Wing Ⅰ Episode 1

W Ⅰ-Ep1−Feather 1 ଓ 巡り逢い 〜fateful encounter〜

W Ⅰ-Ep1−Feather 1 ―The first part ―


    ଓ


 ――夢を、みた。

 なんだか懐かしいような、そんな夢だ。


 そこは草花に囲まれた深緑の小さな丘だった。

 優しい風がそよそよと吹き、美しく咲く花を揺らしているが、その風すらもなぜか懐かしいと思えた。

 その丘には男女が肩を寄せ合い、立っていることに気が付いた。ふたりは沈みゆく夕日をただじっと見つめている。

 ……なぜだろう。このふたりのこともしっている・・・・・気がする。


 ふと、純白の礼服ドレスに身を包んだ女性の髪が風になびく。不思議なことに、彼女の髪は陽の光に照らされると金色に輝いてみえた。髪をしばらく抑えた後、彼女は隣の騎士の格好をした男性に何かを尋ねているようだった。

 ……ふたりが何を話しているのかは聞き取ることができない。ただ、彼女が「何か」をうれいているのだけはその表情から分かった。ちらりと背中を気にして、男性にまた何かを問い掛けている。

「――……私の――――」

 今度は少しだけ聞き取れたが、肝心な部分が風の音でかき消されてしまう。


 必死になって、彼女が何を話しているのかを聞き取ろうとするが、少しずつ光景が薄れていき……――。


    ଓ


「――待って!」

 その光景が消えてしまうのと同時に、少女は目を覚ました。

 ……不思議な夢だ。あまりに印象深くて、未だにあの光景が忘れられそうにない。それに、あの話の続き……。なぜかは分からないが、女性が口にしようとしていた言葉の続きがとても重要……――な気がする。

 物思いにふけながら、少女はしばらくほうけていた。

 そうしているうちに、すっかり日が昇ってしまっていた。

 考えるのを止め、少女は慌てて身支度を始めるのだった。


    ଓ


 あれから、十二年後。

 不思議な夢を見た少女――エリンシェは赤子の時よりも更に美しく成長していた。すっかり大人びて、女性としての美しさを兼ね備えていた。

 まだ赤子の時に開かれていなかった瞳の色は、見ていると吸い込まれそうな、とても澄んだ水色で、産毛だった薄黄の髪は肩まで伸び、綺麗に整えられていた。

 そして、成長してもエリンシェは未だ「聖なる気」をまとっていた。むしろみがきが掛かっていて、まるで地上に降り立った天使のようだと、より人目を引くようになっていた。


 立派な「娘」に成長し、十二歳となったエリンシェはその日、とある転機を迎えていた。


 テレスファイラに産まれ、育った者達は十二歳を迎えると、「学舎まなびや」と呼ばれる場所に通うことが「ならわし」となっていた。

 ――誰しもが持つ魔法の力を上手く使いこなすための知恵を身につけ、また集団で暮らしていくことで様々なことを学び、成長するための機関場所が「学舎」の役割だ。

 そして、もう一つ……。――学舎にはとある重要な「役割」が備わっていた。


 身支度を済ませ、エリンシェは白い衣服シャツと黒の上着ジャケット、紺の下衣スカート――学舎の制服に着替えた。そして、最後の仕上げに、胸元に蝶装飾リボンを結んだ。

 着替えが終わると、エリンシェは供給された長い杖を手に取り、曲線を描いている持ち手側に同じく赤い蝶装飾リボンを取り付けた。――制服や杖に着ける装飾が学舎に通う年ごとに決められており、エリンシェの年は蝶装飾リボンを着けるということになっていた。

 荷物を持ち、準備を終えたエリンシェは自室を出て、居間リビングへと向かった。

 居間リビングではエリンシェの両親が朝食の準備をしていた。

「おはよう!」『おはよう、エリンシェ』

 エリンシェは荷物と杖を玄関に置いてから、居間リビングに入るとすぐに、両親と挨拶あいさつを交わした。そして、二人とともに準備を終わらせると食卓につき、朝食を食べ始めた。

「エリン、もうすぐミリアが迎えに来るそうよ」

 そのすぐ後、母であるフェリアからそう声を掛けられ、エリンシェは食べ進めながら、うなずいてみせた。

 エリンシェが誕生したあの日以来、レイナが付けたエリンという愛称なまえはすっかり定着しており、その愛称なまえを呼ばれることで周りからも親しまれていたのだった。

 朝食を終え、少しすると、玄関から元気よく扉を叩く音が聞こえてきた。エリンシェが迎えに行くと、扉の前には〝彼女〟と同じ制服に身を包み、胸元に黄色の蝶装飾リボンを結んだ、短い黒髪の少女が立っていた。

「エリン!」「おはよう、ミリア!」

 ――エリンシェが誕生した少し後、レイナも娘を産んでいた。彼女の娘が黒髪の少女――ミリアだった。レイナの宣言通り、エリンシェとミリアは物心がつく前から、幼なじみや姉妹のように仲良くしており、親友同士となっていた。

 お互いの顔を見るなり、エリンシェとミリアは抱擁ほうようを交わした。

「ねぇ、準備できた?」

 離れてすぐに笑顔で問い掛けたミリアに、エリンシェは「できたよ」とうなずいてみせると、準備していた荷物と杖を指し示した。

「それじゃ行こうか」

「うん! ――お父さん、お母さん、行ってくるね!」

 エリンシェが居間リビングに向かって呼び掛けるとすぐさま、両親が見送りに駆け付ける。

「行ってらっしゃい」「気を付けてね、頑張るのよ」

 微笑みながら手を振る両親に、エリンシェも同じく笑顔で応えながら、ミリアとともに家を出たのだった。



 エリンシェとミリアが向かったのは学舎があるテレスファイラの中心部だった。半時間ほど歩き、二人は学舎の正門前に到着した。

 正門前……とは言うが、ただの門ではない。なにしろ、二人の目の前にそびえ立っているのは立派な白い煉瓦レンガの城。そして、左右には城と繋がっている高い塔が二つ立っていた。その周りには城と塔を取り囲み、防御するための城壁が築き上げられていた。正門も城と同じように煉瓦レンガで造られている。

 以前むかしは城として使われていたようだが、現在で学舎の機能を果たすため、その他にも施設が増設されているようだった。魔法の学ぶための野外施設、塔の周りに庭園、城の奥側に小さな森があった。

 しばらくの間呆気に取られていたエリンシェとミリアだったがはっと我に返り、学舎に入るにあたっての案内を見て、城へと向かう。

 城の中に入ると最初に玄関口の広間があった。その中心で机と椅子を設置して、二人の先輩生徒が学舎にやって来る新しい生徒を待っていた。

「やあ、新入りの生徒だね? ここではりょう室の受付をしてるんだ。 だけど……ちょっと待ってね」

 そのうちの一人がエリンシェとミリアを見るなり声を掛けたが、なぜか困ったような表情を浮かべていた。そして、なにやらもう一人の生徒と話し込んでいる。

「うーん……今年は皆思ったより早かったからね。 残念だけど、その……もう相部屋しか残ってないんだ」

 それを聞いたエリンシェとミリアは顔を見合わせて、二人の先輩生徒が囲んでいる寮の割り振り表をのぞき込んだ。

 ほとんどの寮は二人一部屋で割り振られていたが、残っているという相部屋は二つ分の部屋が壁一枚を挟んで、一つの大きな部屋になっているようだった。

 ……だが、よく見てみると、他よりは広そうではあるものの、なぜかその壁に扉が設置されていて、お互いの部屋を行き来できるようになっている。

「大丈夫大丈夫、扉には鍵が付いてるから」

 エリンシェが不安に思っていることに気付いたのか、先輩生徒がはげますようにそんな言葉を掛けながら、名簿を広げた。

「……とはいえ、残ってるのは男子生徒二人だね。 ――あ、ちょうど来たみたい」

 しかし、先輩生徒が次の瞬間にはそんなことを口にしていて、エリンシェはますます不安になる。せめてどうか良い人達でありますようにと願いを掛けながら、やって来たという男子生徒の方を振り返る。

 玄関からやって来たのは、制服の胸元に緑の蝶装飾リボン締めてネクタイ状に結んだ、緑色の瞳に黒髪の眼鏡メガネを掛けた大人しそうな男子生徒と、もう一人は青の蝶装飾リボンを同じように結んでいる、栗色の神と青色の瞳の少し怖そうな男子生徒だった。

「こんにちは」

 眼鏡メガネの男子生徒がエリンシェとミリアがいることに気付き、優しく微笑んで挨拶を口にする。

 エリンシェは会釈えしゃくを返した後、なんとなく気になって彼のことを目で追い掛けた。

「やあ、今ちょうど寮室の話をしていたところなんだ。 相部屋になりそうでね……」

 先輩生徒が二人の男子生徒に向かって、事情を説明し始める。

 エリンシェはその間も、相づちを打ちながら話を聞いている眼鏡メガネの男子生徒をじっと見つめていた。

 ……なぜだろう。彼が近くにいると懐かしいような……不思議な気持ちで胸がいっぱいになる。

 彼を見つめているうちふと、エリンシェの頭の中にとある「光景」が浮かんだ。――みえたのは繋がれた小さなふたつの手。いっそう懐かしい気持ちが芽生えた気がして、エリンシェははっと息をんだ。

 視線に気付いたのか、説明を聞いていた眼鏡メガネの男子生徒が突然、エリンシェの方に顔を向けると優しく微笑んでみせた。

 胸がどきりと跳ねるのを感じながら、エリンシェも彼に小さく微笑みわらい返した。……気のせいだろうか、頬が熱くなっているような気がする。

 その後も二人の男子生徒――特に眼鏡メガネの男子生徒を見ていて、エリンシェは相部屋になるのが男子生徒だという不安が払拭ふっしょくされ、何とかやっていけそうな気がしていた。少し怖そうな男子生徒も見た目の印象とは違って、実は優しいのではないかという直感があった。

 相部屋で暮らすとなると「お隣さん」ということになる。エリンシェはミリアと目だけで示し合わせて、二人の男子生徒に自己紹介をすることにした。

「あの、これから長い付き合いになりそうだから、自己紹介させてもらうね。 それじゃ……改めて。 ――初めまして、私はエリンシェ・ルイング」「あたしはミリア・フェンドル」

「初めまして、二人ともよろしく。 僕はジェイト・ユーティス」「俺、カルド・ソルディス」

 エリンシェとミリアの自己紹介に応じて、男子生徒二人も名乗りを上げた。そのすぐ後、少し怖そうな男子生徒――カルドが一歩前に進み出て、手を差し出し握手を求めた。

 おそるおそる、エリンシェはカルドの前に出て、その手を取る。すると、カルドがそっと優しく手を振ると、短く「よろしく」と挨拶を口にした。彼の様子が微笑ましく思え、エリンシェはくすっと笑いをこぼすと、「よろしくね」と返した。

 隣でミリアと握手をしていた眼鏡メガネの男子生徒――ジェイトがカルドと入れ替わりに、エリンシェの前に出る。

 いざジェイトを目の前にすると、また懐かしい気持ちで胸いっぱいになるのを感じながら、エリンシェは緊張しながら、彼の手を取った。


 ――その瞬間、今度ははっきりと、繋がれた小さなふたつの手の「光景」が浮かんでみえた。

 けれど、みえたのはほんの一瞬で、その「光景」はすぐに消えてしまったが、それと同時にすぐそばを、あたたかい「風」が吹き抜けたのを感じ取った・・・・・


 ……なんだろう、すごく安心する。それに、さっきの「風」……――あの「風」と同じように、目の前にいる〝彼〟の手もあたたかく、優しかった。

 心の中で覚えた不思議な「感覚」に、エリンシェは動きが止まる。……この手を、離したくない。握り締めたままの〝彼〟の手のぬくもりに、そんな思いさえ浮かんでしまう。

 ふと、目の前のジェイトを見ると、いつの間にか彼も動きを止めていた。……なぜか、その瞳は揺れている。

 握っていたエリンシェの手を見つめていたジェイトだったが、視線に気付いたのか、顔を上げた。

 ――目と目が合い、ふたりはじっと見つめ合う。

 もしかして、ジェイトも同じようにあの「光景」を見たのではないだろうか。そんな考えがエリンシェの頭をよぎったが、口に出したところで信じてもらえないような気がして、言葉に詰まる。

「……どうした、ジェイト?」

 そんな中、ふたりの手が止まっていることに気付いたカルドがジェイトに声を掛けてきた。

「あっごめん。 僕は何を……」

 カルドの言葉で我に返ったジェイトが慌てて、エリンシェの手を離した。けれど、どこかその表情かおは名残惜しそうなものに思えた。

 ジェイトが離れても、まだ心の中から消えない不思議な「感覚」にほうけ、エリンシェはその場に立ち尽くしていた。

「――さて。 これでお互いに挨拶と自己紹介ができたね。 それじゃ、皆、寮へ案内しよう」

 そこに、機会タイミングを見計らったかのように、先輩生徒のうちの一人がそんな言葉を掛ける。

 最初はじめに、ジェイトとカルドが先輩生徒の後に続く。

 エリンシェはまだその場に立ち尽くし、ジェイトの背中を目で追っていたが、ミリアに「行こう」と声を掛けられてようやく重い足取りで、先輩生徒の後に続いたのだった。

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