W Ⅰ-Ep1−Feather 1 ―The second part ―


    ଓ


 ――どこかで、リィン、と鈴の音がした。


 水晶玉を見つめていた、白髪混じりの黒い髪を丁寧に整えている、初老の小柄な男性がその音に反応して顔を上げる。けれどすぐに、頭を大きく横に振り――思い浮かんだ考えを振り払い、水晶玉へと視線を戻した。

 その次の瞬間、水晶玉に一人の女生徒の姿が浮かび上がった。――その女生徒はとても美しく、「聖なる気」をまとっている。〝彼女〟の姿を見つめながら、男性は「あること」を思い出していた。

〝グレイム殿〟

 呼ばれて、男性――グレイムが顔を上げると、そこにはいつの間にか、白いひげを長く伸ばした金色の髪の〝男性〟があらわれていた。

「ディオルト様」

 突然の「来訪・・」にも驚かず、グレイムはどこか神々しい佇まいのその〝男性〟――ディオルトに、うやうやしく頭を下げる。

 うなずいてみせたディオルトがグレイムの隣に並び、水晶玉をのぞき込んだ。

〝……いやはや、すっかり大きくなられたものだ。 「彼女」です。 ――「彼女」こそが十二年前、あなたにもお知らせした「例の予言」の少女なのです〟

 水晶玉を眺めたまま、ディオルトから告げられた言葉に、グレイムは目を見開き、水晶玉に映る女生徒をじっと見つめる。そのかたわらで、彼は思考を巡らせていた。

「何か……私にできることはありますか?」

〝いえ、「あなた」にはいつも通り・・・・・この世界テレスファイラを守っていただければ、それで十分です。 ……今、この世界がまだ平和で保たれているのは「あなた」の力があってこそなのですから〟

 そして、グレイムは考え抜いた末に、どうにかしたいと、ディオルトにそんな質問を投げ掛けた。

 けれど、ディオルトから返ってきた答えは「いつも通り・・・・・」で良いというものだった。未来さきのことを考えると、グレイムは少々不安をいだかずにはいられなかった。

 そんな中、ディオルトが水晶玉から目を離し、今度は窓の外――どこか遠くを見つめながら、再び口を開いたのだった。

〝しかし、いずれ戦いは起きる。 こちらがたくわえていたのと同じく、【敵】も復活する機会をうかがっているに違いない。 そこで、頃合いを見て、そろそろアリィーシュを「解放」しようと思います。 長い間封印されていた身で、多少「力」が弱くなっているかもしれませんが、少なくとも「あなた」の力になれるはずですし、何より「彼女」を守ることができるでしょうから〟

 ディオルトの言葉に、グレイムは彼の方を振り返ったが、すでにその姿はなかった。

 「彼女・・」が戻ってくる――それだけでも心強く感じたが、まだ守りとしては弱い。直接的に守ることはできないが、何か他にも打つ手が……――。

 再びグレイムが思考を巡らせていると、ふと、扉を叩く音が聞こえて来た。

 すぐにグレイムが「どうぞ」と応えると、眼鏡メガネを掛け、栗色の髪を一つにまとめた若い男性が部屋の中へと入って来た。

「あぁ、ガイセル」

 その男性――ガイセルの顔を見て、グレイムは頬をほころばせる。――直接守ることはできないが、他にも〝彼女〟を見守り、支える存在なら、増やすことができるかもしれない。そんな存在になり得るとグレイムがちょうど思い浮かべていた人物こそ、ガイセルだったのだ。

「グレイム様、すでに式の準備ができています。 そろそろ支度を……――」

 そう言い掛けたガイセルが、水晶玉に「何か」が映っていることに気付き、口を閉ざす。そのまま水晶玉まで近付いて覗き込むと、小さく息を呑んでグレイムを見つめた。――ガイセルは、映し出されている女生徒が「何」を意味しているのか、理解していたのだ。

「先ほどまで『彼』が来ていてね……。 ――どうやらいよいよ『時』が来たようなんだ。 ガイセル、以前まえに少し話していただろう? ――ぜひ、君の力を貸してほしい」

 真っ先にガイセルのことを考えるほど、グレイムは年に比べて知識が豊富な彼を信頼していた。――大事な「事情こと」を打ち明けることができる、良き相談役の一人として認めていた。

「はい、分かりました」

 今度のことも二つ返事で応えるガイセルにうなずきながら、グレイムはふと「あること」を思い出し、口を開いた。

「あぁ、それと『彼女アリィーシュ』が戻って来るそうだよ」

 そして、グレイムはガイセルを相談役として頼るのと同時に、彼の事情こともよく理解していたのだ。――彼の奥底に眠っている真実ほんとうの気持ちすらも。

 グレイムの言葉に、ガイセルが一瞬動きを止める。当人は上手く隠せているつもりだったのだろう。

「……そろそろ行きましょう」

 けれど、全てお見通しであるグレイムにはかなわないと諦めたのか、ガイセルは平穏を装って、ごまかすかのようにそんな言葉を発した。

 グレイムはそんなガイセルに何も言わず、微笑んでみせると、彼とともにその場を離れたのだった。


     ଓ


 ――時は過ぎ、その日の午後。

 新入りの生徒が城の大広間に集められ、式が行われていた。

 式が始まると、最初に現れたのは白髪混じりの黒い髪を丁寧に整えた初老の男性だった。

「新しくこの学舎まなびやの門をくぐった生徒達よ、ようこそ! 私はグレイム・ファイラ。 ――かつて、旧魔法王国時代と呼ばれた時代に使われていた城を用いて築かれたこの学舎を継承し、そして、皆のために開放すると同時に、この世界テレスファイラの秩序と平和を守っている『大賢者』と呼ばれている者だ」

 その男性――グレイムは名乗りを上げると、その場で丁寧に一礼した。


 「大賢者」――それは、テレスファイラにおいて、重要な「役割」だった。

 グレイムが話した通り、大賢者はテレスファイラにまう人々に学舎を開放し、等しく魔法を学べるよう尽力し、同時にテレスファイラの平和と秩序を守る存在でもあった。

 かつて、テレスファイラは「旧魔法王国時代」という時代が歴史上に築き上げられていたが、ある時・・・旧魔法王国時代は崩壊し、その少し後に、王国の血縁と噂された者が初代大賢者となり、以降「大賢者」制度が整備され、現代いまに至っていた。


「では、君達にこの学舎での教師となる者達を紹介しよう。 まずは六人――『上級賢者』と呼ばれる者達だ」

 グレイムに紹介され、彼の後方から六人の上級賢者が現れた。

「魔法を学ぶ上でいしずえとなる四つの学問となる『基礎魔法学』と『応用魔法学』・『呪文学』・『魔術学』をつかさどる四人。 そして、扱いが難しい治癒の魔法を学ぶ『治癒学』と、この世界テレスファイラについて学ぶ『世界学』――礎の四人の賢者達にこの二人を加えて、六人を『上級賢者』と呼んでいる」

 上級賢者がグレイムの説明に合わせて、順に一礼する。

「他にも、学舎で行う学問がある。 ――『生物学』・『植物学』・『薬学』・『予知学』・『飛行学』だ。 これらの学問をつかさどる者達を、六人の上級賢者と分けて、『賢者』と呼んでいる」

 グレイムの説明は続き、残りの賢者達が現れ、上級賢者達と同じようにお辞儀をした。

 老若男女問わず並ぶ賢者達の顔ぶれだったが、中でも、エリンシェの目を引いたのは「世界学」と紹介された時に頭を下げた、眼鏡メガネを掛けた、一つ結びの栗色の髪の若い男性だった。

「彼ら、賢者達が君達の助けとなってくれるだろう。 また、この学舎では学問以外のこともぜひ学んでほしい。 かけがえのない友や大切な存在ひとを見つけるのも良いだろう。 とにかく、君達にはのびのびと自由にこの学舎で成長していってほしい。 ――そしてどうか、この学舎での日々を君達の人生のかてとしてほしい」

 グレイムが式辞を述べた後は、授業を行う上でのクラス分けがされた。

 エリンシェはミリアと同じクラスになり、ひとまず安心した。そして、同級生クラスメイトにジェイトとカルドもいることに気付いて、つくづく彼ら二人とは縁があるのだと感じていた。

 最後に、次の日から早速行われる、クラス毎の授業の時間割が配布され、式は終了したのだった。


    ଓ


 式が終わり、エリンシェはミリアとともに、寮室へと向かっていた。

 その途中、帰路に着く人混みの中に、とある女生徒と遭遇した。

「メレナ・スヴェインさんね、なるほど」

 薄茶の長い髪を三つ編みに結んだ彼女は手帳と筆記を片手に、他の生徒の名前を聞いて回っているようだった。

 すぐそばを通り過ぎようとしていたエリンシェとミリアだったが、先ほどまで話し込んでいたらしい、眼鏡メガネを掛けた黒髪の三つ編みの女生徒と別れ、顔を上げた彼女とばっちり目が合ってしまう。

 その瞬間、彼女はぱっと明るく笑ってみせ、「あ、ねぇ!」と声を上げながら、エリンシェとミリアの元に駆け寄って来た。

「こんにちは、初めまして! あたし、レイティル・マランディオ! 気軽に『レイ』って呼んでね! ねぇ、あなた、もしかして……エリンシェ・ルイングさん?」

 そして、彼女――レイティルは笑顔を絶やさず、エリンシェの方に顔を向けながら、そう尋ねた。

 エリンシェは名前を知られていることに驚いたが、彼女の笑顔に悪気がないのを見て取ると、うなずいてみせた。

「でも、どうして、私のことを?」

「えっとね、すごく可愛いって噂になってたから、ちょっと調べちゃった。 ――あたし、情報屋目指してて、色々『情報』集めてるんだ! そしたら、名前だけ耳に入ってきたんだ。 隣のあなたはえっと……フェンドルさん?」

 ……耳に入ったと軽く言うが、どうやって調べたんだろう。エリンシェはそんな疑問をいだきながら、すでにすさまじい情報収集能力を開花させているレイティルが、今度はミリアと話し始めたのを横目で見ていた。

 そんな中、ふと何か、人混みの中からまとわりつくような嫌な視線を感じて、エリンシェは勢いよく、振り返る。

 視線の主を探すが、見つからない。気のせいだったんだろうかと考え直したが、まだ気味悪さがぬぐえずにいた。

「エリン、どうしたの?」

 様子がおかしいことに気付いたのか、ミリアに声に掛けられ、エリンシェは我に返る。結局その正体は分からず、「……なんでもない」と首を横に振って、微笑んでわらってみせた。

「ねぇねぇ、今度はエリンの誕生日教えて。 今、ミリアと話してたところなの」

「うん、いいよ」

 ちゃっかり愛称呼びをしているレイティルに話を振られ、応えているうちに、先ほどまで感じていた気味悪さがなくなっていた。きっと、視線の主はどこかへ行ってしまったのだろう。

「私の誕生日は十月四日だよ」

 けれど、その問いの答えを口にした瞬間、エリンシェは先ほどとはまた別の視線を感じた。……どうやら、今度の視線の主はなにやら驚いているらしい。気にはなったものの、嫌な感じはなく、害はなさそうだ。エリンシェはそのまま、話を続けた。


 明るい性格のレイティルと話をするのはとても楽しく、エリンシェとミリアはすぐに彼女と打ち解けた。話を聞いていると、レイティルも二人と同じクラスだったことが判明しわかり、時々授業で落ち合うことを約束した。

「あ、そろそろ行かなきゃ、エリン、ミリア、またね」

『またね、レイ』

 そして、一通りの情報ことをレイティルが聞き終えた頃には、三人はすっかり仲良くなっていた。

「レイって面白いね」「うん」

 そう話しながら、エリンシェとミリアはレイティルを見送った後、人気の少なくなったその場を離れ、帰路に着くのだった。


 ――こうして、エリンシェの新しい生活が始まろうとしていたのだった。

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