県大会1回戦⑥
ゲームカウント5-1。茂部のサービスゲーム。
一ノ瀬は、白石の立ち位置に変化があることに気づいた。
「先輩……相手の白石さん、かなり後ろに下がってません?なんでですか?」
隣の後輩が首をかしげる。
一ノ瀬は頷き、視線をコートに向けたまま答えた。
「これはおそらく――」
この試合、今までストロークはベースライン辺りで構えて打っていたが、今はそれより2メートルくらい後ろ。あと少し下がれば後方の壁に届きそうなくらいだ。
茂部はスピンショットを白石のバックへ沈め、続けざまに、同じコースへボールを集めていく。
序盤なら浮いて大きくアウトしていたはずの白石さんのバックハンド。
だが今は後ろに下がった位置で、落ち着いて打点を作っていた。
――シュッ。
下から上へとラケットをすくい上げ、深い軌道で返す。
次のボールも、また次も。
ネットにもかからず、アウトにもならない。淡々としたリズムで、確実にコートへ収めていく。
「……相手の白石さん安定してきましたね」
後輩が小声でつぶやく。
一ノ瀬は小さく頷いた。
「あぁ、打点を後ろにしたことで回転があまりかかってないバックハンドでも相手コートに沈められるようになってる」
茂部は痺れを切らし、思い切ってネットへ詰める。
白石はすかさずラケットを下から入れた。
――ふわり。
高く舞い上がったロブが、頭上を越えてベースラインぎりぎりに落ちる。
「……インです」
茂部が少し悔しそうにコールする。
次のポイントもバックに集められる。
白石はまたもコートより後ろ側で返球を続け、茂部が前に出てくるのを待つ。
そして前に出てくるのを見て、もう一度ロブ、と思いきや
――パシィンッ!
今度は鋭い音とともにネット際の茂部の横を抜けていく。後ろに下がる準備をしていた茂部さんの虚を突く、パッシングショットが決まった。
「今のは…入ってる!」
後輩が思わず声を上げた。
一ノ瀬は小さく笑みを浮かべ、つぶやいた。
「立ち位置を下げたことで、ストロークがコートに収まるようになってきた。フラットショットだからボールにスピードがあるし、たとえわかっていてもなかなか処理できない」
観客席の空気が少し変わり始めていた。
「白石さん、ただ耐えてるんじゃないんだ」
「工夫してる……」
そんな声があちこちで漏れる。
隣の後輩が不思議そうに振り返る。
「でも、茂部ちゃんって本来もっと強いんですよね?」
一ノ瀬は小さく肩をすくめ、苦笑を漏らした。
「茂部さん……ネットプレーが課題かなぁ…今のところリードしてるけど…状況が変わってきたな」
そう呟きながらも、視線は白石から離さない。
後方で構えるその横顔は、先ほどよりもわずかに大きく見えていた。
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