脇役に転生した私は、嫉妬から始まる恋を知った~嫉妬の向こう側へ~

トムさんとナナ

第1話 幼馴染とギャルゲーと、私の嫉妬

「で、でさ、紗希!この詩織ちゃんの台詞なんだけど――」


修輔の興奮した声が教室に響く。放課後の静寂を破るその熱弁に、紗希は心の奥でため息をついた。またか、と。


「『あなたがいてくれるだけで、私の世界は輝いているの』だってさ!もう完璧すぎない?声優さんの演技も最高でさ――」


「はいはい、すごいねー」


紗希は教科書を鞄に突っ込みながら、適当に相槌を打った。修輔の顔は本当に嬉しそうで、瞳がキラキラと輝いている。その輝きが、なぜか紗希の胸にチクリと刺さった。


修輔――正確には佐藤修輔は、紗希の幼馴染だった。物心ついた頃から一緒にいる、いわば腐れ縁。お互いの家を行き来し、宿題を一緒にやり、時には喧嘩もした。そんな関係だった。


「聞いてる?紗希?」


「聞いてるよ、しゅうくん」


修輔のことは昔から「しゅうくん」と呼んでいた。彼も紗希を「さき」と呼び捨てで呼ぶ。特別な呼び方でもない、ただの習慣。それなのに、最近は彼がその口で「詩織ちゃん」と呼ぶ度に、なんだかモヤモヤした気持ちになる。


「それでね、昨日のルートでついに詩織ちゃんとデートイベントが――」


「もういいって!」


紗希は立ち上がると、修輔の話を遮った。教室にいた数人の生徒が振り返る。


「え?なんで怒ってるの?」


修輔は本当に分からないという顔をしている。その純粋すぎる表情に、紗希は自分の感情が分からなくなった。なぜイライラするのか。なぜ胸が苦しいのか。


「別に怒ってないよ。ただ、毎日毎日同じ話で飽きただけ」


「そ、そうか。ごめん」


修輔は頭を掻きながら苦笑いを浮かべた。その仕草も、いつもの修輔らしくて――そして、それがまた紗希の心をかき乱した。


「あのさ、しゅうくん」


「なに?」


「そのゲーム、私にも貸して」


修輔の目が大きく見開かれた。


「え?紗希がギャルゲーやるの?珍しいね」


「たまにはやってみようかなって思っただけ」


実際のところ、紗希にもその理由がよく分からなかった。ただ、修輔がそんなにも熱中する「桜木詩織」という女の子がどんな人物なのか、自分の目で確かめてみたかった。それが嫉妬なのか好奇心なのか、判別がつかない複雑な感情だった。


「いいけど、結構長いゲームだよ?本当に最後までやる?」


「やるよ。約束する」


修輔は嬉しそうに頷いた。


「分かった。今日持って行くよ。詩織ちゃんの可愛さ、紗希にも伝わるといいな!」


またその名前か。紗希は心の中で舌打ちした。


---


その日の夜、紗希は自分の部屋でゲームを起動していた。タイトル画面には、ピンク色の髪をした美少女が微笑んでいる。それが桜木詩織――修輔が毎日のように語る理想の女性だった。


「ふーん、確かに可愛いけど...」


紗希は画面を見つめながら呟いた。詩織の容姿は確かに美しい。透き通るような肌、大きな瞳、上品な仕草。まさに「お人形さん」という言葉がぴったりだった。


ゲームを進めていくと、主人公の藤井涼介と詩織の出会いが描かれる。涼介は爽やかで優しく、困っている人を放っておけない性格。詩織は内気で控えめ、でも芯の強さも持っている。


「ベタな設定ね」


そう言いながらも、紗希はゲームに引き込まれていった。特に、涼介というキャラクターが気になった。彼の優しさは作り物めいていなくて、どこか現実味があった。


ゲームの中で、涼介には「鈴」という妹がいることが分かった。血の繋がらない義妹で、明るく活発な性格。兄のことが大好きで、いつも涼介の周りをうろうろしている。


「この子、可愛いじゃない」


鈴のキャラクターデザインを見ながら、紗希は思わず微笑んだ。ショートカットの黒髪、少し釣り上がった瞳。どこか自分に似ているような気もした。


時計を見ると、既に夜中の二時を過ぎていた。


「やばい、こんなに夢中になってた」


明日は学校があるのに、と思いながらも、紗希はゲームを続けていた。詩織と涼介の関係性が深まっていく様子を見ていると、なぜか胸が締め付けられるような感覚になった。


涼介が詩織に向ける優しい眼差し、詩織が涼介に見せる恥ずかしそうな笑顔。それを見ている自分が、まるで修輔と詩織を見ているような錯覚に陥った。


「私...何やってるんだろ」


紗希はコントローラーを握りしめながら呟いた。こんなゲームをやったところで、現実は何も変わらない。修輔が詩織に夢中なことも、自分がその事実に苦しんでいることも。


でも、やめられなかった。


画面の中で涼介が詩織の手を取り、「君を守りたい」と言う場面で、紗希の瞼が重くなってきた。


「もう...限界...」


コントローラーを握ったまま、紗希は机に突っ伏した。意識が薄れゆく中、最後に見えたのは涼介の優しい笑顔だった。

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