県大会1回戦②

白石のボールは浅く、ネットにかかった。

続くラリーも打点が遅れてアウト。茂部は危なげなくコースを打ち分け、着実にリードを広げていく。


(茂部さんはいつも通りのプレーができている……だけど白石さんは……完全に押し込まれている)


後輩の対戦相手とはいえ、観客席から見つめる一ノ瀬の胸に、重いものが沈んだ。

体力が切れているわけではない。だが白石の動きは硬くみえ、呼吸も少し荒い。焦りと緊張が絡まり合って、フォームがぎこちなくなっていた。


それでも、所々光が差す場面があった。

茂部の深いボールに対し、白石は片手で振り抜いた。


――パシィンッ。


鋭い音とともに、ダウン・ザ・ラインに伸びたボールはライン際へ突き刺さった。

会場に小さなざわめきが走る。


(……やっぱり偶然じゃない。あの片手バック、形はしっかりしている。けど今は未完成で再現性が低い。流れを変えるには至らない)


次のポイントは再びネット、続けてアウト。

結局ゲームは積み重なり、スコアは5-0と広がっていった。





チェンジコートの休憩。

白石はタオルで汗を拭き、水を口に含んで静かに目を閉じる。

その横顔を見つめながら、一ノ瀬は小さく息をついた。


(このままだと白石さん、一方的に負けてしまうな。何か流れを変えないと)




観客席で後輩たちが小声で囁く。


「このまま茂部ちゃんが押し切っちゃいそうだね」


「でも次の相手は……あの怪ぶっ――わっ!」


「誰が怪物だって〜?」


背後から声が飛び、後輩たちはびくっと振り返った。


そこにはタオルを肩にかけた斧中かなこが立っていた。

そしていきなり、近くの後輩に後ろから抱きつく。


「モブちゃんの対戦相手って誰〜」


抱きつかれた後輩は慌てて手に持っていたトーナメント表を見せる。


「モブちゃんの対戦相手は〜……しらいし……けっしょう…ちゃん?」


「先輩、“ゆき”って読むんです……ぐえっ」


「けっしょうちゃんは〜どれどれ」


「せ、先輩、苦しい…!」


後輩の悲鳴を無視して、かなこの瞳はきらきら輝いていた。

そしてベンチに座る白石を真剣に見つめるその顔は、試合中のような厳しさも帯びていた。


(斧中は普段、相手のことなんて「やってみなきゃ分からない」で済ませていたはずだ。それがこんなに真剣な目をするなんて……。これが第1シードの自覚ってやつか。成長したんだな、斧中)

一ノ瀬はそんな彼女の真剣な様子に感心していた。


「ねぇ、イッチー。モブちゃん対戦相手のけっしょうちゃんさぁ……」


「『ゆき』な。で、白石さんがどうした」


「けっしょうちゃんの頭のことなんだけど」


その瞬間、ごくりと息を呑む。


(まさか……斧中、白石さんの角が見えるのか?)


「けっしょうちゃんさぁ」


「ど、どうした」


「とっても……かわいいよね!?」


「……は?」


「いやぁー、もう髪の色がキャラメルみたいで可愛い〜。お人形みたい!」


「……やめんか」

一ノ瀬が半眼になりながらツッコむ。

やっぱり斧中かなこは斧中かなこだった。


試合中は圧倒的なパワーテニスで相手をねじ伏せるのに、コートを離れれば大型犬のように人懐っこく、後輩にまとわりついては振り回す。

対戦相手としては絶対当たりたくない存在だが、そのギャップに憧れる後輩も多い。斧中自身も面倒見が良くて後輩のことは非常に目をかけている。

…そんな後輩の一人は彼女の腕の中で息絶えそうだけども。


斧中は止まらない。


「えーっ!でも良いものは良いじゃん! 特にさぁ〜アンダースコートが揺れる時に見える太ももが特に……ぐえっ!」


「やめんか! 第1シードが泣くぞ!」


一ノ瀬のチョップが炸裂し、かなこは変な声を上げて崩れ落ちた。

それでも抱きついた後輩を離すのを忘れていて――


「先輩……タスケテ……タスケテ……!」


観客席は声を殺した笑いに包まれ、休憩中とは思えない賑やかさになっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る