第2話

「靴を脱ぎ、正座し、お茶をいただく──

その所作だけで、“おもてなし”という承認の儀に迎え入れられたと理解できます」

 テオドールは淡々と説明し、湯飲みを持ち上げた。


「……美月。知らない人を勝手に家に入れるなって、いつも言ってるだろ」

 俺は妹に目を向けた。


 美月は慌てて首を振る。

「ち、違うの! 気づいたらもう座ってたの! “お茶をいただけますか”って、すごく丁寧に言われて……断れなかったんだよ」


「……とりあえずそこのあんた、そんな承認儀式はないと思うけどな」

 さりげなく、美月と不審者との間に位置取りながら、ちゃぶ台の端に腰を下ろす。


 テオドールはお茶をひと口すすると、真顔で分析を始めた。

「香ばしい香り。乾燥した葉を熱湯で抽出した飲料ですね。刺激は穏やかで、人体に適度な覚醒作用がある。人間社会に適応した飲み物と見受けます」


 これ、どう対応するのが正解なんだ? 美月もいるし、あまり刺激したくないな⋯⋯


「……ただのお茶だよ」

 緊張感を声に出さないように訂正する。

 美月はおずおずと俺にささやいた。

「でも……この人、お兄ちゃんのことしか見てない気がする」

 俺は返事をしなかった。警戒していたからだ。ただ、正座したまま微笑むテオドールの視線を受け止める。礼儀正しいのに、不気味なほど執着がこもっていた。

 湯飲みを置いたテオドールは、静かに背筋を伸ばした。

「僕は大理さんに召喚された存在です。主の傍を離れることはできません」


「……召喚、ね」

 俺は声を抑えた。昨日、恐怖の塊が俺の声に従った感触が、まだ頭に残っている。


 美月がすぐに口を挟む。

「ちょっと待ってよ! だからってここに住むつもり? うちは狭いんだから!」

 当然の反応だ。俺だって同じことを思っている。


 けれどテオドールは落ち着き払ったまま言い切った。

「居住空間の規模は重要ではありません。僕がここに在ることが、大理さんにとって最も効率的だからです」


「効率とかじゃなくて……」

 俺はため息をついた。あまりことを逆立てずにお断りする方法、急募⋯⋯

「生活費だってかかる。飯も家賃も現実なんだ」


 俺の苦しい方便に、テオドールはわずかに微笑む。

「ご安心ください。必要な資源は、僕がダンジョンから調達して補えます」


「簡単に言うなよ」

 思わず小さくつぶやく。


 美月は呆れたように腕を組んだ。

「……お兄ちゃん、本当に信じるの? この人、やばいよ」

「信じるも信じないも、現にここにいるからな」

 そう答えると、美月はますます困惑した顔になった。

「……そういえば」

 ようやく落ち着いたところで、気になっていたことを口にした。

「テオドールって名乗ってたけど、その名前はどこから来たんだ」


 テオドールは迷いなく答える。

「僕の別平行世界に存在する同位個体が、すでにそう名乗っていますので。名前を拝借しました」


「……は?」

 思わず言葉が途切れる。


 美月が机に身を乗り出した。

「お兄ちゃん、やっぱりやばい人だよ! 別平行世界とか言い出したよ!」

 俺は眉をひそめる。

「正直、よくわからない。けど、今日はこっちも混乱してるし、疲れてるんだ。なにより、美月が危険に巻き込まれるのはごめんだ」


 テオドールはわずかに目を伏せ、一礼した。

「承知しました」

 その姿は次の瞬間、すっと掻き消えるように消えた。やはり人間ではないらしい。とりあえず空気を読んで消えてくれた。空気、読めるのか……


 美月がぽかんと口を開けた。

「……お兄ちゃん、本当に出て行っちゃった」

「ならそれでいい」

 俺は立ち上がり、美月に、今ご飯にするからな、と声をかけた。頭が混乱していた。考える余裕は、今はない。


 

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