第15話 部下
翌朝、起床して洗濯をしていると呼び出しがあり、僕は牢からシモンが出されるところに立ち合うことになる。
「伍長、よろしくお願いします」
シモンはまだ聞きなれない階級で呼びかけ僕に向かって頭をさげた。
雑居房から裏切者というような罵声が上がり、監視の兵が鉄棒で鉄格子を叩いて静かにさせる。
罵声を浴びせられた当人は全く平気な顔をしていた。
通路を歩いていきながらその点を質問する。
「あれだけの憎しみをぶつけられて気にならないの?」
「え? 檻の中に居るんですよ。今ではこっちの方が立場が上だし。だいたいオレはもともと王国兵なわけで、裏切者って言われてもね。それで伍長、予備の制服ってあるか知ってます?」
「少ないけどあるとは思うよ。着替えたい?」
シモンの着ている服は継ぎのあたった古ぼけた見慣れないものだった。
「ええ。この格好だと何者だか分かりにくいでしょう? ほら、周囲の人たちも不審そうな顔をしているし」
確かに周囲の兵士たちが僕らを見て不審そうにしている。
向こうから百人長さんがやってきた。
「お早う。クエル」
「お早うございます。百人長殿」
「彼が今日から君の部下になる兵士かな?」
「はい。そうです。シモン……」
「2級兵であります」
シモンは僕に対する態度とはうって変わって真面目そうな表情を作って答える。
それに対して肯くと百人長は僕に手を差し出した。
「そうだ。昇進おめでとう。まあ、これからも階級を抜きにして協力してやっていこう」
僕はその手を握り返す。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
「その様子だと朝食はまだだな? 終わったらでいいので武器について打ち合わせがしたい。執務室まで来てくれ」
「分かりました。すぐに伺います」
「飯はしっかり食っておけよ。腹が減ってはいい仕事ができん」
百人長が去るとシモンは詰めていた息を吐いた。
「伍長凄いですね。百人長なんて雲の上の人と普通に話ができるなんて」
「そう? とてもいい人だよ」
「まあ、帝都から派遣されてくるようなエリートだからな。うちにいたのとは出来も人柄も違うか」
「確かに僕が着任したときにいた人とは比べものにならないかも。だけど、王国軍だっていい人はいるよ。訓練部隊のハリー隊長。あの人は厳しいけど立派な人だと思う」
「あー。そうだ。ハリーだ。オレ尋問されたときに答えられなかったんだよな。そのせいで疑われて」
そんな話をしている間に備品庫に着く。
鍵を取り出して解錠した。
「え? 今は鍵かかってるの?」
「うん。百人長さんと話をして、ちゃんと管理をした方がいいって。それで2本の鍵のうちの1本を持たされているんだ」
「ふーん」
中に入ると左手の棚を探す。
被服関係が置かれている場所にはいくつかの制服があったが、小さいサイズのものは1揃いしかなかった。
僕が着ているやつは汚れや傷が目立ってきていたので、いずれはこれと交換しようと思っていたのだけど仕方ない。
「はい。これ」
シモンは早速この場で着替える。
着てみるとちょっと袖丈や裾が余っていた。
着替えたばかりの服を見下ろして少し困った顔をする。
「まあ、これが在庫の中で1番小さいサイズならしょうがないか。まあ、僕が王国兵だということは示せるわけだからね」
僕は袖口を折り返してやった。
「ありがとう、クエル。じゃなかった。伍長殿」
シモンは頭を掻く。
「いいよ。そんな風に畏まらなくて」
「とんでもない」
シモンは両の手のひらをぶんぶんと振った。
「馴れ馴れしいところを見つかっちゃったら大変なことになるんだ」
僕は支給品の簡素な剣を棚から取り出して帳簿に日付と1つ払い出したことを書く。
それから残数も記載した。
先ほどの制服の欄も同様に記録する。
受け取った剣を情けなさそうに見ながらシモンは左右の手で持ち替えた。
「うん。そうだった。ここのは強盗団の連中が持っているのよりも酷い剣だったね。まあ、無いよりはマシか」
シモンは腰のベルトに剣を吊す。
「それで、さっきの話だけどね、オレは行儀良くしてないと将軍にどやされるわけ」
心持ち背筋を伸ばした。
「いいか。クエルに対して舐めた真似をしたら、そのケツを蹴って星までぶっ飛ばしてやる」
どうやらローフォーテン将軍の物まねらしい。
「でね、クエルに何かあったら、生きたまま皮を剥いで塩水ぶっかけるってさ。もちろん楽には死なせてくれないそうだよ」
おえぇ、と吐く真似をする。
「よっぽどクエ、伍長のことが大事なんだね」
その後、下を向いて伍長、伍長と繰り返していた。
はっとして顔をあげる。
「そうだ。今話したことも伍長に言っちゃダメなんだった。そんなことはしないと思うけど、将軍には黙っていてね」
「自分から話すつもりはないけど、聞かれたら嘘はつけないよ」
「え~、お願いします。そのことを知られたら、オレどうなるか分からないよう」
シモンは僕にしがみついて懇願した。
「伍長殿。本当にお願いします」
こうまでされて困ってしまう。
「まあ、会って話をする機会があるか分からないし、とりあえず朝食を食べにいこうよ」
百人長が話があると言っていたし、あまりぐずぐずしているわけにはいかないと振り払うようにして倉庫を出た。
シモンが渋々出てきたので鍵を閉めて食堂に向かう。
「お、牢から出してもらえたんだな」
食堂のおじさんがシモンに声をかけた。
「なんとかね。一応は兵士に復帰さ。伍長殿に厳しく指導頂くことになってます」
「そうか。クエルも出世したな。おっと、伍長殿と呼ばなきゃいけないかな」
「やめてよ。おじさんは軍人じゃないんだからさ。普通にクエルって呼んでよ」
おじさんはプチプチとした粒状のものに酸っぱくて辛いソースをかけたものを出した。
かなり量が多い。
「おじさん、これだと多すぎない?」
「いやあ、外泊したのが多くて残りそうなんだ。若いんだからいっぱい食べられるだろ?」
「あ、オレ、もうちょっと食えるかも。牢の食事酷くてさ。あんなちょっぴりの食事しか貰えないんじゃいずれは立つこともできなくなるね。まあ、大人しくさせるためにわざとやっているんだろうけどさ」
席につくとシモンはがつがつと食べ始める。
「急にたくさん食べると気分が悪くなるかもしれないよ」
「へーき、へーき。オレ、体は小さいけど量を食えるんだ」
さらにお替りまで貰って食べたシモンはしばらくすると額から脂汗を流して苦しみだした。
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