第37話 手当

 朝食後、給料を受け取りに行く先輩たちとエイラを部屋で見送る。

 申し訳なさそうな顔をして一緒に出かけた什長が走って戻ってきた。

「おい。クエル。一緒に来い」

 何がなんだか分からないが腕を掴まれて管理棟に連れていかれる。

 部屋に入ると鉄格子の嵌ったカウンターの向こうにいる事務の人が鉄格子の下の隙間からトレイを僕の方に差し出した。

 トレイの上には銀貨と紙きれが乗っている。

「クエル伍長。金額を確認して間違いがなければ受け取りにサインをしてください」


 紙に記載されている金額とトレイの銀貨の合計は一致していた。

 だけど、何のお金だかさっぱり分からない。

「あのう。これは?」

「クエル。下士官への手当だよ」

 事務員の代わりに満面の笑みを浮かべたジョイス伍長が答えてくれる。

「何ですかそれ?」

「確かに応召兵には給料は出ない。だけどな、伍長以上の役職に対してはその責任に応じて手当が出るんだが、そいつは応召兵にも支給されるんだと。良かったな」


「手当ってこんなにもらえるんですか? 僕、村にいる頃にはこんなに多くの銀貨を手にしたことなんてないです」

「あー、窓口を塞ぐと迷惑だから金額に間違いなければ先にサインしちまえ。話はそれからでいいだろう?」

 振り返ると待っている人がいたので慌てて紙に署名してトレイに乗せ、銀貨を両手で握りしめると脇にどいた。

「什長。本当にこんなにもらっていいんですか?」

「まあ、俺も王国軍の給料は知らないが、あの給料係が間違えているってことはないだろうな。帝国軍と同じなら本給よりも手当の方が高いぜ」


「ええっ?」

「乱闘騒ぎのときのことを思い出せ。伍長以上が呼び出されて営倉入りになっただろ? 部下の不始末の責任も取らされるんだ。それぐらい払ってもらわなきゃ割が合わないぜ」

「あの騒ぎは什長が最初に殴ったので部下の不始末というのはちょっと違う気がしますが」

「う、まあそうかもな。でもエイラは派手に暴れていたけど営倉入りしてないだろ。それにちょっとしたときに部下よりも多く金を出すことを求められるしな」


「でも、これだけあれば僕の家の税金の足りなかった分、なんとか払えそうな額なんですけど」

「そうか。農村だと基本的に物々交換であまり現金は手に入らないと聞いてるよ。町よりも同額のお金で多くの価値があるかもしれない」

「そうですか。ちょっと複雑な気分です」

「まあ、もらえるものはもらっておけよ。クエルはその分の働きはしてるんだ」


 ジョイス什長がどこからか引っ張り出した小さな革袋を僕にくれる。

「ずっと手に握りしめておくわけにもいかないだろ。中に入れておきな」

 握りしめて温かくなった銀貨を革袋に収めた。

 銀貨の入った袋はそれなりの重さがする。

 什長はにやりと笑った。

「俺が言えた立場じゃないが、無駄遣いするんじゃないぜ。将来、クリスを捜すにしても旅をするには色々と金がかかる。今までどおり飲み食べの金は俺にたかっておきな。それとおネエちゃんのいる店の代金もな」


「そんなことできません。今までだって心苦しかったのに」

「まーた、そんな真面目なことを言う」

 什長は僕の肩を抱く。

「後学のために教えておいてやるが、おネエちゃんのいる店で彼女たちの飲んでいる酒代も客が払ってる。あの場で楽しく過ごすための料金ってわけだな。で、俺はクエルと一緒に飲むと楽しいわけよ。だから俺が金を出す。実に分かりやすいよな?」

「なんとなく分かるような分からないような」


「じゃあ、別の例えだ。お前さんが無事にクリスに会えたとする。せっかくだから食事をしながら話をしようと思ったら、クリスの分まで払おうとするだろ? 特にお前さんの方が金回りが良かったら」

「それはそうかもしれません」

「そういうこった。まあ、金は大切にしろよ。振り回されるのは腹立たしいが、無くて泣きをみるのも辛いもんだからな。うちの嫁さんも色々と苦労したらしい」

「分かりました。大切に使います」

「それじゃ、俺は嫁さんの顔を見にいってくる。じゃあな」

 ジョイス什長は僕の肩に回していた腕をほどくと走り去った。


 僕は革袋をポケットにしまうと宿舎へと戻る。

 部屋に入るとシモンが1人で所在無げにしていた。

「伍長。何かあったんですか? ジョイス什長が血相変えて呼びに来ていましたけど」

「うん。僕にも給料が出るってことを教えにきてくれたんだ」

「えー。それならオレも一緒に連れていってくれればいいのに」

「あのね。正確に言うと給料じゃなくて伍長をしていることに対する手当なんだって」


「ああ、そういうことか。いいなあ。オレも少しは真面目に……。やっても伍長にはなれそうにないか。それでいくら出たんですか?」

 金額を伝えるとシモンは目を丸くする。

「そ、そんなに? やっぱ、オレも頑張れば良かった。1回分出るだけでも村に帰ってかなり暮らしが楽になったのに。くー」

 悔しがっていたシモンが僕にすり寄ってきた。

「ねえ。伍長。それじゃあ、何かお祝いしに行きましょうよ」


 僕だけお金をもらった後ろめたさと大切に使えよという什長の忠告の間で悩んでいるとエイラが部屋に駆け込んでくる。

「あ、いたいた。ジョイス隊の人が伍長を呼んできてくれって。食堂でジョイス什長の結婚祝いの話し合いをしていて伍長の意見も聞きたいんだって」

 そうだった。

 このお金を使うならまずはそこからだ。

 それとお世話になっているアイリーンさんにも何かちょっとしたものを贈ろう。

「分かった。すぐ行くよ」


「ちぇ」

 つまらなそうな顔をするシモンの腕をつかんだ。

「ほら、シモンも行くよ」

「なんでオレが? オレは呼ばれてないじゃん。お祝いの品の代金も出せないし」

「シモンだけ除け者にするわけないだろ。シモンの分は僕が出すから、話し合いに参加するんだ。あ、もちろん、エイラの分も僕が出すからね」

 2人を連れて食堂に向かう。

 食事の提供時間を過ぎた食堂は兵士が自由に過ごせる場所となっていた。


 先輩たちが話し合いをする場に加わる。

 僕もお給料が出たことを告げて、費用を負担したいということを申し出た。

 顔を見合わせていた先輩たちは唸り声をあげる。

 あれ?

「あのう。僕がお金を出すのは変ですか?」

 恐る恐る聞いてみた。

「いやいや。そうじゃなくて」

「クエルにそんな負担させるのが申し訳なくてさ」

「アイデアだけ出してもらうつもりだったんだけどなあ」

 先輩たちは口々に言って僕を思いとどまらせようとする。

「ジョイス什長にはお世話になってます。一部ですけど僕にも出させてください」

 なんとか懇願して先輩たちに了承してもらった。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る