つよつよ姫騎士と平凡な僕

新巻へもん

第1話 兵役

 僕は村長の家に呼ばれている。

 村長の家と言っても簡素な造りで僕の家を含めた他の家とほとんど変わるところが無かった。

 手作りの木のテーブルに向かい合って座る。

 厳しい顔をした村長は前置き抜きで宣告した。

「クエル。お前には今年の兵役についてもらう」

 僕の住む村はあまり豊かではない。

 そのため、毎年の税が十分に払えなかった。

 じゃあ、勘弁してやるとは当然ならないわけで、その代わりに1年ほど最前線での兵役を務める人員を差し出すことになっている。


 この地に腰を落ち着けてから8年の間に5人の人間が兵役についていた。

 うち3人は死亡、2名は期間が満了したが村には戻ってきていない。

 大人たちがこっそり話していたところを聞くと髪は白くなりまるで老人のようになってしまったということだった。

 つまり、それだけ大変ということである。

 兵役に出たらもうこの村に帰っては来られないと思った方がいいということでもあった。


 応募する人間は誰でもいいというわけではなくて生きのいい若者という指定が付いている。

 具体的には15歳以上、18歳以下の健康な若者ということになっていた。

 僕はもうすぐ17歳になる。

 町から人を集めるお役人がやってくる頃には17歳になっているはずだ。

 いずれにしても年齢としては条件には適っている。

 僕以外にこの条件に当てはまるのは20人いるので、どうして僕なのかを聞きたいところだった。

 ただ、まあ、なんとなく僕にも事情は分かっている。

 僕には子供の頃に受けた傷があった。


 まだ小さな子供の頃、僕はこの村から遠く離れた海の近くに住んでいたことがある。

 そのときは友達のクリスと一緒に浜辺で暗くなるまで遊んでいた。

 泳いだり、砂の城を作ったりしたのはいい思い出である。

 クリスは本当はもうちょっと長い名前らしいのだけど、面倒なのでクリスと呼んでと本人が言うのでそうしていた。

 そのクリスと波打ち際で遊んでいるときに僕らはジャーゴンに襲われている。

 僕の方が年上だったので、その辺に落ちていた流木を構えてクリスを庇った。


 ジャーゴンというのは海に住んでいる怪物で三叉の槍を持っており、その槍で僕は左脚の付け根に傷を負う。

 後になって知ったのだが、その槍には毒が塗られていた。

 ジャーゴンは陸上では水の中ほどは素早く動けなかったので、僕たちは辛くも逃れる。

 その時は僕はクリスを庇うことができて誇らしかった。

 けれども、その夜から高熱を発して寝込む。

 熱が下がって意識を取り戻すと、クリスは立派なお屋敷から既に引っ越した後だった。


 その後すぐに魔物の大暴走が起き、追い立てられて僕たちはこの地にやってきている。

 大混乱の中で僕の傷は根本的な治療を施されないまま、年月が過ぎてしまっていた。

 僕の怪我はこれからどんどん悪くなる。

 ある時医術の心得のある人に診てもらったら20歳まで生きられたら運がいいぐらいということだった。


 治療法は無いわけじゃないけれど、税をおさめられないほどのかつかつの生活をしている僕の家にそんな治療を受けられるだけのお金はない。

 母さんは目を腫らして泣き、父さんは喉から絞り出すような声で僕に詫びた。

 というわけで、僕の運命はすでに決まっている。

 僕が兵役を務めれば、僕の弟や妹は対象から外れることになっていた。


「どうせ死ぬなら家族の役に立ったほうがいいんじゃないか?」

 村長さんは厳しい顔のまま僕に言う。

「分かりました」

 僕は淡々と返事をした。

 村長さんが悪いわけじゃないことは僕にも分かっている。

 最初に兵役に就いたのは村長さんの息子だし、村長さんは年に1回厳しい判断をするという重荷を背負っているだけだ。


「あのう。1つだけお願いがあるのですが聞いてもらえますか?」

「なんだね?」

「僕を選んだということは出発の日まで秘密にしてもらえますか? 父や母が知ったらきっと無理をしてでも僕に色々としようとすると思うんです。そんなことに僅かな貯えを費やして欲しくありません」

「クエル……」

 名前を呼んだだけで言葉に詰まった村長は、最後には僕と約束してくれる。


 実は少し脚が悪いということについてお役人の目をごまかし、僕は村の代表として兵役に行くことが決まった。

 父と母は嘆き悲しんだが、別れを惜しむ間もなくすぐに出立となる。

 まだ事態をよく理解できない弟や妹に僕は遠くに行くのだとだけ説明した。

 きょとんとしていた弟や妹はお土産をおねだりする。

「にいに。帰ってくるときには何か買ってきてね。約束だよ」

 密かに事前に荷物をまとめていた僕は家族に別れを告げると馬車に乗り込んだ。

 

 近隣の他の村からの若者も乗せた馬車は普段は囚人を護送するのに使うためのものである。

 僕は馬車に鎖で固定された金属製のごつい手枷をのけると木のベンチに腰を下ろした。

 同乗者たちは一様にむっつりと黙り込み口を開く者もいない。

 沈鬱な雰囲気が車内に漂っている。

 ガタゴトと揺れる乗り心地は決して良くはなかった。


 僕は馬車の中でうつらうつらとする。

 他にすることはないし、無駄に体力を消耗することもない。

 まどろみの中で僕は懐かしいクリスのことを夢に見た。

 2人で砂のお城を作っている。

「大人になったら、ボクはこんな大きな城に住むんだ。クエルも一緒にね」

 クリスは手の甲できれいな金髪に縁どられた額の汗を拭った。

 手についていた砂が額にも付いたので払ってやろうとすると青い目を閉じる。


 夢から覚めると僕は首から下げた革製の鎖を引っ張り出した。

 その先端には2枚貝の片割れがぶら下がっている。

 僕とクリスの友情の証として1枚ずつ持っているものだった。

 拾った後に1度クリスが家に持って帰って割れないように魔法で処理してもらってある。

 もうクリスとは何年も会っていない。

 今頃どうしているだろうか?


 僕は20歳までしか生きられないらしい。

 あの村にいる限りはクリスに会える可能性はないに等しいだろう。

 兵役に就けば恐らく最前線に配置されるはずだった。

 詳しいことはよく知らないけれどクリスの家は騎士かなにかだと聞いたことがある。

 もしかすると、ひょっとしたら勤務先でクリスに会えるかもしれない。

 容貌も変わっているだろうし会ってもお互いに分からない可能性もあった。

 自分でも儚い望みであるということは分かっている。

 それでも、その希望のお陰で僕は兵役に就くことについて、ほんのちょっとだけ期待をしていた。


 この約1か月後、僕は重犯罪人として姫騎士の前に引き出される。

 椅子に座り足を組んだ若く美しい姫騎士がゴミでも見るような冷ややかな目を向けてきた。

「随分と若いな」

 僕は何もしていないと弁明したいが猿轡のせいでうーうーという声になるだけである。

 自白を引き出す鞭打ちのために、連行してきた兵士によって僕は上半身の服を剥ぎ取られた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る