第38話 花屋

 贈り物を何にするのかについての議論は白熱したものになる。

「まあ、什長なら酒は外せないだろ」

 これは先輩たちの一致した意見だった。

「でも、贈り物になりそうな酒がこの町には無いんだよな」

 ティレンの町ではすぐに消費する酒は造っているものの長期保存可能なものは生産していない。

「それに奥様の受けも考えないとな」

「奥さんも酒を飲むならいいと思うけどな。2人で楽しめばいい」

「だけどなあ。シィリュスさんは飲まないからな」


 ふむふむ。

 将来クリスにお祝いをするときの参考にしよう。

 議論を聞いていると先輩たちが僕の方を向いた。

「で、クエルは何かアイデアない?」

「僕ですか。正直よく分からないです。でも、女性の気持ちならエイラに聞いたらどうでしょう?」

 僕はエイラに貰って嬉しいものを聞く。

「おっきなお肉!」

 その返事に先輩たちはガクッとなった。

「ああ。エイラはお肉がいいんだな。でも、シィリュスさんはそうでもなさそうだ。日持ちもしないし」


 先輩たちはうーんと腕組みをする。

「まあ、下手に形の残るもの贈ってもな。俺らの持ちよった金額じゃあまり高価なものにはならないよなあ」

「什長、あれで育ちがいいから目が肥えてるし」

 そうか。

 僕にとって銀貨は大金だけど什長にとってはそうでもないんだよな。

 贈り物をするのに相手の経済状況も考える必要があるんだ。

 待てよ。恐らく名家出身のクリスも出世しているだろうし、再会したときにせっかく贈り物をしたのにみすぼらしく見えるのは嫌だな。

 たぶんクリスは馬鹿にしたりはしないだろうけど。

 おっと、今は什長へのお祝いを考えなきゃ。


 僕は喋りたそうな表情をしているシモンへと顔を向けた。

「何か考えある?」

「無難ですけど花束でいいんじゃないですか。ありきたりですけど定番でしょ?」

「花束ねえ」

「什長に花か?」

「そういうタイプじゃ……。でも、有りか」

「意外と洒落者だしな。シィリュスさんの髪に花を挿してやってるし」

「じゃあ、それでいくか」

「たまにはいいこと言うな。シモンも」

 シモンは鼻を高くしている。


 品物が決まったので今度は誰が手配するかという話になった。

「まあ、クエルだろな」

「だな。俺らは花を買うようなガラじゃないし」

「什長もクエルが選んだと聞いたら喜ぶだろう」

「分かりました。頑張ります。でも、僕は買い物なんてほとんどしたことかないですけど」

「ついていってやりたいが俺らもこの後用事があるんだよな」

「クエル、頼むぜ」

 先輩たちは給料からお金を出して僕に渡す。


 用事があるというなら負担はかけられないので、僕はシモンとエイラと一緒に花屋に出かけた。

 シモンは僕と似たような境遇で買い物の経験はないと言う。

「この中で買い物したことあるのは給料をもらっていたエイラだけだよね? 頼りにしているから」

「アタシ? なんかアタシが店に行くと怖がられるんだよね。だから、前は他の人が買い物をしてくれていたよ。だから、よく分かんない。それでさ、花屋の用事が終わったらお肉食べに行きましょうよ」

 買い物初心者が3人揃ってしまった。

 僕も父さんについて町に行ったことぐらいはある。

 だけど花屋さんなんて僕の故郷の近くの町には無かった。


 表通りから脇に入ったすぐのところにある花屋さんのところで僕はどうしようかとためらう。

 店先に綺麗な花が飾られていて、僕なんかお呼びでないというか場違い感がすごい。

 意を決して店に入ることにした。

「いらっしゃいま……」

 来店を歓迎する声が途中で止まる。

 やっぱり場違いだったかな。

 でも今さら引き下がれない。

 振り返るとシモンもエイラも任せたという顔をしていた。


「あのう。お花を買いたいんですけど、そういうのは初めてで。色々と相談に乗ってもらえますか?」

 お店の人は年配の女性だったが、その女性が笑みを浮かべる。

「おや、お客さんだったんだね。兵隊さんが3人で入ってくるから驚いちまったよ。よく見たらまだ子供じゃないかい。嫌だねえ、歳を取ると目がよく見えなくなって。それでどういう目的で花をお買い求めかしら?」

 僕は世話になっている上司の結婚のお祝いに花束を渡したいという説明をした。

「費用はこれぐらいで考えているんですけど」

 先輩たちから預かったのと僕の出したのを合わせた金額を告げる。

「おやおや、それじゃ花に埋もれちまうね。もうちょっと少なくても立派な花束ができますよ」


「そうなんですか? よく分かってなくてすいません」

「まあ、初めてじゃ分からないことだらけさ。それで式はいつだい?」

 3日後と答えるとお店の人は思案顔になった。

「すると結婚するというのはシィリュスちゃんとその旦那さんて人かい?」

「はい。そうです。新郎が僕のお世話になっている方なんです」

「そうかい。シィリュスちゃんはうちでも花を仕入れていてね。色々と苦労してたんだ。幸せになって欲しいねえ。そうかい。花婿がどんな男性か知らないが、お客さんが世話になっているというならいい人なんだろうね。おっと、お喋りが過ぎちまった。その人が好きな花とかあるかい?」


「特にないと思います」

「そうかい。それじゃあ、花の選択は私に任せてもらっていいね。華やかで香りがいい花束を用意しておくよ。そうそう。花粉があまり落ちないものにしておこう。婚礼の衣装を汚したら大変だ」

「よろしくお願いします」

 僕は代金を聞いて払う。

「それで、他にもお世話になっている人がいて花を贈りたいんです。結婚のお祝いとは別に2つ買って行きたいんですが選んでもらえますか?」

「相手はどんな人だい? 何かお祝い事なら別だけど男の人は花を貰ってもあまり喜ばないよ」


「どちらも女性です。この人たちも僕よりずっと偉い人です」

「年齢はどれくらい?」

「あー!」

 僕が答えようとするとシモンが叫んだ。

「あのね。1人は密かにクエルが憧れてる女の人なんだ」

「シモン!」

「なるほど。そういうことなら花束はぴったりだね」

 お店の人は納得したように思案をする。


「すでに愛を告白しているならバラ単品がいいと思うけど、そうじゃないなら、もう少し控えめな方がいいね」

「あの、本当にそういうんじゃないんです」

「いいから、いいから。若いっていいわねえ。それじゃあ、こうしましょう。密かに憧れている人には赤いバラにカスミソウを加えておくわね。もう一つの方はオーキッドを合わせましょう。これで分かる人には分かるわ。偉い人なら本人が分からなくても周囲が知っているでしょうし。大丈夫よ。感謝の気持ちも十分に伝わるわ」

 感謝の気持ちが伝わると聞いて、相談して良かったとほっとした。 


 なんだかウキウキしたようすのお店の人があっという間に花束をしつらえてくれる。

 その分の代金を払ってお店を出た。

 シモンはニヤニヤ笑っている。

「伍長。気持ちが通ずるといいですね」

「そうだね。お礼の気持ちが伝わるといいなあ」

「実は憧れているという気持ちもね」

「だから、アイリーンさんには感謝しているだけだって」

「あら? クエルじゃない。私の名前を呼んだ?」

 表通りのところに立つアイリーンさんが僕に手を振った。



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