第31話 小屋の中で

 意外とシモンが元気そうなのでジョイス什長の様子を確認しにいく。

 門の警備の兵士たちはまだ全員外にいた。

 そのせいでぱっと見には何か事件があったというような雰囲気になっている。

 ただ、兵士たちはどこか弛緩したような空気をだだよわせ、小屋の方に時々視線を送っていた。

「あ、クエル伍長。そろそろ、交代の時間ですので、申し訳ないのですが中の様子を確認して什長に声をかけていただいてもよろしいですか?」

「僕が?」

「取込み中にジョイス什長の邪魔をすると……。まあ、あの女性も顔見知りのクエル殿の方が安心するのではないのでしょうか?」

「そうかもね」


 入っていこうとする僕をシモンが引き留める。

「今、どういう状況なんですか? オレ、1番いいところ見逃しているんですよね。結局什長はどうしているんです?」

 シモンの目は好奇心に満ちていた。

「アタシも何も知りません」

 そういうエイラの頭から出た耳がピコピコと小屋の方に向けられている。

「後で話すよ」

 2人を残して小屋に近づいた。

「什長、入りますよ」

 返事がないので中に入る。


 外との明るさの差に目が慣れてくると、最初は1人分のシルエットしかないように見えた。

 すぐに什長が椅子に座っていて、その上に跨がったシィリュスさんがぴったりと体をくっつけているのだと分かる。

「あの、えーと……?」

 改めて声をかけるとシィリュスさんが振り返った。

 みるみるうちに真っ赤になる。

 ジョイス什長はシィリュスさんの背中に回していた手を軽く挙げた。

「よう。どうした?」

「そろそろ交代の時間なので小屋を出てほしいそうです。それで話はついたんですか?」


 什長はシィリュスさんを抱きかかえて持ち上げるとそっと床に立たせる。

「ここを出なきゃいけないんだろ? 話は後でする」

 歩き出した什長は左腕をシィリュスさんの背中に添えていた。

 小屋の外に出るとジョイス什長は僕に話しかけてくる。

「シィリュスが基地の中に入れないんじゃどうしようもねえ。ちょっと落ちつける場所を探してくる」

「什長。もうすぐ日勤始まりますよ」

 横から伍長が声をかけてきた。

「その件でありますが、将軍から昨夜の聞き取りを再度おこなうとのことです。什長の用件が一区切りついたら、治安維持隊の本部までシィリュスさんをお連れするようにと命ぜられております」


「え? それじゃ、あそこで急いで俺たちが話し合いすることなかったじゃん?」

「そうかもしれません。いずれにせよ小官は命ぜられたことを実行せねばなりません。ということで」

 伍長が兵士2人に目配せする。

 2人が前に進み出ると、シィリュスさんは什長にしっかりと抱きついた。

 伍長はニヤリと笑う。

「手荒なことはするなとの指示だ。什長ごと証人の女性をお連れしろ」

 シィリュスさんは体の緊張を緩めるが、ジョイス什長は不服そうな顔をした。

「俺まで連行されるの?」

「不服なら、そちらの女性に素直に従うように言ってください」

 シィリュスさんはイヤイヤというように首を振る。


「僕も一緒に行きますよ。シィリュスさんに聞き取りをするなら、僕にも再度尋問があるかもしれないですし」

「伍長。お腹が空きました。呼び出されてないんだったら先に朝食食べましょうよ」

 シモンが悲鳴に近い声を上げた。

「じゃ、シモンとエイラは先にご飯を食べてから本部にお出でよ」

 僕は什長たち4人についていく。

「アタシも一緒に行きますね。伍長に用があるならアタシにも聞きたいだろうし」

 シモンも僕の後ろを歩きながらブツブツと言っていた。

「オレだけ飯食べていたら、後で何言われるか分からないじゃないか」


 治安維持隊の本部に着くと、すぐにアイリーンさんがやってくる。

「もう1回、別々に聞き取りをさせてもらうわ。だから、はい、あなたも1度離れなさい」

 有無を言わさずシィリュスさんを別室に連れていった。

 僕らもそれぞれ別室で聞き取りをされる。

 その前に朝食がまだだろうということで食事も出た。

 尋問官は何も食べていないので遠慮しようとしたらもう食べたと言う。

 急いでかきこむと笑われた。

「そこまで慌てなくていいのに」

「早飯は兵士の芸のうちと教わりました」

「まあ、それはそうだな。じゃあ、腹ごしらえができたようなので始めよう」


 終始和やかな雰囲気で尋問が行われる。

 最後に調書に署名を求められたので内容を確認してから名前を書いた。

「あの。僕の部下は字が読めないんですが、やっぱり署名するんですよね」

「ああ、書いてあることが本当に間違っていないかの確認をどうするかだな? 本人の代わりに確認する者を2名まで指名できる。確認者に読み上げてもらってから署名するんだ。これで、やってもいない罪を認めた書類に署名するようなことを回避できるようにしているんだ」

「それなら少しは安心ですね。だけど確認者の責任は重大だなあ」

 僕の取り調べが終わったので、部屋の外に出たところで他の人が終わるのを待つ。

 すると、別の部屋に呼ばれてシモンとエイラの供述の確認者をさせられた。


 廊下に出てみるといつの間にか他の先輩たちも呼ばれていたようで廊下はジョイス什長の隊で一杯になる。

 そこにジョイス什長が加わりぼやいた。

「勘弁して欲しいぜ。トルゥースセイヤーまで出てきやがった」

 なんのことか説明してもらう。

 驚くことに嘘が分かる人というのがいるらしい。

 色々と聞きたかったが勤務シフトになったので本日の任務についた。

 昼食時に先輩たちの質問が什長に集中する。

「什長。それで、あの娘さん、どうするんです?」

「なんか身売りって話もある境遇なんだって聞きましたけど」

「それにしても、一足飛びに結婚てのはねえ」

 什長が黙っているので僕も気になっていたことを聞くことにした。

「それで、あの小屋の中で何をしていたんですか? シィリュスさんを膝の上に乗せて」

 一斉に先輩たちがざわめく。


「うわあ」

「さすがというか」

「ぶれないですね。悪い意味で」

 什長はきっと先輩たちを睨んだ。

「仕方ねえだろ。子供を産みにきたっていうから、じゃあこの場で抱きついてみろ、って揶揄からかったら、本気で抱きついてくるとは思わねえじゃねえか。そんで昨日はお預け食らってたもんだから、つい手を出したら意外と反応がよくてな」

 先輩たちは一斉に引いている。

「おいおい、勘違いすんな。キスしてちょっと触っただけだ。それ以上はやってねえよ」


「うわあ」

「流石にないわ」

「で、どうするんですか? 最後までじゃないとはいえ手を出しておいて」

 什長は頬杖をついた。

「将軍に知られた段階で俺に選択肢はねえのよ。住民への集団暴行だぞ。本人が責任を取ってくれって言ってるんだから。俺が結婚するしかねえだろ」

「什長、そんな簡単に決めていいんですか?」

「まあ、俺もここの習慣を知らずに軽い気持ちで花を渡しちまったからなあ」

 僕の質問に答えて什長が腕を組む。


 周りの先輩たちが口々に僕を安心させようとした。

「什長の言うことは真に受けなくていいからな」

「そうそう。自己犠牲の精神なんてないから」

「あの女の子が最初から気に入ってたんだよ」

 僕はジョイス什長を見る。

「ほら、クエルが結婚について知りたいっていうからな。俺も体験して何か伝えたらなと……」

 僕が感動していると先輩たちは一斉に嘘だ、と叫んだ。


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