第3話 着任

 僕は砂漠に面した国境の町ブレガに配属される。

 新たに配属されたのは僕だけで同僚の新兵はいない。

 この町はファーレン連合王国に属しているが、防壁でつながった先には友好国であるノルファスト帝国の町があった。

 あちらの町の名もブレガである。

 合わせて双子町ブレガと呼ばれており、それぞれを王国ブレガ、帝国ブレガと呼んで区別していた。

 同じ名だが発展具合に差があり、僕の目から見てもノルファスト帝国の町の方が栄えている。

 高い建物は多いし、活気に満ち溢れていた。


 砂漠に面しているだけあって、ブレガの町の外には一面の砂が広がっている。

 この先にはいくつかのオアシスが点在していて、そのオアシスを囲むように城塞が築かれていた。

 その城塞のほとんどは1つ1つが独立した小国である。

 例外は1番近くにある城塞都市で、昨年からノルファスト帝国の版図に組み入れられていた。

 連なる城塞都市の向こうにはまた別の大国があるらしいが、その名前は僕の知識には含まれていない。


 大切なのは人が生きていくには過酷な砂漠という場所でも、意外と人の往来があるということである。

 異なる文明からもたらされる奢侈品は高値で取引された。

 そのため、いくつものキャラバンがサンドダウという砂の上を滑る帆船を使って砂漠を往来している。

 東西に延びる砂漠の南側には巨大な塩の湖があって、日中は南風が、夜は北風が強く吹いた。

 サンドダウの帆はその風をはらんで大きな荷物を載せた船体を人が歩く速度よりは速いスピードで動かす。

 ただ、この交易路は安全とは言い難かった。


 この乾燥した環境に適応したモンスターが住んでいて、そいつらは柔らかい生物の血肉を好んでいる。

 固い殻を持つサソリのようなやつもいれば、人の3倍もある巨大なミミズのような化物もいた。

 そして、キャラバンへの襲撃を行う強盗団も存在している。

 砂丘の陰に隠れて待ち伏せした強盗団は馬や駱駝に乗って素早くサンドダウを襲い高価な積み荷を奪って逃走した。


 この強盗団は侮りがたい勢力を有している。

 時には僕が赴任したブレガへも襲撃してくることがあるということだった。

 あくまで噂だが、砂漠に点在する城塞国家の兵士が加わっているという話もある。

 そんなわけで本来ならばもうちょっと多くの、そして質のいい駐留軍が配置されていてもおかしくはなかった。

 しかし、現実の駐留軍は数も少なく士気も高くはない。


 僕が挨拶に訪れると兵舎の中で肌脱ぎになり、水を張ったたらいの中に足を突っ込んだ10人ほどの兵士が出迎える。

「本日より着任しましたクエルです。よろしくお願いします」

 ブーツの踵を揃えて口上を述べると返ってきたのはゲラゲラ笑いだった。

「なんか、随分とカワイイのが来たな、おい」

「真面目そうで何よりだな」

「まあ、せいぜい頑張れや」


 何を聞いても要領を得ない。

 中には昼間から酔っぱらっている者もいる。

 こんなのでいいのかと思ったが、僕は新兵であり1番階級も低い。

 余計なことを言うわけにもいかないので、基地の中を探索し、食堂を見つけて料理番のおじさんから話を聞くことができる。

 おじさんは気の毒そうな顔をしながら事情を話してくれた。


 半年ほど前まではもうちょっとは軍隊らしかったらしい。

 規律は緩んでいたが、それでも一応は形を保っていたそうだ。

 しかし、その頃起きた大規模な強盗団による攻撃で王国駐留軍に全滅に近い損害が出てしまっている。

 幸いにして強盗団にも大打撃を与えて痛み分けとなったものの、補充として急遽連れてこられた兵士のやる気が全くないそうだった。


「そんなんでブレガの町の安全は大丈夫なんですか?」

「あまりの体たらくにノルファスト帝国側がワシらの町の区域まで警戒警備をするようになっておってな。それをいい事にファーレン連合王国の兵士たちは完全にノルファスト帝国に任せきりなんじゃよ」

 僕はおじさんが出してくれた羊肉の煮込みを飲み込む。

「ええと、僕が言うことじゃないと思うんですが、指揮官の方は何も言わないんですか?」


「なにしろおらんのだから文句の言いようがない。兵士たちの中の古株が指揮官代理ということで率先してだらけておるよ。ここだけの話じゃがな」

 おじさんは声を落として僕に囁いた。

「ファーレン連合王国の国王陛下もこの状況を仄聞されており、このブレガの町をノルファスト帝国に割譲しようとされているそうじゃ。近々帝国の姫騎士が派遣されてきて接収するともっぱらの噂での。そんなわけで、誰もが早くその日が来るのを待っておるというわけじゃよ」


「そうなったら、僕はどうなるんでしょう?」

 おじさんに聞いて分かるはずもないことを僕は聞いてしまう。

 あごをさすって考えていたおじさんは首を捻った。

「どうなるんじゃろうなあ。ワシらは今更この町を離れられんし、残るつもりじゃがな。兵士ごと譲るということは無さそうだから、別の場所に異動するんじゃないかのう。まあ、あの連中は他の基地の誰もが遠慮したいじゃろうが」

 

 形としては今もこのブレガ駐留軍に100名ほどは所属していると聞く。

 僕は首を傾げた。

「10人ぐらいしかお会いしませんでしたけど」

「非番の者もおるじゃろうが、さぼっているのが多いんじゃろうな。ちょうど給料が出たばかりじゃから」

「え? 給料を貰っている職業軍人なんですか?」

「お前さんは違うのか?」


 僕は税の代わりに兵役を務めることになっているということを告げる。

 そういう立場なので僕には小銅貨1枚支払われることはなかった。

「そうか。そりゃお気の毒にな。まあ、ここに来れば朝と夜に飯は出る。ワシの作るもんで代わり映えはせんし、あまり美味くはないがの」

「いえ、とても美味しいです」

 ほっほとおじさんは笑う。

「世辞でも料理が美味いと言われたのは初めてじゃ。悪い気はせんな」


 僕はこうして砂漠の町で軍務を始める。

 最初は何をしていいのか分からなかったが、以前の日報や教則本を見つけてからはそれに従って行動するようにした。

 武器の整備や整理整頓、馬の世話、城壁のパトロールと修復など、やることはいくらでもある。

 先輩たちは僕には絡んでこなかったので1人で任務をこなした。


 気になったのは以前と比べると色々な数が減っていることである。

 先輩に質問しても煩そうに怖い顔をされただけだった。

 馬の数が減ったのは前回の戦いで死んで補充されていないのだというのは想像できる。

 けれども、剣や槍、弓矢が10揃いぐらいしかないことはどうしても数が合わなかった。


 仕事をする傍ら、クリスを探す。

 方角も全然違うし共通しているのは砂があることぐらいしかないけど念には念をだ。

 けれども全くそれらしい人物は見当たらず残念に思う。

 もし、クリスと一緒ならもっと色々なことが効率よくできたはずなんだけどな。

 着任して2週間ほどした日の夜、脚に衝撃を感じて目が覚めた。

 はっと上半身を起こすと帝国様式の軍装に身を包んだ兵士に取り囲まれている。

「ファーレン連合王国兵だな。横領と誘拐未遂の罪で拘束する。名を名乗れ」

 何かの冗談と思いたかったが目が本気だった。

 

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