第35話 賠償金の算段

 ティレンの基地に帰り着いて宿舎に入った僕をシモンとエイラが出迎える。

 「伍長。軍礼服を壊しちゃったんですか? ていうか、それほど分厚くないとはいえ金属製の胸甲を留め金ごと引きちぎるなんてどんなモンスターと遭遇したんです? 怪我は……してない?」

 シモンが取れた胸甲を受け取りながらちょっと怯えた顔をした。

「それ、アイリーンさんがやったみたい」

「え? 伍長はアイリーンさんに襲われたの? 願いが叶ったってわけ?」

 僕がアイリーンさんに襲われるというのがよく分からないし、それが僕の願いというのも理解不能である。

 

「僕が湖に落ちて意識を失ったんだ。それで心臓に刺激を与えて蘇生させる施術をしたんだと思う。その時邪魔だから鎧を外そうとしたんだけど、一刻を争うから引きちぎっちゃったんだって。一応ブレガに戻ったら帝国軍の工房で修理してくれるらしいよ」

「良かったですね。什長。借り物の軍礼服が使い物にならなくなったら弁償しなきゃいけないですけど、僕らお金ないでしょ」

「これ、いくらぐらいするんだろう?」

 僕が胸甲の取れた軍礼服を指すとエイラが手を挙げた。

「確か小金貨数枚はするってハリー隊長が言ってました」


「えええっ」

 衝撃的な金額に僕はシモンと顔を見合わせる。

 確かに触り心地はいいし、ピカピカする飾りもついていたけれどそんなに高いものだったの?

「修理できなかったらどうしよう?」

「どうしようって言ったって、弁償するために借金するしかないんじゃないですか」

「僕になんて金貸しはいくらも貸してくれないと思うけど」

「それはそうか。招集兵に金を返す当てなんてないもんね。伍長は可愛いからその筋には受けそうだけどさすがに体を……」

「体って?」

「いや、なんでもない。えーと、それじゃ、什長さんたちにお願いするとか?」

「これ以上甘えられないよ。什長は結婚するんだからこれから色々と物入りだろうし。この間も3人でご馳走になっちゃったんだしさ。そう言えば什長は?」


「未来の奥さんと駆けずり回っているよ。式まで日にちがないから。なんとも慌ただしいね。で、話を戻すけど、什長を頼らないとしたらどうやって弁償するの? 壊したのは近衛隊長だから、本人に出してもらう?」

「僕を助けようとしてくれたのに、そういうわけにはいかないよ」

「はい、はーい」

 またエイラが手を挙げた。

「ハリー隊長はお金いっぱい持ってるよ」


「そうなんだ。少しずつ返すからってお願いしてみようかな」

 僕がそう言うとシモンが手を叩く。

「いっそのこと隊長の娘さんのソフィさんと結婚しちゃえば? 結納金にお金出してもらっちゃえばいいんだよ」

「なんかそれだとお金目当てって感じじゃない? ハリー隊長もソフィさんもいい気はしないんじゃないかなあ」

「そこはそれ、自分から言わなくても隊長の方から提案してくると思うよ。もともと伍長の婿入りを希望しているんだからさ」


 とりあえず衝立の向こうで軍礼装を脱いで自分の服に着替えた。

 濡れてそのまま着ていたので変な皺も出来てしまっている。

 こんな時間から洗濯しても乾かないので明日洗うことにして食堂に出かけた。

 夕飯は軽めにしてもらう。

 シモンが興味津々で尋ねてきた。

「ねえ、それでどんな昼食だったの?」

 メニューを伝えると羨ましそうな顔をする。

「美味しかったでしょ?」

「そうだね」


「いいなあ」

 シモンが言うとエイラもそれに同調する。

「アタシも食べてみたかったな。将軍が食べているのと同じもの」

「そうか。確かにそうだよね。じゃあ、今度は少し持ち帰れないか頼んでみるよ」

 大麦とチーズの粥を掬って食べていたシモンが顔を上げた。

「今度って?」

「また食事をしようという話になってさ」

「それは随分と気に入られてるね。普通はなかなか将軍と食事をする機会なんてないよ」


「やっぱりそうだよね。僕というより王国の誰かということに意味があるんだろうけど、ちょっと分不相応な気がする」

「分不相応ってことはないんじゃないかな。伍長はそれだけ活躍してると思うよ。ちぇ。オレももうちょっと真面目に軍務をこなしてれば良かったかな。そうしたらご馳走食べられたかも。でも、命の方が大事だし、無事に任期が明けて故郷に帰れれば十分か」

「シモンって兵役期間はどれぐらい残っているんだっけ?」

「強盗団に捕まっていた期間を含むかどうかで変わってくるかな。含むなら3か月ぐらい?」

「じゃあ、それまでの間に将軍との会食があったら持ち帰りができるか頼んでみるよ」


 食事を終えて宿舎に戻ろうとするところに輜重隊の人がやってくる。

「クエル伍長。今日着用されていた軍礼服をお預かりします。近衛隊長からの指示でこちらで洗濯しますので。それと破損の修復は帝国軍が責任をもって行うから心配するなとの伝言です」

「修理はともかく、洗濯は僕がするよ」

「ああいう礼服の生地は扱いが難しいので我々プロにお任せください。道具も洗剤もそろっております」

 自分でやるべきことを他人にやってもらうのが申し訳ない気がしたが言っていることはもっともだった。


 部屋に入って軍礼服を輜重隊の人に渡す。

「お預かりします」

「すいません。よろしくお願いします」

 輜重隊の人は大切そうに軍礼服を抱えて去っていった。

「これなら弁償のことは心配しなくてよさそうですね」

「それはありがたいんだけど、世話になりっぱなしで悪いなあ。元はと言えば僕の呼吸が止まったのが原因なのに」

「まあ、とりあえず金策をしなくて良くなったのはいいじゃないですか」

 それはそうなんだけど、何か腑に落ちない。


 僕自身にできることで恩返しといっても、大したことはできなかった。

 やっぱり、ちょっとしたものでいいから物を渡したいと思う。

 ジョイス什長が結婚するのでそのお祝いの品もプレゼントしたい。

 となると、結局のところ何らかの形でお金が必要ということになる。

 でも、僕は軍務についている身の上であるものの給料は支払われていなかった。

 隙間時間に何か片手間仕事をして小銭を稼いでもいいのだけど、ティレンにしてもブレガにしても僕を働かせてくれそうな伝手を知らない。

 そもそも、僕が小銭を稼げそうな技能がないということで、思考がぐるぐると回った挙句に同じところに戻ってきてしまう。

 シモンが言いかけていた体を使った金稼ぎの方法をちゃんと聞いておけば良かったなあ。

 ベッドに寝ころびながら悩んでいるうちに、昼間の疲れが出たのかいつの間にか僕は寝てしまった。

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