ウルフマンの刀使い【SF】

 ヒーロー。

 多くの男児にとっての憧れであり、希望。

 それは戦隊を組んでいたり、はたまた人知れず悪の組織と戦っていたりと様々だ。


 だがその中でも特殊なヒーロー像を持つ少年がいた。

 その少年、名はタカシ。

 今日も今日とて祖父と一緒にある番組を見る。

 それは時代劇。


 着流しを着た飄々とした男が、日中はなんの取り柄もない昼行灯として暮らしている。

 しかし悪事を働く不届きものが居たら、すぐさま現場に駆けつけて一刀両断に斬り伏せる。

 タカシにとってのヒーローとは、侍と呼ばれる人種だった。



 そんなタカシも高校生になった。

 もはやサムライに憧れを抱く年齢ではない。

 それに、知ってしまったのだ。

 現代でどれほど剣の道を極めようとも、その先に自分の望んだ世界はないと。

 家に乱雑に置かれた数々のトロフィーが物語っている。

 この時代にサムライなど居ないと。自分の望んだサムライ像は偶像であったのだと、知ってしまったのだ。


 どれほど焦がれ、どれほど研鑽を積もうとも。

 自分の心を踊らせてくれる相手は居なかった。

 そしてサムライの格好よさを分かち合える祖父さえも、今はもう遠い世界へ旅立ってしまっていた。



「はぁ……」

「どーしちまったんだよ。いつになく黄昏ちまって」

「ユッキーか」

「ユッキーか、じゃねーよアホ」

「アホはないだろう、アホは」


 笑い合いながらもタカシはため息をつく。

 彼の名は立橋幸雄。小学生の頃からの腐れ縁であり、タカシがサムライマニアであると知っている。それでもなお付き合ってくれる親友だ。


「そんなことよりだ、タカシ、アレやるだろ、アレ」


 親友がアレアレとうるさい原因。

 それが共通の趣味であるVRゲームの事。

 ユッキーとはそのゲームでのフレンドでもある。そしてアレとは、数日後に発売されるSKKのことであるだろうなとタカシは思考を巡らせた。


「SKK。スターナイトキングダムか。PVを見たところ、昨今のタイトルと何がどう違うんだ?」


 スターナイトキングダム。星から認められた騎士となり、三つの勢力に分かれて戦う大多数戦闘を謳った戦争ゲーム。しかし戦争以外はなんら普通のファンタジーゲームと変わらず、付け焼き刃の部分も多い。

 それにメーカーが課金搾取で有名なリキッドテイル社。

 言わずもがなそれも廃課金必須であると伺えた。


 それはタカシにとっては何の魅力もない。

 しかし幸雄はなおのこと食い下がる。


 彼がこんなにも熱弁を振るうのは付き合ってきた過去においてさして珍しい事ではないが、何故かと言われればまた一緒に遊びたいからなのだろうとタカシはなんとなく思っている。

 だからこそ断るのが申し訳ないのだ。


「ばっか、お前。サムライがあるだろうが。忍者だっている。俺が忍者でお前がサムライだ。いつも通りだろ?」


 忍者──それが幸雄の憧れの存在。タカシと同じく彼もまた極度の時代劇マニアである。

 そしてゲーム仲間。切っても切れない腐れ縁だ。


「悪いが今回はパスする」

「えー、やろうぜSKK。せっかく前のゲームの奴らも誘ったのによー」


 引き止める幸雄。しかしタカシは首を縦に振ることはなかった。それ程までの否定を添える。


「悪いな、ユッキー。昨今のサムライのあり方についてオレは納得できないんだ」


 それがタカシの出した答えだった。

 ただ刀を使っているだけ。

 そこにそれっぽい技名をつけただけ。

 それは果たしてサムライと言えるのか? 

 サムライマニアのタカシの知っているサムライ像と大きく異なる。それをサムライと認めてしまうのが悔しくて仕方がない。それ程までにサムライを愛していた。

 タカシにとってのヒーローなのだ。当然である。


「お前のサムライマニアぶりは日に日に深刻になってくるな」

「こればかりは性分だからな」

「なになにー、なんの話?」


 男二人で趣味の話を展開していると、クラスの中でも割と綺麗どころな少女、太刀川美波が話しかけてくる。


 普段はおっとりとした雰囲気を醸し出しているが、こう見えて顔見知り。

 ゲーム内の彼女を言い表すなら廃人プレイヤーと言って差し支えないプレイ時間を誇る。

 その為イベントの時期はよく体調を悪くして欠席していた。それほどのガチ勢。

 そして恵まれた生まれから家族全員が彼女と同じゲーマー。非難を買う恐れは万が一にもない。


「やぁ、美波ちゃん。今日も相変わらず脱力系だね」

「そういう立川君は相変わらず男前だね」

「褒めるなよぉ」

「褒めてないよ?」

「えっ」

「ふふふ」


 幸雄は完全に美波にペースを握られていた。それを他所にタカシは笑みを浮かべる。それが気に入らないのか、幸雄が食ってかかる。


「おい、タカシ何笑ってんだよ。何がおかしいんだ!」


 ガクガクと幸雄に肩を揺らされるタカシ。

 それでも苦笑しながら言い訳をした。


「なんでもない。随分と仲がいいなって思って」

「高河君もその中の良い人の一人なんだからね?」

「そうだったな」

「そうだったなじゃねーよ。あ、そうだ。美波ちゃんはSKKやる?」

「立川君てば、また随分と急に話題振るね?」


 同じくゲームプレイヤーをしているからこその話題振り。もとい話題そらしと言える。幸雄の得意技の一つであった。


「こいつはオレが参加しないから寂しいらしいんだ」

「あー……って、えぇえええ、高河君やらないの!?」

「意外か?」

「うん。高河君はサムライマニアだから絶対やると思ってた」

「俺もそこを進めてるんだけどさ、こいついつもの持病を拗らせちまってさ」

「あー、うん。サムライってどうしたって立ち位置が微妙だもんね」

「忍者もそうだよなぁ。やっぱり世界観がファンタジーだから浮くっていうか、取ってつけた感はどうしたって出るっていうか」


 そうなのだ。タカシとしてもそこが気に入らなかった。

 ただでさえ取ってつけたような役職。


 それでも枠を取れている理由は一部のマニアに向けてである。

 そんなジョブが優遇されているわけもなく、タカシは搦め手を使ってようやく本来の形を得た。


 そこでつけられた二つ名に[外道サムライ]というものがある。

 これがタカシのプレイスタイルにつけられた蔑称。つまりは悪口であった。


「じゃあ私もやめちゃおうかな」

「えー、どうして?」

「SKK。私と美遥、お母さんは乗り気なんだけど、お父さんとおじいちゃんが違うゲームやるって聞かないの。だからどうしようかなって迷ってるんだよね」

「健二さんが?」


 太刀川家はゲーム家族。家族全員が廃人プレイヤーのちょっとおかしな家族であった。


 祖父の洋二さんが根っからのゲーマーであり、過去のゲームハードを多く持っている事から、一人娘の美鳥さんや、婿取りの健二さんもスキンシップと称してハマり、そんな家族に育てられた美波と美遥も普通に生活の一部となっていた。

 それもこれも彼女の家が金持ちであり、そこそこの施設が揃っているという恵まれた環境があるから。


 普段ののんびりふんわりな彼女はリアル限定。ゲーム内の彼女はかなりシビアなプレイスタイルを持つ。


 いや、それは美波だけではない。その多くを家族でくぐり抜けてきたからこそ、家族全員が皆一様に洗練されている。

 その内の好戦的な二人が違うゲームに掛り切り。美波の不安も高まるというものだ。


「うん、そうなの。高河君はイマジネーションブレイブって知ってる?」

「いや、全く」

「俺はβやったぜ」

「うちもやったよ」

「そのゲームってどんな感じなんだ?」


 なんとなくだが表情を見て答えがわかった気がした。

 幸雄曰く、とんでもないクソゲー。

 美波曰く、バランスが崩壊してるゲームでプレイヤーを徹底的に追い込むスタイルだとかなんとか。

 そんなゲームに居残りを決めた二人。

 気づけばタカシは口角を上げていた。


「ふむ」


 タカシはワクワクとした気持ちを胸に抱く。

 洋二と健二にはサムライの次に憧れを抱いていたタカシ。

 そんな二人を病みつきにした世界に興味が湧かない訳がない。


「オレ、そのゲームやってみようと思う」

「やめとけって、あのゲームだけは」

「私も立川君に同意するよ。あのゲームはなんていうかプレイヤーを楽しませる機能が全く積まれてないの。今までのゲームが如何に優遇されてたかがわかるよ」

「それを聞いて余計に興味を惹かれた」

「ああ、ダメだ。こいつスイッチ入っちまった」

「こうなっちゃったら高河君止まらないからね」


 親友たちから呆れられながら、タカシは旅立つ。未知のクソゲーの領域に。





「とうとう手に入れてしまったか」


 一人呟き、パソコンにライセンスを読み込ませる。

 500円。それが例のゲームを仕入れるのにかかった金額だ。


 まだ発売して二週間もたってないのにこの値段の下がり様ときたら、今から不安で仕方ない。


「さて、と。始めるか」


 手慣れた手つきでパソコンを打ち込み、VR媒体にデータをダウンロードする。


 読み込み終了までしばらくお待ちくださいって、8時間もかかるのか。

 一体どこにそんな容量を割いているんだ? 

 美波の言い分ではプレイヤーを徹底的にやり込める作りだと聞いていたが、もしや? 


 嫌な想像をし、即座に事前知識を拾いに専用の攻略情報サイトを漁る。


 ──が、出るわ出るわ不満の溜まった言葉の数々。


 如何にクソかを文章化させたら100スレでは書き切れないと言わんばかりのスレッドの伸び。


 もはや攻略のこの字も見受けられないほどの罵詈雑言の数々をくぐり抜け、必要な情報のみを拾っていく。


「……冗談だろう?」


 それが俺の第一声。まとめた情報群は、控えめに言っても生半可なものではなかった。その中のいくつかを上げていく。


 ・NPCは敵。絶対に足元を見られる。買うな。買っていいことなんてない。先に買い込むのは武器。次は食料だ。

 防具なんてあっても無駄であると知れ。


 ・モンスターを雑魚だと思うな。アレは中ボスくらいの立ち位置だ。このゲームに雑魚敵はいない。一番の雑魚はプレイヤーである。そのことをゆめゆめ忘れるな。


 ・種族選びは慎重に。同じ種族同士で固まって動け。ソロでカッコつけたって誰も褒めてくれないし、ぼっちである事は正義じゃない。ここじゃ徒党を組めない奴から排他されていく。


 ・ワードスキルは慎重に選べ。単語ひとつで使えるものなんて然程ない。二つ合わせて初めて効果が出る。これは運営の罠だ。

 最初に選んだ三個によってはパーティからハブられる事もあるので要注意! 



 ここまではまぁ、予想はしていた。

 いくつか理解不能なものがあるが、想定内。

 特にNPCが敵である点などは昨今珍しくもない。

 そしてフィールドモンスターが強い。

 それは嬉しい誤算だった。

 今までのモンスターの弱さには辟易していたのだ。

 だから強いくらいで丁度いいとさえ思ってる。


 後は種族か。なんでも『性格変調』とかいう謎の技術が搭載されており、種族の特徴が色濃くプレイヤーに影響を与えるとかなんとか。

 種族によっては好き嫌いがはっきりと分かれ、協力プレイもままならないと言われてた。

 それもまぁ、大丈夫だろう。


 だが最後のワードスキルとやらは理解不能だった。

 単体で効果が生まれないってどう言う事だ? 


 二つ合わせて初めて使えるとか意味がわからん。

 その組み合わせについてのスレを探してみたが、1000を超えるスレッド数に組み合わせが書かれており、見る前から頭が痛くなってきている。


 ただ、ポイント消費型でスキルはいつでも取得可能と言うのが嬉しい。周りを見て欲しいのがあれば随時足していけばいいって事だからな。


 ダウンロード時間は、後6時間か。

 俺はおとなしく寝ることにした。



 翌日。ダウンロードが完了しているのを確認してから学校に行く。

 どうせやるなら土日にかけてゆっくりとやりたいからな。


 学校ではユッキーと美波がSKKの話題で盛り上がっていた。

 どうやら美波はユッキーに背中を押されてSKKをやるようだ。

 いつも通りのプレイ環境でないにせよ、ゲーマーである彼女がいつまでも手持ち無沙汰というわけにもいかないのだろう。


 もしかしたらその輪の中に今頃自分もいたのかも知れない。

 ふと、あの時断らなければそうなっていたかも知れない未来を思い浮かべ、すぐにそれを拭い去る。

 既に袂は別っているのにな。いつから俺はこんなに女々しくなったのか。

 いや、もとよりこんなものか。



「じゃあな、タカシ。週末を楽しんでこい!」

「ああ、お互いにな」

「高河君、またねー」

「ああ、太刀川さんものめり込みすぎないように」


 それぞれの道に進む共にエールを贈り合う。

 クソゲーに挑む俺と、人気ゲームに挑む彼ら。

 正反対の道筋。でも自らが選んで踏み入れたフィールド。

 もう後には戻れない。

 いや、戻る必要もない。

 俺の前に広がるのは人を切り捨てる修羅の道があるのみよ。

 自分に浸りながら、酔いしれる。


「さぁ、ゲームを始めようか!」


 VRの世界へはマイルームから扉を通じて開かれる。

 俺のマイルームはサムライ一色。

 ユッキーを誘った時は苦笑いされたが、アイツはサムライというのをなんらわかってないからな。




「さて、ここか」


 新たに併設された扉には[Imagination βrave]の文字。

 間違い無いようだ。


 俺は勢いよく扉を開き、暗闇へと放り込まれた。

 一瞬の浮遊感の後、キャラクタークリエイトが始まる。

 ここまでは情報通り。


 ネーム選択、種族設定、そしてワードスキルの選択。

 たったそれだけの項目を埋めていき、俺はそのゲームで一つの命を得た。



 【ただの】マサムネ

 【称号】なし

 【種族】ワーウルフLV1

 【特色】凶暴化、武器苦手、格闘得意

 【性格】獰猛、獣人上位

 【取得スキル3/3】

 【初級:刀】刀装備時、会心上昇

 【初級:斬】斬撃ダメージ増加

 【初級:払】対象をノックバック




 名前の被りについては特に他者と一致しているとか聞かれなかった。

 どうもそこらへんの縛りは緩いようだ。

 この名前には思い入れがある。

 なんといっても俺のヒーロー像の一つ。

 独眼竜。それが俺の原点。


 それを認識しながら決定を押すと不意に意識が上昇していく。この感覚には覚えがある。そうだ、夢から覚める時のあの感覚に酷似して……



 ◇



「はっ……ここは?」


 気がつけばベンチで寝入っていた。

 目の前には多種多様な種族がそれぞれの生活をしている。

 石を敷き詰めた道の上を、大きな石材を乗せた荷車が通り過ぎる。

 子供達がかけていく。ウサギの耳を生やした子供が、追いかけっこをしていた。

 そして自分も、既にここの世界の住民であると認識する。

 両手は毛皮で覆われていて、体全体に獣人特有の灰色の体毛が生えていた。



「いや、思い出した。俺は──」


 ここへサムライになりに来た。


 誰かに縛られたサムライ像ではなく、自分の望む形のサムライ像を体現しに。


「まずは武器、それと食料か」


 頭に入っている情報を引き出しながら通路を歩く。

 体が軽い。いつもよりも体を動かすことが楽しいと思える。


「刀、刀~っと、あった」


 だがよりにもよってNPC売り。

 お値段も明らかにぼったくりと言える設定で、手持ちの資金と相談したところで買える見込みはない。

 仕方なく、プレイヤーメイドのバザー品を買いに行く。


「毎度あり~」


 景気の良い声で見送られ、俺はついに武器を手にした。

 少々散財してしまったが、効果はそこそこ。


 [石の刀:攻撃力+6、会心率+2%]


 店主曰く、刀は使い手が少なく、作っても売れないからと割安で譲ってもらったのだ。作り手は獣人。


 種族こそ違うものの、あたりの良い人柄で好感が持てた。

 それでも所持金の半分以上の支払い。

 食料の買い込みに不安が残る。


「まぁなんとかなるか」


 そんな風に思う俺は意気揚々とフィールドに出た。

 稼いだ資金を食費に当てようと、そう考えたのだ。


 しかし──


 暫くしてすぐに意識が反転した。何が起こったのかさっぱりわからない。

 気づけばどこかのベッドで目を覚ましていた。



「あれ、俺は一体……?」


 直前の記憶が一切ない。

 あるのはただ、武器を買った勢いでフィールドに出て、その直後に死んだのだというあまりにも残酷なログだけが残されていた。


[システム:プレイヤーマサムネはホーンラビットによってキルされました。ペナルティとして教会へ転送後、30分の休憩。そして全財産の50%が没収されます]


 そのログに残されていたのはあまりにも衝撃的な文字。

 ペナルティ。本来ならステータスの減少など重いものが数々ある中で資金の減少だけで済むのは緩い方か? 


 いや、30分も教会に拘束されるのは戦闘エリアに残してきたプレイヤーに申し訳が立たない。

 それに駆け出しの頃の全財産の半分没収はあまりにもキツイ。


 残りの資金は大きく下がって今や串肉一つ買えやしない。

 あの時ケチケチせずに買っておけばよかったと後悔をまさにしていた同時、俺の中にはリベンジしてやるという闘志がメラメラと燃え上がっていた。


 ホーンラビット。この借りはいつか絶対償って貰うからな!




 甘かった。

 何もかもが甘かった。

 リベンジを誓った相手に、俺は何度も敗北を喫した。


 想定内? バカを言え。こんなものは想定外だ。

 残り資金は1Z。


 それ以降は何をしてもこれ以上減らないまさに最低値。

 教会を出入りする際の司祭の表情にもだいぶ良くない感情が混ざってきている。

 きっとロクデナシと思われてるのだろう。


 きっと、そうなのだろう。

 まさにどん底。

 底の底。


 くつくつと笑みが漏れる。

 何がサムライだ。

 何が余裕で対処できる、だ。


 そんなものはただの思い込み。

 希望やプライドなんぞ、このゲームではなんの役にも立たない。むしろ不要とばかりに叩き折られた。


 ここで暮らすために必須な事はどんな手段を用いようとも生き抜く生き汚なさ。


 デスペナが安いからと死んでばかりいればもはや生き恥。


 そうなってしまえばすぐに余裕はなくなる。

 焦りは油断を生み。油断は慢心を作り。慢心は失敗に繋がる。

 まさにジリ貧。

 それがさっきまでのオレだ。


 世の不条理を詰め込んだ社会の縮図が、ここのゲーム形成されている。


 打ちひしがれる。ただ自分の無力さに。

 だからこそ首を上げる。この絶望を糧にしてでも生き抜いてやるのだと。



「すぅ──ふぅ……」


 腹一杯に溜めた空気をゆっくりと外へ吐き出していく。

 そうすると、強張っていた体に血液が巡っていくのを感じ取った。

 それを幾度か繰り返し、全身までしっかり巡らせ、前を向く。

 まだ体は動く。気持ちは折れかけたが、体が動けばまだ負けじゃない。

 そしてこの程度で負けていては、己のサムライ道は閉ざされてしまう。

 それだけは認められない……だから。

 目を開き、周囲を見据える。

 毛皮に覆われた顔の先、鼻の表皮を夜風が通り抜けていく。



「少し頭が冷えたか」


 全てを失ってからようやく頭が冷えるあたり、オレはよほど救いようがなかった。

 それほどまでに慢心仕切っていた過去の自分に、呆れて物も言えない。



「これからは慢心しない。いや、する必要もないの間違いか」


 毒づき、吐き出す。

 ウサギは強敵だ。それは覆しようのない事実。

 たかが食料が300Zもするわけだ。

 それだけ生け捕りにするのにテクニックがいる。

 だからこそ今の今まで仕留めるどころか仕留められている。

 10回から先は数えてない。ウサギ達にとっての餌になりに通っているようなものだ。

 それ程過去のオレは鴨ネギ。


 今度は相手にそう取られないよう気持ちを切り替える。



 武器を構える。構え方など最早どうでもいい。

 人間に合わせた構えに意味はない。

 今の俺は獣人。

 人間とは骨格からして違うのだから。

 だから我流で行く。

 無様でもいい。

 何が何でも勝つ。

 それが俺に唯一残されたプライドだ。


 草原フィールドに足を踏み入れる。

 相変わらず草の背が高い。

 自身の腰全体を覆う草原が地平線の向こうまで続いている。

 目を閉じる。呼吸を整える。耳を澄ませる。

 人では感じられない匂いと、音を拾い、足音を立てずに歩みを進める。


 武器はインベントリにしまってある。

 装備すれば、それだけ敵視を取ることを体に教え込まれてきた。

 たまたま装備し忘れた時のあの感覚を思い出せ。

 いつもより生き延びたあの時。

 何が原因で敵視を取った? 

 ウサギが危険を感じる行為だ。

 それを極力減らす。まずはそれを身につける。


 サァアアァアア……

 風が吹く。草を薙ぎ、ターゲットの位置をプレイヤーに教えてくれる。

 白が5、黒が2。そしてホーンラビットが1。

 一個大隊か。黒を先に無力化しないと厄介な布陣。

 だが最重要はそこじゃない。

 ここのウサギ達は、敵対行動を取った時点で一斉にアクティブ化する厄介さにある。

 白と黒は攻撃手段を持たぬが、ターゲットを棒立ちさせる厄介なスキル持ち。そこへハンターのホーンラビットに強襲されて、だいたい一撃死する。これが奴らの必勝パターンだ。


 今までの俺はどれから先に始末をしようかに拘っていた。

 それはきっとジリ貧だったから。

 追い込まれていたからこそ、取り返そうと焦った。

 だから安易な誘いに乗った。

 そして返り討ちだ。


 だからそうならぬように仕掛ける。


 相手に敵視を取らせず、仕留める。

 それこそが今の俺に求められるテクニック。

 そしてスキルもいくつか使い方がわかってきた。

 だがその前に、4つのゲージを紹介しよう。


 HP、MP、ST、ENの四つ。


 常に視界の端に表示されているゲージ。

 これがスキルを使う上で重要な役割を持つ。

 それぞれが最大100%で、消費すると下回る。回復手段は今のところ自然回復のみ。



 HP<ヒットポイント>

 言わずもがなこの脆弱な肉体に残された体力の限界値を示す。0%になると教会に飛ばされて全財産の半分を失うおまけ付きだ。


 MP<マナポイント>

 あいにくとこの種族には必要とされてないが、自然属性の魔術を行使する際に消費する……らしい。

 俺のスキルは基本的にこれらを消費しないので、常に100%のまま微動だにしない。


 ST<スタミナ値>

 これは連続行動に制限をかけるゲージだ。

 歩く、走る、攻撃をするなどで消費し、立ち止まってる時に微回復していく。回復量はEN値に依存するようだ。


 EN<エネルギー値>

 俗に言う満腹度がこれに値する。100%であった時など一度もない。ログイン時で既に30%。食料を食べることで回復していくらしい。

 これの数値は単純に自然回復力に影響を与えるので一番大きな要素と言える。

 多少HPやMP、STが減少していようとも、ENさえあれば回復する。それくらい重要な立ち位置。

 だから掲示板でもあれほどしつこく言われていたわけだな。


 さて、これらのゲージ。実はスキルを扱うたびにも消費する。

 例えば【刀】。


 これを使用すると減るのはHP。

 消費量がたったの1%だが、100回使えば死ぬ。

 実にわかりやすい。

 自然回復も混ぜ込めば100回以上使えるが、それは常に死の淵に立たされることを意味するのでおススメはしない。


 が、ウサギごときにいいようにされてきた取るに足らない命だ。

 死なない限りはガンガン攻めていい。


 そして【斬】と【払】。これはSTが減る。

 スキルに頼ってばかりいると、あっという間に追い込まれるのだ。罠だと言われる理由もわかると言うもの。


 だが俺にはこのスキルを使い熟す必要がある。

 自分で選んだスキル、自分で信じずどうすると言うのだ。

 まだレベルアップすらしていない、させてもらえない現状。

 だから俺は一つの可能性に賭けていた。


「疾ッ」


 身を屈め、手を地につけて駆け出した。

 四足歩行。

 人であることを捨て、獣に堕ちた今のオレにふさわしい歩行術。

 あっという間に背後を取る。

 まだ白は気づいてない。そして黒はそっぽを向いている。

 ホーンラビットは感知能力が低い。

 あいつが動き出すのは白と黒が脅威を感じ取ってからだ。


 ──ザシュッ


 インベントリより柄の部分だけ抜き出し、勢いのまま抜き放つ。普通に抜き出すだけじゃ力不足。

 だからオレはここで【払】を右手に乗せた。

 思惑は成功。その一閃は今までの攻撃速度をはるかに凌駕する勢いをつける。



 ブパッっと首から勢いよく茶褐色の粒子が吹き出した。

 もちろん抜き出した白刃へは【刀】と【斬】を両方載せてある。

 今までの攻撃がなんだったのかと言うほど鮮やかに白ウサギのそっ首を刎ね飛ばした。


 咄嗟にウサギの首を噛み締め、血を止める。

 そして用は終えたとばかりに踵を返し、脱兎の如くその場から逃げ出した。


 まだ息はある。

 すぐに追っ手が来るだろう。

 だが四足歩行のオレの速度には追い付けなかったのだろう。

 途中で諦めてくれた様だ。



「ふぅ、ふぅ……はは、ハハハハハ!」


 逃げ切った。逃げきれた。

 初めての勝利に背筋が震える。

 首を噛み締めていた事で白ウサギの命の灯火は消えようとしていた。まだ死んでない。なんたるタフネス。

 だから……その命に敬意を評し、己の糧とした。もう空腹も限界だったのもある。

 さっきからヨダレが止まらない。

 新鮮な血の匂い、鼻をつく肉の香りが空腹を加速させた。


 ばくり、もぐもぐ、ムシャムシャ、ごくん。


 生命として当たり前の行為。腹を満たすための食事に思わず涙が出た。

 そして口の中にウサギの血肉が溢れる。

 美味しい。とても美味しい。もっと食べたい。

 生で食べてそう思うほどに美味しいと感じた。

 気づけばENが50%になっている。そこのゲージがそんなに伸びていたのは初めて見る。



「ハハハ……」


 乾いた笑いが漏れた。

 なんだ、こんな簡単なことにオレは今まで気づかなかったのか。


 弱肉強食。それが自然の摂理。

 今までのオレは、どこか他のゲームをなぞらえて行動していた。

 狩をしてドロップ品を売って装備を揃える。

 そんな当たり前をここに求めた。


 けどここじゃ違うんだ。

 獣は獣らしく、狩をしたらそのまま食えと。そう言われて、腑に落ちた。


 単純でつまらないと言っていたゲームをここに押し付けていたのは他ならぬオレの方だったのだ。

 だからここの環境は理不尽だと、怒鳴りつけた。


 けど、ここで生きている人たちからしてみればそれこそお笑い草だったのだろう。

 もぐもぐとウサギを食べきり、一息つく。

 すると全身を覆うようにまばゆい光に包まれた。



「なんだ? 力が漲る。それとこの高揚感は一体……?」


 いつもの疲れた様なあの気持ちはなく、どこかスッキリとした充実感。今ならなんでもできる様な気がする。

 思い当たる節があるとすれば白ウサギを食べたこと。もしかして……

 ステータスを確認すれば、案の定ステータスに変化があった。



 【ただの】マサムネ

 【称号】なし

 【種族】ワーウルフLV2

 【STR】0→3

 【AGI】0→3

 【DEX】0→3

 【特色】凶暴化、武器苦手、格闘得意

 【性格】獰猛、獣人上位

 【取得スキル3/3】

 【初級/刀】刀装備時、会心上昇

 【初級/斬】斬撃ダメージ増加

 【初級/払】対象をノックバック

【スキルポイント:10】

 【装備】なし

 <ストレージ内>

 【武器】石の刀×1



 それはレベルアップを意味するステータス更新。

 そしてようやくそれらしいものが姿を現わす。

 ああ、クソ。


 か。


 オレはようやく腑に落ちた。

 今まで何かが足りないと思っていた。

 あって当たり前の物がない。

 最初こそは普通にそういうものだと思っていた。だがこうやって姿を見せてようやく理解する。


 つまり今の今までは種族特性とスキルだけで戦うチュートリアルのようなもの。

 LVアップしてからが本番とばかりに重要なステータスがオープンになった。

 たったそれだけのことなのに、いつしかオレは笑っていた。そして怒りが湧き上がる。


 ふざけるな!

 これが、こんなものがチュートリアルだと!? 


 何もかもを失った。プライドも、サムライとしての矜持も何もかもだ!

 今ではただの獣に成り下がったサムライになりたかっただけのガキが一人。

 でもその結果、一つの可能性を見つけた。それがスキルはもっと自由に扱っていいんだという可能性。つまりは想像力。

 タイトルにあったImaginationだ。


 そういうか。

 このゲームがここまでプレイヤーを追い込む理由……



「つまりシステムの枠に囚われすぎるなって事か?」



 自分で言っててよくわからない。

 ただ、ソレを捨てた途端、見違えるように動きが良くなった。

 そしてソレを理解をした途端、このゲームの奥深さの虜になった。



「クソ、上等だ。だったら出された皿ごと食い尽くしてやる……!」



 その憤怒が、オレをこの過酷な世界に留める理由の一つになった。

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