第6話 修復作業

 痺れが消えるとまた牢に戻されるかと思ったけど、僕は目が覚めた部屋でその夜を越す。

 翌朝には驚くことに無罪放免になった。

 同様に釈放された料理番のおじさんと僕は王国ブレガの町の兵舎へと歩いて戻ることにする。

 振り返ると窓辺から帝国のおっかない女性騎士のローフォーテン将軍とアイリーンさんが見下ろしていた。

 アイリーンさんが小さく手を振ったので、迷ったけども僕も肩のところで小さく手を振りかえす。

 途端に女性騎士の姿がフイと消えた。


 その仕草に気付いた料理番のおじさんが慌てて僕を窘めた。

「なんちゅうことをするんじゃ。揶揄うもんじゃない」

「え? 僕はお世話になったアイリーンさんが手を振ったから挨拶しただけだけど」

「そうか。あの赤毛の女性はいい。横にいた金髪の騎士は恐ろしい方らしいぞ。うちの兵舎の連中が襲いかかったら……」

 おじさんは手刀をしゅっと振り下ろす。

「頭から真っ二つになったっちゅうことだ。それに闇の剣というてな、相手を痺れさせて昏倒させる技も使う。帝国の連中がそう言っておった」

 うわあ。

 僕、余計なことしちゃったかな?


 おじさんは背後を振り返った。

 つられて僕もそちらに首を向ければ50人を超える兵士などが僕らの後をついてきている。

 先頭を歩く百人長が何か用があるのかという表情をしたので慌てて前を向いた。

 僕らは嫌疑不十分ということで釈放されているが、同時に仕事も命じられている。

 おじさんが話してくれた噂の通りに今後は王国ブレガの町も帝国領になるため基地に帝国軍が駐留して守るらしい。

 その接収に当たっての王国側の担当者として滞りなく資機材を引き渡せるよう働かなくてはならなかった。


 僕が帝国軍の命令に従っていいのか疑問に思って困っていたら、アイリーンさんが駐留軍宛の命令書を僕にくれる。

 確かに帝国軍に全面的に協力して施設を明け渡すようにと書いてはあった。

 問題はその紙が駐留軍の指揮官宛ての命令書だということである。

 そのことを指摘したらアイリーンさんはこともなげに言った。

「だって、もうクエルしか残ってないじゃない。命令を受領できるの。他はもう死んじゃったか、拘束されているわけで」

「でも、僕は1番下の階級の4級兵ですよ」

「上が全滅したから問題ない」


 そんなわけで僕が命令の受領者かつ執行者になっている。

 一応、王国の中枢にはこの状況を報告して善後策を協議することにしてくれてはいた。

 それでも、新たな命令が下るまでは僕は渡された命令書に従わなければならない。

 王国の駐屯地に着くと既に帝国兵が出入口は固めていた。

 僕たちを連行していったときに残されていた人たちだろう。

 料理番のおじさんは早速厨房に向かっていった。

 これから50人以上の人間に食事を提供しなければならない。

 

 僕は百人長を案内して兵舎の中を案内する。

 折角整理整頓した武器類はかなりの数が無くなっていた。

 帝国を襲撃する際に持っていったのだろう。

 シャベルや一輪車などの作業用具はそっくり残っていたので引き継いだ。

 天幕用の布地やポールなどの資材、添え木や包帯などの応急治療のための資材も数や量をそろえて引き渡す。

 それから図面を使って城壁の上の固定武器の位置を示して、補修が必要と思われる場所を指摘した。


「これを1人で調べたのか?」

 帝国軍の百人長が訝し気に聞く。

「先輩たちは教えてくれなかったので。教則本に書いてあるようにしたつもりですけど間違っていたらすいません」

 ついでに僕が使っていた教則本を渡そうとした。

 しかし、百人長は受け取ろうとしない。

「君は読み書きできるのか?」

「分からない言葉もありますけど」


 僕より年下なのに読み書きができるクリスに負けたくなくて一生懸命に勉強した。

 避難や日常生活に追われて、思い描いていたほどにはできないけれど、教則本は簡単な言葉で書いてあるので理解ができる。

「では、それは君が持っていなさい」

「すいません。帝国とはやり方が違うから役に立たないですよね」

「いや、そうじゃない。内容を把握している専門家がいるのに俺が読む必要がないというだけだ。君が協力してくれるのだろう?」

「でも、僕は着任したばかりですよ」

「それでも我々よりは2週間は先に着任しているわけだ。先任者の意見は尊重しよう。我々は帝都から来たから、この地のことには不案内だ」


 いきなりポンと責任を背負わされて困ってしまう。

 けれども、もしここにクリスが居たら恥ずかしくないように仕事をしなくてはならない。

 百人長は書類を改めるというので、僕は帝国兵士を案内して城壁の補修が必要と思われる場所に案内した。

「ええと、教則本によると城壁に生えた草は取り除かなくてはならないとあります。ここからあそこまではやったのですが、全部はできていないです。すいません」

 兵士たちからどよめきの声があがる。

 いかにもベテランらしい什長の飾り紐をつけた兵士が僕のやったつもりの箇所に手で触れて首を振っていた。


 什長が他の兵士を振り返ると叫ぶ。

「処置が必要な箇所は全体のたった3分の2だ。我々は50人もいる。今日中に片付けるぞ。敵は待ってくれないからな。だが、我々はレンガ積みの壁は初めてだ。最初にクエルに見本を見せてもらおう」

 僕はまだ手をつけていなかった箇所で作業をしてみせた。

 煉瓦の隙間から生えた雑草を引き抜く。

 そこに除草効果のある液体を染みこませて表面にセメントを塗った。

 煉瓦が浮き上がっているところはハンマーで叩き、隙間をセメントで埋めた。

 表面をこてで平らにならして終わりである。

 セメントは作ってしばらくすると固まってしまうので時間との勝負だった。

 50人に見つめられて恥ずかしくなる。


 見本を見せると帝国の兵士はテキパキと動き始めた。

 やっぱりチームワークが違う。

 高いところの修復も1人が梯子を押さえてやり、途中で資材が足りなくなったら、下から運ぶので作業の手が止まらなかった。

 僕もぼーっと突っ立っているわけにはいかないので作業をする。

 強い日差しの中での作業は暑いし砂と埃塗れになるので大変だった。

 僕がちゃんとしていなかったせいで、初日から帝国兵の皆さんが重労働をさせられて申し訳ない気分になる。

 不平の声こそ上がっていないが本当は不満なんだろうな。

 視線を向けると目を逸らすほど嫌われているようだ。

 仕事をちゃんとしてこなかった自分が悪いんだけど、少し寂しいような気分になる。

 しばらくすると休憩を呼びかける声がかかった。

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