第44話 魔法と物理の無理ゲー同時押し



 そこそこ大きい幹を背に振り返った瞬間。振り向きざま、私はアイテムボックスから取り出した消火器のレバーを握り込み、追ってきた敵へ向けて噴射した。


「っ!? なんだ、ッ!」

「げほっ……目が、くそっ!」


 白い粉末が空気を裂く音と共に噴き出す。瞬く間に空気が濁り、煙幕のように広がった。

 風下にいた三人の男たちを直撃する。先頭にいた男は思わず目をつむり、後続の二人は粉末を吸い込んでむせ込んだ。咳と怒声が混じり、林に濁った響きが広がる。


 一人が咄嗟に杖を掲げ、半透明の膜を展開する。学習しているらしい。物理結界だ。

 もやの中に半透明の壁が広がり、白煙を押し返すように展開された。粉末の帳の向こうに人影が揺れる。


 ──だが、望むところ。

 煙が立ち込めるその向こうへ照準を合わせ、スイッチを入れた。


「がッ、!?」


 濃い粉煙を透かして、呻き声が響いた。結界の内側にいたはずの男を、射出されたそれが穿ったようだ。


「なぜ、結界が……!」


 困惑の声が煙の奥で揺れた。

 私の攻撃は物理攻撃のはず。


 ──だが。


 私は再びロッドのスイッチを入れる。先端に嵌め込まれた黄色い魔石がぼんやりと明滅し、小さな石粒が浮かび上がらせた。

 瞬間、空を裂くような鋭い音を立て、煙の向こうへ飛び込んでいく。


「ぐぁっ!」


 物理結界を擦り抜けて、奥へ。悲鳴が上がる。粉末の煙が揺れ、その向こうで影が崩れた。


 今使ったのは、ルクレツィアから借り受けた歴とした魔道具だ。

 所有者の魔力を吸い上げて発動するタイプではなく、予め込められた術式を魔石のスイッチで動かす仕組み。魔力を持たない私でも扱える仕様だ。


 正直、残念ながら"魔法を使っている"というロマン的感覚はない。今私がしているのは引き金を引いたり、ボタンを押したりするのと何も変わらない。消火器だの銃だのを扱うのと大差なかった。スイッチを入れれば飛び出す。そういう道具だ。


 ふっと息を吐く。杖を握る手に汗が滲んでいた。

 銃と違って反動はない。けれど、この杖は連射に向かない。石粒を生成するごとに魔石の光は僅かに弱まっていく。ルクレツィア曰く、これ一つで数十発は撃てるらしいが、無限ではない。


 私は煙幕の周りを歩き回りながら、再度スイッチを押した。


 空を裂く破砕音。煙の向こうから転げる音。

 どこまで当たっているかは霧の中だが、牽制でも充分だ。


「チッ! どこから……!」

「くそっ……!」


 敵が吐き捨てる声と同時に、結界の内側を中心に、渦を巻くように風が膨れ上がる。

 粉塵を吹き払おうとした魔法だ。林の枝葉がざわめき、白煙が渦を巻いて吹き飛ばされる。


 私は反射的にその場にしゃがみ込み、腕で顔を庇うように吹き付ける風に耐えた。髪が乱され、視界が一気に開ける。


 そのすぐ頭上を、風の渦の中から放たれた風の刃がうなりを上げて通過していく。刃は背後の枝葉を斜めに削りながら後方へと消えていった。

 ……危なかった。あのまま立っていたら、間違いなく両断されていただろう。生け捕りにするんじゃないんかい……。


 腕を下ろし目を細めて前を見やると、敵がはっきりと姿を現した。


 一人は地面に伏している。杖を握ったまま呻き声を上げているので、さっきの石弾が直撃したのだろう。

 もう一人は腕を押さえて後退しつつも、目にはまだ闘志が残っている。肩口を石が掠めたのだろう。致命傷ではないが、すぐに動ける様子でもない。

 最後の一人は、杖をこちらへと向けていた。


 私も両腕をまっすぐ伸ばし、狙いを定める。

 左手には魔道具の杖。右手にはハンドガン。


 ──同時展開、できるかな?


 内心で呟いたのは、挑発とも独り言ともつかぬ言葉。自分に向けた確認のようでもあった。

 敵の喉がわずかに震えた。緊張が走ったのは互いに同じだ。


 魔法と物理の結界を同時に展開するのは至難の業だ。高度な制御と反射神経が必要になる。


 魔法を使いながら剣を振るう、所謂"魔法剣士"の類は稀にいる。が、その手の物理武器は「叩く、斬る、突く」武器だ。この世界で銃器は未だ開発されていない。飛び道具は投石や弓矢ぐらいだ。


 魔法は障壁で防ぎ、武器は盾や杖で受ける──それがこの世界の常道。

 だが、それらの手段で当たり判定が小さく、速度も速い銃弾を防ぐのは簡単ではない。


 ならば、この非常識を叩きつけてやればいい。

 私の一番の武器は、手数だ。あらゆる手段を持って、相手の対応に混乱を招くこと。


 私は同時に両手の引き金を引いた。

 一から構築する攻撃魔法よりも、引き金スイッチ一つのこちらの方が、構築速度は速い。


 バシュッと杖の先から石の弾丸が生み出され、一直線に飛んでいく。

 同じく右手の銃が火を噴き、弾丸が夜の林を裂いた。


 敵が焦ったように半透明の障壁を展開する。


 石弾はその表面で弾かれ、火花を散らして砕け散る。

 間に合ったか──そう思った矢先、もう一つの弾丸が障壁に突き刺さった。


 わずかに遅れて完成した二枚目の障壁。だがその"わずか"が致命的だった。障壁が完成するより先に、銃弾がそれを突き破った。

 銃弾は薄く張られた膜を割るように突き進み、敵の胴体にめり込む。


「──ぐっ、あ、ぁ……!」


 呻き声と共に、杖を握っていた男が膝を折った。魔法が霧散し、障壁が崩れる。


 その瞬間、腕を押さえていたもう一人の敵が地を蹴り、獣のような勢いで距離を詰めてきた。

 剣を片手に、一直線にこちらへ。近接戦闘型か。


 「っ……!」


 近い。撃つ間もない。

 私は一歩後退しながら咄嗟にアイテムボックスを操作し、目の前に鋼板を取り出した。


「なっ──!?」


 勢いよく突っ込んできた男は、突如として出現した障害物に驚き、たたらを踏む。その体勢の乱れを見逃さず、鋼板はすぐに収納。

 空間がぽっかりと空き、視界が開けた時、敵はまるで幻を見たかのように呆然としていた。


 ──そこだ。

 私はその真上から檻を取り出した。


 それは上から降り落ちるように敵を包み込み、ガシャンと激しい音を立てた。


「な、クソ──ッ!」


 だが、これは人間を閉じ込めておけるような檻ではない。屋外に設置するペット用の大型ケージだ。

 本来、地面に埋め込んで固定するもの。落としただけでは、すぐに持ち上げられてしまう。


 ……それに気づかれる前に、私は銃を構えた。

 パン、パン、パンッ──!


 乾いた銃声が林に響く。

 柵の隙間を通して撃ち込まれた弾丸が、男の肩口や太腿に突き刺さる。

 呻き声が途切れ、力なく崩れ落ちる音がした。


 ケージの中で呻き声を上げて倒れ込む男を確認し、素早く周囲に目を走らせる。

 伏していた一人は既に動かなくなっている。

 結界を張っていた男も、胴を押さえながら痙攣し、やがて沈黙した。


 三人の追手を制圧し終え、荒く息を吐き出す。肺の奥に溜まった緊張と粉塵の匂いが一気に解き放たれるようで、喉が少し焼けつく。


 その瞬間、背後から生ぬるい気配が迫った。背筋に悪寒が走る。


 振り向くより早く、手が肩口に伸びかかってくる。


 ──しかしそれが私に触れることはなかった。横合いから鋭い蹴りが飛び込み、影は木の根元へ叩きつけられる。その手の主は無様に地面に転がった。


「あかりに触れるな」


 低く押し殺した声。耳に届いた声に、胸の奥が熱くなる。

 振り返れば、木立の陰からレオナルドが姿を現した。闇の中でわずかに汗の光を反射する銀髪が、戦いの最中だというのに妙に鮮烈に見える。


「レオナルドくん!」


 私はレオナルドに駆け寄って、彼の背に手を回し──引き金を引く。

 乾いた銃声が林を裂いた。


「ッが、ぁ──」


 彼の背後で剣を振り上げていた男の腹に銃弾が命中。呻き声をあげたそいつは、剣を取り落とし、葉の上に崩れ落ちて動かなくなった。


 レオナルドが一瞬だけ振り返り、その男を確認してから、再び私の方へ視線を戻した。


「……遅くなってすまない。怪我は?」

「多分ない!」


 息が弾んでいたが、声だけは平静を装う。レオナルドが肩に手を置くと、ほんの一瞬だけ体の力が抜ける。その触れ方が、救いのように温かかった。


「そうか」


 安堵の色が彼の顔に浮かぶ。利き手で私の頬を軽く拭うようにして、視線を再び周囲に向けた。

 剣を振るう気配はすでに遠のいている。林の奥に潜んでいる敵影もなく、風に揺れる葉擦れだけが響く。


「大体制圧した。残党も散っている」

「じゃあ、後片付けしないと」


 街道の方でも、戦っていた騎士たちの掛け声が次第に小さくなり、やがて完全に止んだらしい。聞こえていた激しい斬り合いの音が、風に溶けて消えていく。


 戦場が沈黙したのだ。


 つまり、こちらの勝利である。



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