると、詩織の隣に座り直した。そして、優しく詩織の手を握る。


「でも、今は僕たちがいます。家族じゃなくても、大切な人がいるじゃないですか」


「涼介さん...」


詩織の頬に涙が伝った。その瞬間、紗希は自分がとんでもなく醜い感情を抱いていたことに気づいた。


詩織は、紗希が思っていたような「敵」ではなかった。寂しさを抱えた、ただの女の子だった。それなのに、自分は嫉妬心から彼女を攻撃しようとしていた。


「詩織さん...」


紗希は立ち上がって、詩織の向かい側に座り直した。


「ごめんなさい。私、今日はちょっと変でした」


「え?」


「お兄ちゃんを独占しようとして、詩織さんを困らせてしまって。本当にごめんなさい」


詩織は驚いたような顔をした後、優しく微笑んだ。


「いえ、鈴さんが涼介さんを大切に思っているのが分かって、私も嬉しかったです」


「詩織さん...」


「それに、鈴さんのおかげで涼介さんがとても楽しそうでした。私も見ていて嬉しかったんです」


その言葉に、紗希は涙が出そうになった。詩織の優しさは、作り物ではなかった。心の底から人を思いやることができる、本当に素晴らしい人だった。


「僕たち、もっと仲良くなりましょう」


涼介が提案すると、詩織が頷いた。


「はい。私も、鈴さんともっとお話ししたいです」


紗希も頷く。嫉妬心は完全には消えなかったが、詩織という人を理解したいと思った。


---


その日の夜、紗希は自分の部屋で一人考えていた。


(結局、私は何がしたかったんだろう)


涼介への想いは確かに本物だった。でも、それが恋愛感情なのか、家族愛なのか、よく分からなくなっていた。


現実世界での修輔への気持ちも、同じように曖昧だった。幼馴染として大切だと思っていたのか、それとも恋愛感情があったのか。


(でも、一つだけ確かなことがある)


紗希は窓の外を見上げた。星空が美しく輝いている。


(私は、大切な人が幸せになってほしいと思っている)


涼介が詩織と一緒にいる時の笑顔は、本当に輝いていた。それを見ているだけで、紗希も幸せな気持ちになれた。


嫉妬心は確かにあったが、それ以上に愛情があった。涼介の幸せを願う気持ちが、紗希の心の中で一番大きかった。


翌朝、涼介が部屋にやってきた。


「すず、昨日はありがとう」


「え?」


「詩織さんと仲良くしてくれて。君が謝ってくれた時、本当に嬉しかった」


涼介は紗希の頭を優しく撫でた。


「僕の大切な妹が、僕の大切な友達と仲良くしてくれる。こんなに嬉しいことはないよ」


「お兄ちゃん...」


「すず?」


「お兄ちゃんは、詩織さんのこと本当に好きなんですね」


涼介は少し考えてから答えた。


「ああ、好きだ。詩織さんは特別な人だと思う」


その言葉は、紗希の心に深く響いた。でも、不思議と嫉妬心よりも安堵感の方が大きかった。


「なら、頑張ってください」


「え?」


「詩織さんにちゃんと気持ちを伝えるんです。私も応援しますから」


涼介は驚いたような顔をした後、嬉しそうに笑った。


「ありがとう、すず。君は本当に優しいな」


「当たり前です。お兄ちゃんの幸せが、私の幸せですから」


その言葉は、心の底から出た本音だった。

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