18話 僕、結婚させられました 前編


【お前は、自分の信じた道を好きなように生きてみろ。周りの目なんかに縛られずに堂々と突き進め!】


 母さんは遺書の中で、僕にそう託してくれた。

 ならばその意志を継ぎ、迷わず前へ進む。


 男だろうが女だろうが関係ない。世界最強の剣士を目指して、今日もカイリと共に限界まで身体を鍛える!


 僕達の物語はここからだ…………と、なるはずだったのに。


「では紹介しますわ。こちらがあなたと結婚する我がブレアド家の次女、マリーです。もっとも、一度は顔を合わせていますけどね」


「…………」


 ペコリ……


 案内された広い城内の一室で、少女は何も言わず、こちらに向かって丁寧に頭を下げる。


 周りには仰々しいほどのメイドたちがこちらを見守っており、逃げ道は完全に断たれていた。


 ……どうしてこうなった!


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「ダルク……きましたね」


 時刻は、太陽が昇ったばかりの早朝。


 ランニングをしようと起きた僕は、理由もわからないままメイドさんたちにおめかしをされ、そのままお父様の書斎へ連れてこられていた。


「お父様。今日はお早いのですね。お体の具合はいかがですか」


「問題ありません。それに、これからは私がしっかりしなければいけません。もう、泣き言を言っている場合ではないから」


 遺書を渡してから、父さんは少しずつ元気を取り戻していった。

 まだ昔のように明るく笑うことはないが、ちゃんとご飯は食べるようになったし、仕事にも向き合っている。


 ただ一つ気がかりなのは、以前よりも態度が厳しくなったように感じられる点だ。

 あまり気を張らず、少しでも肩の力を抜いてくれたらいいのだが。


「時間がないので、単刀直入にいいます。貴方には貴族の女性と結婚してもらいます」


「け、結婚……ですか?」


 軽い世間話をする暇もなく、突如として耳を疑うような爆弾発言を投げつけられる。


 子供のうちに結婚……これは、いわゆる許嫁というやつだろうか。


 中世という時代背景を考えれば、貴族である僕が許嫁が出来るのは理解できる。

 決して前向きではないものの、いつかはそうなるだろうと薄々覚悟はしていた。


「ちなみに結婚はいつでしょうか。六年後くらいですか?」


「今日です」


「今日……は?今日!?僕、まだ十歳ですよ!」


 あまりにも唐突な話に、取り繕っていた貴族の仮面を忘れて驚いてしまった。


「お、お言葉ですがお父様。僕はその婚約者のことを何も知りません。見極める時間も必要ですし、いくらなんでも今日というのは……」


「それでも、受け入れなさい」


 一切の反論を許さぬ声色で、父はきっぱりと言い放つ。


 その態度から、僕の言葉に耳を傾けるつもりがないことがはっきりと伝わってきた。


「要するに、黙って従えということですか?」


「そうです」


「そんな横暴な!」


 あまりにも理不尽な発言に、思わず前のめりになって抗議する。


「いいですか?この村はマーシャル……お母さんがいたからこそ成り立っていた土地です。彼女がいなくなった今、この痩せた村に将来はありません」


 父さんは一瞬だけ僕に視線を向けるかと思えば、逃げるように視線を落とす。

 そしてそのまま、申し訳なさそうに言葉を続けた。


「作物はもちろん育てていますが、これまで免除されていた税が再開されたら飢えは避けられない。取引先もマーシャルという後ろ盾を失った以上、一方的に破棄されてもおかしくはない状況です」


「だから、僕を差し出してでも、他の貴族との結束を強めたいと……」


「ええ、貴族社会は弱みを見せた瞬間に終わり。こちらの交渉材料がダルク……あなたしかいない以上、他の貴族に食い物にされる前に動くしかありません」


 息子を代償に土地を守ろうとする父さんの考えは、この世界の価値観に当てはめれば正しい。

 前世の知識を思い返しても、時代によっては政略結婚が当たり前だ。


 きっと僕が直面しているこの問題は特別でも例外でもなく、この世界のどこにでも転がっているありふれた事象にすぎないのだろう。


「でも、だからって……」


「それにこのままでは、カイリちゃんが大人になるころには村が滅んでいる可能性すらあります……それだけは避けなくてなりません」


 普段はあまり考えないようにしていたが、領主の一人息子である僕の肩には、村人の生活全てが委ねられている。


 カイリ……彼女のことを思うと、その責任の重さが体にズシリとのしかかる。


「不満に思う気持ちはわかります。ですが、貴族の男とはそういうものです」


 父さんはそう告げると、これが最後と言わんばかりに僕を抱き寄せた。


「私も昔、拒否権もなく強制的に母さんと結婚させられました。ですが……本当に、涙が出てしまうほど幸せな毎日でした。あなたも結婚すればきっとわかります」


 抱き寄せられたまま、母さんがよくしてくれたのと同じ手つきで頭を撫でられる。


 その温もりは、母さんを思わせるほど慈愛に満ちていた。


「これもすべて村の運営に失敗した私の責任です。どうか私を嫌いなさい。恨みなさい。忘れてしまいなさい。あなたには、そのすべてを許される権利があります」


「お父様……」


 その言葉とは裏腹に、父さんの体は小さく震えていた。


 最近ずっと冷たく見えた態度や口調も、あえて憎まれ役を引き受ける最後の自己犠牲だったのかもしれない。


 僕の両親は、なんでこんなにも不器用なのだろうか。


「僕はもう……この場所には戻れないのでしょうか?」


「わかりません。それを決めるのは婚約者です」


「ならせめて、最後にカイリと過ごす時間はください!」


「許可できません。あなた達は駆け落ちする可能性があります」


「駆け落ちって……」


 そんなことをするつもりはない。ただ、最後に伝えたいんだ。


 数年間、友達でいてくれて……あの時、退屈な日々を過ごしていた僕を外へ連れ出してくれてありがとうって言いたいだけだ。


「それに、今から出発しなければ日没に間に合いません。ダルク、今すぐ馬車に乗りなさい。これは当主としての最後の命令です」


「嫌です!」


 僕は父さんの腕からそっと離れ、部屋の外へ抜け出そうとした。


「そうですか……皆さん!」


 バタン!


 その言葉を合図に、外で控えていたメイドたちが現れて僕を数人がかりで取り押さえる。


「ダルク様……どうかお許しください!」


「これも貴方の為ですから!」


 正直、毎日鍛えている僕なら、メイドが数名立ちはだかったところで容易に抜け出せる。


 けれど、悲しそうな表情で僕を馬車へ押し込む皆の顔を見て、成すがままになるしかなかった。


 ガタガタ……


「ごめんなさいダルク……これもマーちゃんとの約束だから。幸せになってね」


 こうして僕は、十年以上慣れ親しんだ故郷を離れることになったのである。


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