Ep.00【02】「廃棄された兵士」
「018!強盗事件発生!逃げたバンを追って!早く!!」
リオが018に吠えた。
サイレンをけたたましく鳴らし赤色灯を灯け、地面を蹴り上げ急加速する。
「リオ巡査、パトロール中の追跡には本部からの許可が必要です」
「んな事やってたら逃しちゃうでしょうが!! ギャアギャア言わずに追えっ!!」
「リオ巡査、これは重大なプロトコル違反です、管轄外の追跡プロトコルは
本部に許可を得る事が推奨されます」
「あーーーっ!もぉ!!プロトコル、プロトコルうるさい!!責任はアタシがとる!
とにかく追えっ!!!!」
「了解。現場責任者 リオ巡査の命令を実行します」
本人は気づいてなかったが、リオの口角はうっすら上がっていた。
「ちくしょう!!ちくしょう!!!なんだってんだ!あの情報屋め!」
「何がお宝の山だ!スパイク(麻薬)の一本もありゃしねぇ!」
逃亡するバンの中で2人の男が毒づいていた。
なけなしの金を叩いて、情報屋から受けた情報・・・
「ニイハマにあるA&Gって製薬会社には凄えお宝があるってウワサだ
セキュリティーはガバガバだから力技でも余裕でいける」だった。
だが、実際に入ってみても、あるのは研究用の部材だけ。
お目当てのスパイクの山なぞ存在せず、手当たり次第で強盗を働き今に至っていた。
「クソ!あの野郎!!後で絶対ぶっ殺してやる!」
「おい!!後ろからパトだ!!」
「あ!? んでこんな早くに!」
「グダグダ言ってんじゃねぇ!!!!振り切れ!!!」
しかし中古の黒いバンは明らかに性能限界で男たちの希望は叶わなかった。
「バッヂ!おい!!バッヂっ!!!!!!聞こえねーのかっ!!!この野郎!!」
「クソ!コイツ!マジで壊れてんじゃねぇのか!?」
バンの後部座席では、うずくまった姿勢でバッヂと呼ばれた男が泣きながら失禁していた。
怖かった・・・本当に怖かった・・・。
この仕事は2人の男達に2万クレジットと安酒一本で受けた。
持ち金も無く、他に仕事が無かったからだ。
陸軍にいた頃は仲間がいた・・・国に奉仕しているという誇りもあった。
何時頃だろう、敵のドロイド兵やAI兵器に翻弄され、己の非力さを実感したのは。
敵ドロイドの赤い目が闇に光り、仲間が鉄屑に変わる音が響いた時?
敵ドロイドに慈悲を乞う戦友が無慈悲にバラバラにされたのを見た時?
母に助けを乞う声が四方から聞こえ、次第に聞こえなくなった時?
除隊して結婚する事を嬉しそうに話していた女性兵士が右足だけしか残らなかった時?
生身では到底太刀打ち出来ない・・・・そう思うと、サイバネ化への道は早かった。
しかし、それは取り返しのつかない、永遠に続く地獄への片道キップだった事に
気づいた時には既に手遅れだった。
終わらぬサイバネ化、薄れゆく記憶、単純な計算すら出来ない程の知能低下。
軍を「名誉除隊」という体のいい理由で放り出され、即座に路頭に迷うのは必然だった。
その後の事は殆ど覚えていない。
繰り返す戦場のフラッシュバック、それを忘れるには大量の酒かスパイクのみ。
今夜、研究所に押し入った際に警備ドロイドから警告され無数に発砲された。
当たった感覚なんて無かった。
何処にも損傷はない。
だが、既に用済みとなったはずの性器から生暖かい物が意思とは関係無く漏れ出した。
瞬間、強烈なフラッシュバックがバッヂの脳内を焼く。
あの戦場で孤立し、ドロイドの大群から術もなく蹂躙された恐ろしい記憶。
どんなに強力なサイバネ化を施しても、敵には敵わなかった、あの無力感と絶望。
救いが欲しかった。優しくしてほしかった。
ただ、誰かに救ってもらって、安心したかった。
だが、それは叶わぬ事で、何時かまた恐ろしい体験が蘇る。
怖いこわいコワイこわい怖いこわいコワイ怖いこわいコワイコワイこわい怖いこわいコワイ・・・・・・・・・・。
激しく振動する暗闇の中、泣き腫らした目でふと見ると、淡く青い光を放つ小さな物が強奪した袋の中から滑り出てきた。
「スパイクだ・・・」
バッヂは歓喜した。
救われる。一瞬でも良い・・・・・この恐怖から救われる。
有無も言わさず、指一本にも満たない小さな容器を乱暴に取り上げ首筋に差し込む。
来る・・・・至福の時間が来る。
1秒・・・2秒・・・・・3秒・・・・・。
だが、期待した祝福は訪れなかった。
視界が狭まり、身体全体が大きく震えだした。
おかしい!?何時もと違う?なんで?おしっこもらしたから?わるいことしたから?
おいのりをわすれたから?ごめんあさぃをいえなあたっえあ?おふぇはたへ?
意識が薄れていく。記憶が薄れていく。人格が消えていく。
何処かの誰かが自分の身体を乗っ取っていくような感覚をバッヂは感じていた。
「被疑車両確認。 本部へ情報共有の上、応援を要請します」
「ナンバーは外されてる。ID称号も出来ないわね」
「放棄車両を流用している物と推測。緊急プロトコル225-Fを実行中」
「パトカーで進路を妨害できない!?」
「非常に危険な行為です。まずは犯人への投降を呼びかけるのが規定プロトコルです」
「こんな全速力で逃げてるヤツに何を言えば投降するってのよ!バカ!!」
「投降勧告の文例はマニュアルE98-67の1~5を参照・・・・」
「バカァアアアアアア!!!!!!!」
猛スピードで追跡劇を繰り返すパトカー内でリオは軽いめまいを感じながら闇夜に吠えた。
同時刻: とある住宅街
本部から緊急連絡を受けた男がいた。
男は明らかな中年太りと威厳を出すつもりのチョビ髭。
植毛と噂される不自然な髪を振り乱し、コンソールに映ったオペレーターに怒鳴っていた。
男の傍らには趣味の悪い派手なビスチェを着た若い女性。
しかし、その女性はハセガワの激昂にも動じず、貼り付けたような笑顔を崩す事はない。
女性は片手にワイングラスを持ち、主人である男の次の命令を静かに待っていた。
「何事だっ!こんな時間に!」
「お休み中申し訳ありません。 東区ニイハマで発生した強盗傷害事件に対応中です」
「強盗事件なぞ毎日起きているだろう!そんな事で私のプライベートを騒がす気か!!!」
男の名はカズオ・ハセガワ警部補。
口角を飛ばしながらハセガワは続ける。
「判っているな?これがくだらない内容なら、貴様は明日にでも廃棄処分だ!」
「事件が発生したのはニイハマ4号の「A&G製薬」。ネオテック製薬の直営企業となります」
「なんだと!? なぜ先にそれを言わん!!このガラクタめっ!」
「申し訳ありません。 現在、付近を警ら中のPC(パトカー)が対応中」
「よし、そのオフィサーには死んでも捕まえろと命令しろ」
瞬間的にハセガワは頭の中で打算を弾いた。
「ネオテック製薬と言えば、このノヴァ・トーキョーを運営するネオテック社の重要企業。
その直営企業ともなれば、かなりのはず・・・・くっくっく・・・!
ようやく、この私にも運が回ってきたようだ・・・・上手く行けば高額報奨・・・
いや、もしかしたらネオテック本社への特別抜擢も!」
そんな妄想めいた打算をオペレーターの報告が現実へと引き戻す。
「現在、即応中のオフィサーは、シスター·リオ巡査と018 ドロイドオフィサーのPC-044号です」
その報告を聞いた瞬間、ハセガワは絶頂から奈落の底へ突き落とされる感覚を味わう。
「な・・・・・・なんだとっ!? あのクソガキが対応してるだと!!??
ほ、他のオフィサーはどうした!? 即急にヤツと交代させろっ!!」
「現在、西シブヤ地区で開催中のミッドナイト・デモへの対応で他オフィサーは出払っています。
PC-044号への応援合流は予測時間15分後です」
「じゅ・・・15分??で・・・では・・・き・・・・・貴様でいい!!ヤツと任務を変われっ!!!」
「私はオペレーター ドロイド 2256です。事例への直接対応は職務規定外になります」
「歯向かう気かぁ!!!!貴様は廃棄処分だぁあああああああ!!!!!!」
乱暴にコンソールの画面を切り、急ぎ署へ向かうハセガワに女性は笑顔で尋ねた。
「ご主人様、お飲み物はいかがしますか?」
──続く。
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