試合前②

白石結晶対戦相手がやってこない原因について、俺は少し考えていた。

――朝のエントリー受付は済ませたはずだ。それなのに、どうして姿が見えないんだろう?


一時間前の午前9時にエントリー受付は締め切られている。ここで遅れた場合も即 W.O ウォークオーバーによる失格でこの対戦自体が組まれない。白石さんは必ず会場のどこかにいるはず。

それなのに試合開始を過ぎても影も形もない。係員が宣言したのが10時5分……ここから10分経てば失格で、茂部さんが不戦勝で2回戦へ進む。


「……いや、もしかして宇宙人にさらわれたとか?」

自分で言って苦笑する。考えすぎだ。


「あおいせんぱい〜。私いきなり、かな先輩はやっぱ嫌ですよ〜。相手探してきて下さいよ〜。何でもしますから〜」

右肩を掴まれ、茂部さんが半泣きで頼んでくる。


「待て待て。まだ相手が来ないとは限らないだろ。エントリーは済ませてるんだし」

(あと「何でもします」は絶対に異性に言っちゃダメなやつだろ……)


ツッコミを心の中で抑えつつ慰めてはみたものの、俺も白石さんの情報は持っていなかった。予選を抜けてきた選手なら強いし自然と噂も入るはずなのに、ネットを漁っても大会記録に名前が見当たらない。


僕がうんうん唸っていた、そのとき――


――ツンツン。


服の裾を引っ張られる感覚に振り返る。

背後には芝生席で談笑する後輩のクラブメイトしかいない。春風かと思ったが、次の瞬間ぐいっと強く引かれた。


「うわっ!?」


見下ろすと、小さな女の子が立っていた。肩までの明るい茶髪、大きな瞳。しかも裸足。春先のこの寒さに白いワンピース一枚。


「あなたが……アオイ?」


「……は?」

初対面で名前呼び。いや、普通に怖いだろ。でも声はやたら可愛い。


「君、誰?親は?もしかして迷子――」


問いかける間もなく、もう1人が駆けてきた。短髪の少年で背丈はほぼ同じ。双子なのだろうか?


「勝手に動いちゃ駄目だよ!一緒に行くって約束したでしょ!」

「でも早くしないと、間に合わないの!」

(間に合わないって何に!?)

一通り言い争いを終えたのか少年はこちらを向いた。

「アオイについて来てもらいたいところがあるんだ!」

見ず知らずの少年から唐突なお誘い…新しい勧誘商法の類なのか?そうだとしたら子供を出汁に使うとは酷い大人がいたものだ。あとで受付に報告しないと。いや、それより

「なんで俺の名前を……ていうか、どこに連れ込もうとしてるんだ?ってうわぁっ!」

「いいから来るの!」


俺のツッコミを完全スルーして、少女が僕の右手首をがしっと掴んだ。小さな手なのに、ドリルみたいな握力。振り払うことができない。


「ちょ、痛っ……いやいやいや!?」


今度は少年がもう片方の腕を掴む。

ふたりして「うんしょ、うんしょ」と掛け声をかけながら、180cm超えの僕を引きずり始めた。


「うんしょ、うんしょ」

「ほら、アオイ早く動く」

「いやいやいやいや! なにこれ、ちょっと待って、靴が擦れる!!」

「一ノ瀬先輩?どこ行くんですかー?」

必死に叫ぶ僕に、観客席から後輩の声が飛んできた。

「……えっと、この子たちに……用があるみたいで。すぐ戻る!」


「は、はぁ……」

「この子たちって?」

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