県大会1回戦④

観客席は相変わらず賑やかだった。

かなこや後輩たちと軽口を交わしながらも、一ノ瀬はふとコートに視線を戻す。


(……ん?)


ベンチに座る白石の横に二人の子どもがいた。

真っ白なポロシャツの少年と、無邪気な笑みを浮かべる少女。

ふたりとも素足のまま、当たり前のように白石の隣に腰掛けている。

先ほど蒼生を引っ張り回した双子だ。


「あいつら……また。いつの間に?」

思わず小声が漏れた。


この大会でベンチに入れるのは選手本人と公式スタッフだけ。他の人間は事情がない限り原則入ることはできない。

ましてや子どもが紛れ込むなんて危険すぎる。そう思って、隣の後輩に声をかける。


「なぁ、あそこ……見えるか?」

「え? どこですか?」

「白石さんのベンチ。子どもが二人、周りでうろちょろしてるだろ」


後輩は目を凝らしたが、首をかしげるだけだった。

「……白石さんしかいませんけど」


「……えっ?」

胸の奥に冷たいざわめきが走る。


後輩は怪訝そうに笑った。

「先輩、霊感でもあるんですか? 白石さん、なんかひとりで喋ってますし……」


「いや、ごめん。見間違いだったかも」

即興で言葉を探し、慌てて説明を付け足す。

「ひとりごとはメンタルを保つのに良いんだ。『自分ならできる』『やれる』って前向きな言葉を口にする選手は多い。たぶん白石さんもそうなんじゃないかな。オレもやる」


「へ、へぇ〜」

半信半疑ながらも、後輩は一応納得したようだ。


一ノ瀬はもう一度目を向ける。

確かに、そこには二人がいる。

少年は静かに微笑み、少女は白石の頬を両手で包んで何かを囁いている。

白石の表情は、先ほどまでの険しさがすっとほどけ、どこか安心したように見えた。


(……何だ? あの二人、白石さんに一体何をしてるんだ?)


試合中のため問い詰めることもできず、ただ目を凝らすしかない。

しかし次の瞬間、コート内のスタッフの声が響いた。


「白石さん、休憩終わりです。ゲームを続けてください」


はっとして視線を戻すと、ベンチには白石ひとりだけが残っていた。

二人の姿は跡形もなく消えている。


だが立ち上がる白石の横顔は、さっきまでの硬さが薄れ、わずかにやわらいで見えた。

(角だけじゃない……白石さんの周りで起きていることは、普通じゃない)


ラケットを握り直してコートへ向かう彼女を見送りながら、一ノ瀬の胸には言葉にできない不安と、どうしようもない好奇心が入り混じっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る