16話 僕、約束しました

『だぁぁぁぁぁ!どっちがいいんだ!』


 煌びやかな石が所狭しと並ぶ雑貨屋の中で、カイリが頭を抱えながら大声を上げる。


『なぁ、ダルクはどれがいいと思う?』


「うーん……そもそもさ、弟さんってアクセサリーで喜ぶタイプなの?」


『はぁ?男なんだからオシャレな物が欲しいに決まってるだろ。特にこの街じゃ、選択肢もこれくらいしかないしな』


「そういうものかねぇ」


 今日は、カイリの弟であるアイリ君が誕生日を迎えるということで、プレゼント選びに付き添っていた。


 なんだかんだでカイリと行動していると弟さんとも触れ合う機会が多く、僕たちの後ろを必死についてきていて、僕も弟のように可愛がっている。


「あ、だったら人形をあげたら?いつも持ち歩いてるじゃん」


『ダメだ。人形は作るのに時間がかかるから高ぇんだよ。簡単に買える代物じゃねぇ』


「そっか……」


 前世では、プレゼント選びは選択肢が多すぎて苦労したものだが、こっちでは少なすぎて逆に困る。


 それに同性だから参考にしたいと言われても、男女の概念が逆転している時点でカイリとの大差はほとんどない。


 これは、父さんか男性メイドを連れてきた方がよかったかもしれないな。


『な、なぁ。ダルク』


「ん……なに?」


 アクセサリーを物色しながら視線を巡らせていると、カイリが少し緊張した様子で声をかけてきた。


『もしだぞ。もしダルクがアクセサリー欲しいってなったら、どれが欲しい?』


「僕に聞いても、なんの参考にもならないよ?」


『だ、だとしてもだ!頼むから教えてくれよ!』


 そんなことを言われても、僕はアクセサリー自体あまり好きじゃない。


 だってジャラジャラして動きにくいし、お風呂のたびに外したり付けたりするのも面倒くさい。


 それならいっそ、花をもらった方が数倍嬉しい。特に獣人は匂いに敏感だから、前世より香りを楽しめる。


『てかさ……前から思ってたけどさ。なんでダルクがここまでオシャレに無頓着なんだ?男なら少しくらい気にするものだろ』


「だって、オシャレしたところで僕じゃ似合わないんだもん」


『なっ……そんなことねぇ!』


 グイッと身を乗り出して距離を詰めるカイリ。その熱意と迫力に押されて、思わず一歩後ずさってしまった。


『いいか?ダルクにアクセサリーが似合うって俺が保証する!だから文句を言わずに欲しい物を選んでくれ!』


「なんでそんなに必死なんだよ……」


 最初から選ぶつもりはあったものの、カイリの熱意に押される形で店内の小物を改めて目で追う。


「うーん……うん、強いて言うならこれかな」


『布で作った腕輪?安くて綺麗な石も付いてないけど、本当にそれでいいのか?』


「ああ、これがいい」


 僕が選んだのは、色とりどりの布を編んで作った腕輪のようなミサンガだ。


 僕の性格的に、高価な贈り物をもらっても壊さないように神経を使ってしまいどうにも落ち着かない。


 その点、ちぎれることを前提にしたこういう贈り物なら気負わずに受け取れる。


 まぁ、この世界の腕輪がミサンガと同じ意味を持つかどうかは分からないが。


「ふふ、なかなか綺麗だな」


 赤と黒を基調にしたこのミサンガは、まるで僕とカイリを表しているみたいでなんだか悪くない。


 こうして眺めているだけでも、自然と口元がにやけてしまう。


『よし、だったら俺がこれを―――』


「よぉ、お転婆カップルさん。婚約指輪ならあっちのコーナーだぜ」


 腕輪を手に取り見つめていると、レジの奥から店主の女性が現れた。


 なぜか、ニヤニヤと含みのある笑みを浮かべながら楽しそうにしている。


『ちげぇし!俺たちは弟の誕生日プレゼントを選んでるんだよ!』


「なんだよ、結婚指輪じゃないのか。せっかくアンジェム家に恩を売れると思ったのに残念だな」


『うるせぇ!』


 からかわれたのが面白くなかったのか、カイリは思わず声を荒げる。


 あんなの冗談だとすぐわかるだろうに、こういうところはまだ子どもっぽいんだな。


『ったく……で、この腕輪はいくらなんだよ』


「これか?まぁ……そうだな。銅貨5枚でどうだ?」


『お、意外と安いな。じゃあそれをくれよ!』


 値段を聞いて了承したカイリは、布を紐で結んだだけという色々と頼りない財布をすぐさま取り出し、そこから銀貨1枚を渡す。


 そういえば、店主は銅貨5枚と言ってたがこの値札には8枚と書いてあるんだよね。もしかして、ちょうど値段を改定したばかりで間違えたのだろうか。


「毎度あり!」


 そうなどうでもいいことを考え込んでいるうちに、カイリは軽やかに会計を済ませていた。


 自分で言っておいてなんだが、本当にミサンガが誕生日プレゼントで大丈夫なのか?もし弟に嫌われても僕は知らないぞ。


「そうだ。せっかくだし、母さんが帰ってきたとき用の小物でも買ってみようかな」


 嬉しそうに買い物をするカイリの表情を見て、ふとそんな考えが頭をよぎる。


 だが、母さんは僕に似ていてアクセサリーには興味がない。となると、やはりここは父さんと計画しているお肉料理パーティのほうが良さそうか。


 ギュ!


 ならば雑貨屋での用事は済んだと先に扉から出ようとした瞬間、カイリが僕の服を引っ張り止める。


『な、なぁ……ダルク。ちょっとだけ目を閉じてくれ』


「え、こわっ……なんで?」


『いいから!』


 戸惑う僕の声など聞く耳も持たず、カイリは強引に右腕を掴む。


『………』


 そしてその無言の圧力に押された僕は、仕方なく目を閉じる。


 シュルシュル……キュッ!


『い、いいぞ!』


 イタズラでもされたのではと思いゆっくり目を開けると、そこには先ほど選んだ赤と黒の腕輪がきちんと巻かれていた。


「これって……」


『今はあえて言葉にしない。でも俺がもっと大きくなった時、今よりずっとすごいものを渡す!だからそれまで待っていてくれ!』


 まだ子供だと思っていたカイリの真っ直ぐで一生懸命な眼差しが僕を射抜く。


 ドクンッ!


 見えない何かに優しく貫かれたように心臓が大きく脈打ち、胸いっぱいに甘い鼓動が広がる。


 いつの間にか、白かった頬が燃えるかように熱を帯びていた。


「ふふ、ふふふ」


 それを自覚した瞬間、内側でずっと眠っていたはずの私と僕が重なり、そして溶け合う。


 まるで新しい自分になるかのような不思議な感覚に襲われるが、何故かそれは心地よく悪いものではなかった。


「そっか……じゃあ、約束だからね」


 気づけば胸の奥まで幸せな気分に包まれ、自然と店を後にする。


「いやぁ、甘いねぇ……おい、カイリ!これもやるよ」


 パシッ!


『は?なんで同じ腕輪を俺に渡すんだよ』


「実はここだけの話、男女が色の配色を反対にした腕輪をお互いに身につけると、結ばれるっていう迷信があるんだよ」


『なっ……』


「相手はあのアンジェム家の一人息子だ。高嶺の花だけど、せいぜい頑張れよ~」


うるせぇ……でもありがとうな!」


 ガチャ!


『ダルク置いてくなよ……』


「貴族に婿入りして何不自由なく暮らすか。愛する人と駆け落ちするか……どっちが幸せなんだろうな」


 帰り際、弟さんにさっそく腕輪を渡すと、僕とおそろいだというだけでぴょんぴょん跳ねて喜んでいた。


 かわいい……きっとこの世界では、こういう子がモテるんだろうなぁ。



===================



「ただいま~」


 腕輪が引っかからないよう細心の注意を払いながら扉を押し開け、そっと家の中に足を踏み入れる。


「…………あれ?」


 いつものように大きな声で帰宅を知らせたが、返事は返ってこない。


 普段なら慌てた父さんが飛び出してくるのに、今日は静まり返っていた……もしかして入れ違いになったのかな?


「まぁいいや。メイドさんに腕輪のこと自慢してこ―――」


 ガシャン!


「ッ……」


 そんなことを考えていた矢先、リビングの方から何かが落ちる音が響き渡り、思わず息を呑む。


 この状況……何かがおかしい。


 もしかしたら強盗か何かが入り込み、家の中の誰も喋れない状態になっているのかもしれない。

 母さんが不在だと聞きつけ今のうちに……と悪い奴らがやって来た可能性も十分考えられる。


「なら……」


 大声で帰宅を知らせてしまった以上、隠密行動での不意打ちは出来ない。となれば、ここは正々堂々真正面から勝負一択だ。


「よし!いくぞ!」


 近くのあった箒をしっかりと握り、ドアの前でゆっくりと呼吸を整える。


 大丈夫……僕ならできるはず!


 ガチャ!


「お父様!無事ですか!」


 背後を取られないよう、扉を開けたのと同時にそのまま飛び込むように中へと入る。


「うぅ……うぅぅぅぅ……」


 だが部屋の中には不審者の姿はなく、床にうずくまって泣く父さんがいるだけ。


 机のランプは倒れているが、激しい争いがあった形跡は見当たらない。


 もしかして、もうここから逃げたのか?


「ダルクぅぅ……!!!」


 他に不可解な点がないか部屋の中を見渡していると、父さんが泣きながら僕に抱きついてきた。


 相当怖い思いをしたのか、これまで見たこともないほどの涙を流して顔をぐしゃぐしゃにしている。


 クソ!僕の父さんをこんなにも泣かせるなんて……絶対に許せない。母さんが不在の今、代わりに僕が落とし前をつけさせる。


「お父様、とりあえず落ち着いてください!なにがあったんですか!」


「マーシャルが……マーシャルがあぁぁぁぁ!」


「お母様?なんでそこでお母様のなま……え……が」


 父さんの手に握られたクシャクシャの手紙を見て、全身の血の気が引くような感覚に襲われる。


 いや、違う、きっと気のせいだ。


 そんなことがあるわけがない。母さんは最強なんだ。


「マーシャルが……死んじゃったぁぁぁ……!!!」


 奪うように受け取った手紙には、母さんが戦場で散ったことが淡々と書かれていた。

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