2話 僕、目標が出来ました!
「ダルクそろそろご飯だから、お母さん呼んできてくれる?」
「わかりましたお父様!」
食器を運ぶエプロン姿のお父さんに頼まれ、庭にいるであろうお母さんを呼びに行く。
「転ばないよう気を付けてね~」
僕がこの世界に来てからそこそこの年月が経った。年齢で言えば3歳くらいだろう。
そうなってくると嫌でもこちらの言語を覚えてくる。
発音は少し舌足らずで拙い部分も残っているが、それでも今では自然に会話できるほどに馴染んできた。
「お母様!そろそろご飯だって~!」
「む、もうそんな時間か……キリのいいところまでやるから待ってろ」
そう言ったお母さんは、一切の無駄のない動きで黙々と素振りを続ける。
「ふんっ!」
刀を振るたびに空気を切り裂く音が響き、集中しきったその姿からは熟練の技を感じさせる。
元剣道部員の僕ですら息を呑むほどで、思わず見惚れてしまうほど美しい太刀筋だ。
「そんなに見つめてどうした……まさか、剣に興味でも沸いたか?」
「うん!すごくカッコいい!」
「ふ、そうだろう。剣はいいぞ。どんなムカつく相手もズバッと一刀で片がつくからな」
「そうなの?」
「あぁ、昔お父さんに色目使ってたバカ女を……いや、この話はやめておこう」
「?」
楽しそうに話していたのも束の間、お母さんはふと気まずそうな顔をした。
「まぁ……なんだ。この世は力ある者が全てってことだ。男であるお前に言っても仕方ないかもしれないがな」
なでなで……
お母さんは木刀を静かに置き、柔らかな手で僕の頭をわしゃわしゃと撫でる。
「にゃふふ」
精神はとっくに成人済みなのだが、温かくて優しい感触に思わず肩の力が抜けてしまいそうになる。
これが母性か……
「んっ……ねぇお母さん、僕に剣を教えてよ!」
「ダメだ」
「えー、なんでよ~」
なるべく子供らしく甘えた声で懇願してみたが、迷うことなくきっぱりとと断られてしまった。
「剣の道は女の道だ。男が安易な気持ちで踏み込もうものなら、痛い目に遭うぞ」
その声はさっきまでの穏やかな物とは異なり、まるでこちらを脅すかのような鋭く厳しい。
「それにな、お前に剣なんて教えたら、私が父さんに怒られるんだよ。そうなると父さんが拗ねて、夜に全然相手してくれなくなるからな」
ついでの理由が最悪だ。
薄々気付いていたけれど、この母さん相当スケベである。
どれほどかというと、僕の目の前でも父さんにべったりくっついてお尻をモミモミとするくらい節操がない。
もう少し場所を考えてほしい、と何度も思ったことか。
「さ!わかったら昼食を食べるぞ~」
無理やり話を切り上げたお母さんは、尻尾を揺らしながら軽快に僕の前を進んでいく。
昼食が楽しみなのだろう、僕も嬉しい時に尻尾がああなる……らしい。全然自覚ないけど。
「ふむ、剣の道は女の道。やっぱりこの世界……」
さっきのお母さんの発言……もし僕の考察が当たっているのなら、その言い分もある程度は理解できる。
だがそれでも、元剣道部主将としてあの圧倒的な太刀筋を、自分のものにしたいという渇望は変わらない。
ようは、僕がどれほど真剣に学びたいかを示せばいいはずだ。僕は本気で剣を学びたいんだぞって。
だったら……
「やあぁぁぁ!!!」
「!!!」
僕は近くにあった木の枝を手に取り、お母さんの背後から襲い掛かる。
前世で幾度も磨いた“面”への一撃。
動きを正確に捉えた重々しい一撃が当たる―――
ストン……
はずだったが、振り下ろした木の枝に感触はない。
まるで柔らかいバターを切るような感覚と共に地面に枝が落ちる。完全に受け流されたのだ。
ドスッ!!!
そして次の瞬間、首に激しい衝撃が走る。
全身が鉛のように重くなり、視界は暗闇に覆われて意識が深く沈んでいった。
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「なぁ、わざとじゃないんだって」
「…………」
「こう……思ったより太刀筋がしっかりしてたから体が反射的に動いて………な。わかるだろ?」
「わかりません!どこの世界に子供を襲う親がいるんですか!」
ぷい!
「機嫌直してくれよ~。今夜は優しくするからさ!……な?」
もみ!もみ!
「ちょっと!どさくさに紛れてお尻揉まないでよ!」
「夜に揉めないなら今のうちに揉もうかなって……」
ぺチン!!!!!
ズキズキとして首の痛みとともに目が覚めると、お母さんが正座していた。
相当怒られているらしく、耳はペタンと垂れ、ほっぺも真っ赤に染まっている……なんだか申し訳ないことをした。
「今回は跡が残らなかったけど、もし傷が残ったらどうするの!可愛い息子がお婿に行けなくなったら大変なんだよ!」
「いや、でもさ。私なんて頬にでかい傷あるけど、それでもお前と結婚出来たからきっと大丈夫だって!」
「男と女では話が違います!女の傷は“守ってくれそう”とか“カッコいい”という感じがして……と、とにかく!男が顔に怪我なんてしたら終わりなの!」
「ふ~ん、レラは頬の傷をカッコいいと思ってんだな。なら今からじっくりと顔を見ながらベットで……あ、ごめんなさい。尻尾を掴もうとしないでくれ」
今日も僕の目の前でイチャイチャする二人。見ているこっちが恥ずかし程ほほえましい。
「いいですか!ダルクはこの伝統あるアンジェム家の長男です。紳士らしく、料理に手芸、ダンスを学ぶんですから!」
「はい……承知してます」
お父さんの一言で、これまでの考察が一気に確信へと変わった。
どうやらこの世界では、男女の価値観や役割の捉え方が僕の知るものとは違うらしい。
男性執事……恰好が完全に女メイド服だから執事といっていいのか悩むけど、男性執事が働いている見て何となくそう思っていた。
「剣の道なんて言語道断だからね!」
「ねぇねぇお父さん。なんで僕は剣を学んじゃダメなの?」
はっきりと拒絶するお父さんに、子供らしい無邪気さを込めて問いかける。
普通に考えて、剣を振るなら筋肉量的にも男の方が有利なはずだ。
元の世界と人体の構造が違うというならあれだが、どうしてこうなったのか少し気になる。
「それはね、ダルク……鍛えたところで男は戦えないからだよ」
「そうなの?」
「いや、別に戦えないわけじゃねぇ。極々まれに男の盗賊なんかもいるにはいる。ただ、男は絶対に最強にはなれないんだよ。怪我も治りにくいしな」
「最強にはなれない?」
その含みのある言い回しに、僕は首をかしげる。
「あぁ……まぁ。それは成長したら話すさ。どっちにしろお前は由緒あるアンジェム家の跡継ぎなんだから、危険な道を進むのは止めておけ」
母さんは頭をかきながら、少しめんどくさそうに言った。
「そうだよダルク。男は家で料理をしながら、女の帰りを待つのが至高の喜びなんだ!それに日々お婿さん修行に励めば、白馬のお姫様が向かいに来るかもしれないよ!」
「えぇ~白馬のお姫様なんて要らないから剣を振りたい」
せっかく面白そうな世界に生まれた変わったのだから、冒険やらなんならしたい。家に引きこもって家事だけするなんていやだ。
「剣を握って戦いたい~」
僕は納得いかないとばかりに、地面に寝転んで駄々を捏ねる。
「むぅ……わかったよ、ダルク」
お、わかってくれたかお父さん。
「ご飯を食べながら、結婚生活がいかに幸せか教えてあげるから!」
「お、いいな。じゃあ私はお父さんを初めて抱いた日のことを……」
「お母さんはもう少しそこで反省して!」
「はい………」
どうやら、僕が剣を握れるのは当分先のことらしい。
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