19話 僕、結婚させられました 後編
……そんな経緯があって、僕はここにいる。
父さんの立場的に、こうするしかなかったのは理解できるが、せめてもう少し穏便でスマートな方法があったのではないかと思ってしまう。
せめてカイリに、「子供が産まれたら連絡するね」くらいは言って、少しでも明るい形で別れたかったな。
僕の親は、どうやら二人そろって不器用らしい。
「はぁ……マリー?頭を下げるだけじゃなく、きちんと挨拶をなさい」
「…………マリー・ブレアドです」
目の前にいる白髪の少女ことマリーは、少し間を置いてから小さく口を開く。
「どうも、ダルク・アンジェムです。お会いできて光栄です」
どこかめんどくさそうに僕を見つめ続ける少女。
その視線を正面から受け止めながら、身に染みついた作法に従い貴族流の挨拶で返す。
とりあえず、一番心配していた結婚相手が同い年で一安心だ。
このマリーという少女は、以前パーティーで僕の耳をやたらと触ってきたあの子である。
見たところ性格も穏やかそうだし、理不尽にこき使われる心配はなさそうかな。
崩壊寸前であるこちらの立場や状況を考えれば、結婚相手が年の離れたおばさんになる可能性だってあった。
こんな良い縁談を用意してくれて、ありがとう父さん。
「ダルクさん?先ほどからマリーの顔ばかり見ていますが、何か気になるところでもありまして?」
「これは失礼しました。マリー様のようにお美しい方と婚姻できるという現実に、思わず見入っていたようです」
微笑みを浮かべながら、無難なお世辞を一つ添えてその場を取り繕う。
これから数十年を共に過ごす相手なのだから、やはり最初の印象は重要だ。
まぁ、パーティーで一度会っているため厳密には初対面ではないが、こういう場での印象は別物だろう。
ニコニコ!
「……………………」
そう思って、人生で一番のさわやかなスマイルで対応していたのだが、マリーちゃんは沈黙を守り、じっと僕を見つめるだけ。言葉ひとつ発してくれない。
いきなり距離を詰めすぎただろうか。
だけどこちとら貴族との接触などほとんど経験がなく、正解がまったくわからない。
「こほん……実は僕バク転を連続が出来まして、よかったら見せましょうか?」
「…………」
カイリと共に鍛え上げた特技を披露してみたものの、彼女からは何の反応もなかった。
くっ、カイリならこっちが引くくらい目を輝かせて喜んでくれるのに……あ、もしかして嫌われている?
内心、「田舎者貴族め!話しかけるんじゃねぇ!」とか思われてる!?
「あぁ、気にしないでくださいませ。マリーはただ無口なだけですから」
「あ、そうなの」
言われてみれば、初めて会った時もマリーは強い人見知りを発揮していた。
「…………」
この押し黙る感じは、人見知りと片づけるには少し不自然な気はするけれど……まあ、いろいろあるのだろう。
初日から詮索するのも野暮だ。
「では、もう時間も遅いことです。部屋への移動に合わせて、今後のダルク様の立ち回りについてはわたくしがお伝えします」
そう言って歩き出した、マリーのお母さんことテレジアさんの後ろをついて行く。
……ケツでかいな。
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「改めてお伝えしますが、あなたは今日からマリーの第三夫人として生活していきます。その点はよろしいですか?」
「はい、第三夫人の件なら、馬車の中で既に聞いております」
「ならよかったですわ」
この世界の結婚制度は前世と大きく異なっている。その最大の違いは国が重婚を認めていることだ。
僕が属するこの国では獣人が支配層にあり、獣人特有のハーレム文化の名残が今もなお続いている。
そしてどうやら、僕はマリーの第三夫人として迎えられるようだ。
本当は第一夫人に据えたかったようだが、両家の格の差があまりにも大きくこの形にせざるを得なかったらしい。
正直、まだ結婚経験もない十歳……しかも一番と二番を飛ばして三番目の夫と結婚するのは色々と早すぎると思わなくはない。
だがこうした早めの婚姻は、この世界では特別なことではないのだとか。
「明日からは性技の指導が始まります。慣れないことも多くて戸惑うでしょうが、そういう時はいつでもわたくしに声をかけてくださいね♡」
「はは……」
「こう見えても、現役ですから……♡」
そう囁くように言いながら、以前パーティーで父にしたのと同じ距離感で、今度は僕の尻を触ってくる。
前世の記憶があるからか、それともテレジアさんが美人だからなのかは分からないが、触られることに嫌悪感はあまりなかった。
「…………っと、いかんいかん。親子丼はさすがに範囲外だ」
「親子丼?それってなんですの?」
「な、なんでもないですよ~」
こほん……話を戻すが、第三夫人から先に決めるというやり方は、貴族社会ではわりと定番の手法らしい。
というのも、貴族は背負うものが多いがゆえに結婚相手は慎重に選ばねばならない。
もし裏切られ、家を乗っ取られたり情報を横流しされたりすれば最悪だ。
だが、そうして相手を吟味し続けるうちに時間だけが過ぎ、結果として妊娠適齢期を逃してしまうケースが多いのだとか。
男の場合、三十歳で急いで結婚しても複数の女性を同時に孕ませることができるが、女性が中心となるこの世界では話が違う。
どれほど多くの男性と子作りをしても、実際に産める跡取りの数は一年に一人が限界だ。その仕組みはどの世界でも変わらない。
それに加え、この世界では女性が戦争に赴く。
なので時代劇でよくある、「主は討たれたが姫が跡取りを身ごもっていた!我が血筋は守られた!」――なんて都合のいい奇跡はこの世界では期待できない。
だって、産む立場の人間が戦場を駆け回るのだから当然と言えば当然だ。
こうした経緯から、第一夫人という立場を残したまま跡取りを確保するため、先に第二夫人、第三夫人を決めておくやり方が定番として根付いという。
もちろん第一夫人の子供が生まれた場合、僕の子供の身分は一気に下がる。
たとえこちらのほうが年齢で大きく上回っていても、第一夫人の子供こそが正統な後継として扱われるのだ。
……生まれた瞬間から立場がほとんど決まるなんて、なんとも酷な話である。
「さぁ、着きましたわ。ここがあなたの部屋です」
馬車の中で聞かされた、この世界の結婚制度を思い返しているうちに、自室へと到着していた。
「ご案内いただきありがとうございます。明日からは、ブレアド家の一員として相応しくなれるよう励んでまいります」
丁寧にそう述べ、深く頭を下げる。
今日はほとんど移動だけの一日だったはずなのに、思った以上に疲れた。
はっきりいってもう寝たい。
「ダルクさん……」
「え、あっ、はい!」
堅苦しい服を脱いでベットダイブする気満々のところで声をかけられて、取り繕っていた態度が崩れる。
「レラの名誉のためにも言っておきますけれど、この婚姻は避けられない選択でしたわ。仮に今回婿入りしなかった場合、他の領土から多額の借金を抱え、今以上に厳しい環境で生きることになっていたかもしれません」
「……はい、重々承知しております」
「そう……でしたら、これだけは胸に刻んでおきなさい。あの村が破産したとしても、あなたはすでにブレアド家の人間です。誰にも手出しはさせませんわ」
最後にそう告げられ、完全に姿を消えたの確認してから部屋の扉を開ける。
「あぁぁぁぁ…………」
緊張の糸が切れたように、ふかふかのベッドへと身を投げ出した。
「大丈夫…………ちゃんと父さんの想いは伝わってるよ」
仰向けになりながら、別れの挨拶すらできなかった父さんの顔を思い返す。
あんなこと言っていたが、誰よりも家族を大切にしてきた父さんが、僕を不幸にする選択肢を選ぶなんてありえない。十年以上も一緒に過ごしたのだから、それくらいはわかる。
「だから、あれが最後の別れになんてしないでね」
そう呟いてから、静かに目を閉じた。
すると闇に包まれた意識の中で、静かに、しかし確かに別の人物の姿が浮かび上がる。
「母さん……」
現れた母さんは聖剣を構え、余裕のこもった視線で僕を見据えていた。
ズバンッッッッ…………!
空想上の母さんの放った重い一撃に吹き飛ばされ、ベッドから転げ落ちる。
「はは……高いなぁ」
少し後ずさりしながらも、胸の奥で熱い闘志が湧くの感じた。
「絶対に超えてみせます。だから見ていてください!母さん!」
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