ダンジョンブレイクお爺ちゃんズ★【現ファ】

 カラン、と音がしてボールがカップに転がった。

 ガッツポーズを見せる私に、悪友である寺井欽治が表情を顰める。


「やりました! 私の勝ちです」

「こんなミニゲームでなにを勝ち誇ってるのやら。本格的なゴルフでなら僕は負けませんよ?」


 欽治さんのバッグはパター以外にも複数のクラブが揃っている。

 若かりし頃の賜物だろう、しかしそれを全力で振るうほどの腰はもう持ってないと言うのに、いつまでもしがみつくのだから昔取った杵柄を振いたくてたまらないのだ。


「そもそも、こちらでスポーツをする層は第一世代の私たちくらいですよ? 娘達はこぞってVR空間で過ごしてますし」

「整備する者が居ないから、自作したパターゴルフ場で我慢するしかないと?」

「そう言うことです。ゴルフの腕ならそれこそVRでいいじゃないですか」

「あっちは金に物を言わせる御仁が多いからダメです」


 今、私に対して同じことをしようとした人が何か言ってるよ?


「あなた、人のこと言えないでしょう。それよりも次のコースに行きますよ。頑張って砂場バンカーを用意したんですから! 早く回りましょう」

「パターゴルフで用意するコースじゃないでしょうに」

「平坦なコースだとつまらないと言うから用意したのに、我儘だなぁ」


 口を開けば愚痴ばかり。

 このパターゴルフだってこの人が言い出さなきゃ私が参加することもなかったと言うのにね。そのことに感謝することもない。

 人は善意に慣れていく生き物というけど、こうはならないように気をつけよう。


 その後二つのコースを回り、日が暮れた頃合いを見計らって帰り支度を進める。昔取った杵柄が功を奏して、その日のスコアは欽治さんが勝ち越していた。

 私は勝負事に熱を入れるタイプではないのだが、とにかくこの人にだけは負けたくないという思いだけはある。


 最終コースを回った時のことだ。

 一際大きな地響きが起きた。

 私は態勢を崩してその場で尻餅を打ち、順番待ちの欽治さんが震源地を探そうとおでこに手を当てて水平を覗いた。


「痛たた、腰が」

「いい歳して思い切り振りかぶるからですよ。それよりも震源地は随分と近い場所のようですよ?」

「見つかったんですか?」

「あの場所に穴ボコが空いてます。カップをあんな場所に設置はしてないでしょう?」


 バンカーでも池の近くでもない芝もない雑木林の中に、その穴ボコは存在を示すように口を開けていた。


「随分と深そうな穴ですね?」

「ボールを落としてみましょうか? 底がどれくらいの場所にあるかわかりますよ?」


 欽治さんがゴルフボールを穴に向けて落とした。

 風を切るようにヒュウ、と音は鳴ったが跳ね返る音は聞こえず落ち続けるばかりだった。


「なにも音が返ってきませんね?」

「随分と深そうだ。警察に連絡したって、リアルの事にはあまり関与したがらないだろうね」

「今はVRの管理で忙しそうですし」

「じゃあこの件は一旦持ち帰るとして」

「ええ、勝負は引き分けで」

「しれっと負けを認めないのはあなたらしいですが、いいでしょう。僕の器の広さに打ち震えるがいいです」

「はいはい」


 その日は何事もなく帰宅した。

 ニュースもなにも取り上げられず、翌日。


「笹井さん、大変です。一大事です!」


 早朝から直通のコール音が鳴り響き、私は顔を顰めてそれを受け取った。


「なんです朝っぱらから」

「いいから昨日のコースに来てください。あ、ゴルフバッグは持ってきてくださいね?」


 昨日の試合の続きだろうか?

 回らない頭で、午前6時の朝靄のかかる町内を渡り私は目的地へと辿り着いた。昨日打った腰はすっかり調子が良く、なんだったら体も軽い。

 重いゴルフバックを担いできたというのに、スキップできそうなほど肉体に力が漲っている気がした。


「随分とご機嫌ですね。いや、目敏いあなたのことだ。もう気づいたのでしょうね」

「そうやって、主語を語らない口ぶりは嫌われますよ?」

「おっと、気づいてないのならそれでOKです。じゃあ本題です、笹井さん。今日は随分と体調が良くありませんでした?」

「え? ええ」

「実はですね僕、AWOのログアウト後にも関わらず、寝ぼけてステータスを出しちゃったんですよね」

「ボケですか?」

「最初は自分もそんな年になったかとショックだったんですが、目の前にずっと浮かび続けてるんですよ」

「……幻が?」

「そうです。幻だと思い続けていたステータス表記が、バグってるのか初期値に戻ってますが、確かに存在してたんです。ほら!」


 そう言ってポーズを取る欽治さん。

 ちなみに変なポーズを取ってるだけで何かが見えるわけでもない。

 やれやれ、まだ夢の中にいるな?

 仕方ない、私も付き合ってやるかとゲームで遊んでる感覚でステータス画面を呼び出すと、ライトブルーの画面が目の前にポップアップした。


「うわ! 本当に出た。なんなのこれ!」

「僕が言ったことを信じてなかったんですか?」

「そりゃ疑うでしょう。寝起きで聞かされたんですよ? それに私はゲームにログインしてません」

「僕だってしてませんよ。けどね、こうなった理由に思い当たる節がある」

「……もしかして?」

「そう、昨日の穴ボコです。多分あれが原因だと思うんですよね」

「乗り込むんですか?」

「そのための武器の持参ですよ」


 そう言って、欽治さんはゴルフバックを持ち上げた。




 ステータスの表記は名前とレベル、スキルの欄が並べられてるが、今のところ名前以外はなにもない。

 唯一の武器はゴルフのクラブくらいで、危険な生物が出てきたらとても対処できないのだが、いい歳した大人が二人。

 揃って朝っぱらからその場に乗り込もうとしていた。


<始まりのダンジョン・一階層/難易度★☆☆☆☆>


 穴ボコに手を触れると、そんな表記が視界に現れる。


 ゲーム的な要素だな、と受け入れながら慎重に壁に手をついて降りていく。

 ロッククライミングなんか実際に体験したこともない。

 せいぜいゲームの中で、スキル頼りに制覇したくらいだ。


 足の向かう先は闇が広がり、光源の類は存在しない。

 自ら闇に向かって降りていく行為は新手の自殺か何かだろう。


「足元見えますか〜?」

「こんな事になるなら、命綱の一つでも用意してくればよかったですね」

「無策で乗り込もうと言った人が何か言ってる」

「行きは良い良い帰りは怖いと言うじゃないですか」

「それ、ダメなパターンですよ?」


 会話のキャッチボールで不安をかき消そうとするものの、見事に失敗。

 不安はさらに募らせつつ、私たちの足元には確かに踏みしめられるほどの大地があった。


 穴から降りる事1時間足らずである。

 この程度の穴なら、普通ボールのほうが早く到達するだろう。

 まだまだわからないことばかりである。

 注意するに越したことはない。


 大地はあると知覚できるが、周囲は一面の闇。

 手を伸ばした場所の視界すら開いてない。

 閉鎖された空間特有の、息が詰まる感覚がある。


「ちょっと息が詰まるような雰囲気だ」

「ゲームの時では感じませんでしたが、実際に入るとこんな感じなのかぁ。臨場感あるなぁ」


 耳鳴り、というのか。キィンとした音が耳の中で鳴り続ける。

 緊張に身がこわばって、打撃を与えるという意味ではあまりに心許ないパターのグリップを強く握りしめた。


 ズズズ、ズズ……ズズズ、ズズ……


 歩き出して10分が経過したくらい。

 前方から地を這うような音が耳鳴りに混じって聞こえてくる。

 相変わらずの薄暗闇の中、それはボール状の肉体を引き摺りながら現れた。

 切れかけた電球のように明滅する様はまるで深海のクラゲのよう。


「ボール……にしては随分とカラフルだね」

「笹井さん、これはスライムというやつですよ。ケンタが遊んでるゲームで覚えました」

「ボールとは違うんですか?」

「弱い、という点では同じような物です。と、こちらに気づいたようですよ」


 洞窟内唯一の光源であるスライムとの邂逅は、欽治さんの掛け声で緊迫した場面へと変わった。


「セオリーでは中央にあるコアを叩けば倒せます」

「コアなんてあります?」


 暗闇の中なのに、欽治さんは私の質問に目を逸らすような動作をする。

 きっと知識をひけらかしたかったんだろうけど、見知ったそれとは少しだけ様式が違うようだ。


 飛びかかったスライムを欽治さんはドライバーのフルスイングで撃退、距離を取った。


「ボールというより、ショゴスですよね、この子」

「あんな冒涜的な存在と一緒にしちゃダメですよ?」

「えー、可愛いのに」


 よいしょ、とパターを振りかぶり、真っ二つに割くように振り下ろす。

 液状なのでダメージが入ったかは怪しいが、青から黄色に変化していたライトは、赤から紫へと移行した。

 赤は警戒色だっけ?

 怒らせるのには十分な攻撃だったのかもね。


「欽治さん、叩くより割く感じで斬りつける方が有効っぽいです」

「ドライバーを持ってきたのが仇になった!」

「ハッハッハ」


 ちなみにゴルフバッグは穴を降りる際に置いてきた。

 荷物を担いだままロッククライミングするなんて自殺行為だしね。

 持ち込めたのは、せいぜいクラブ一本くらいだ。

 私はパターを、欽治さんはドライバーを持ってきた。

 どちらも自慢の一本である。


「これでおしまいかな?」

「レベルが上がりましたね!」

「え、なにもしてないあなたも?」

「チェインアタックの賜物ですよ」

「ここはAWO内じゃないでしょうに」


 遊んでるゲームの中では戦闘の役に立たなくても、次の人に攻撃を繋げることで経験値を得るシステムだが、こっちでも使えるものかと頭を捻る。

 それはともかく、上がったレベル。

 何ができるようになったかをさっそく確認してみましょうか。


┏━━━━━━━━━━━━━┓

 ユウジロウ・ササイ

 レベル2

 称号:なし

 スキルポイント:☆☆☆☆☆

┣ーーーーーーーーーーーーー┫

 <アイテム・情報>

 なし

┣ーーーーーーーーーーーーー┫

 <武器>

 パタークラブ

┣ーーーーーーーーーーーーー┫

 <スキル>

 なし

┣ーーーーーーーーーーーーー┫

 <獲得可能スキル>

 ☆コアクラッシュⅠ【斬・壊】

 ☆挑発Ⅰ【怒】

┗━━━━━━━━━━━━━┛


 パッとみただけでもよくわからない。

 スキルポイントの☆を消費してスキルを獲得するのだろうけど、どうにも選べるスキルに思い当たる節がありすぎた。

 これってもしかして、レベルが上がる直前までの行動がスキルとして獲得できる感じなのだろうか?

 それにしても挑発……全く記憶にないんだけど?


「笹井さん、なに取得しました? 私は一応攻撃スキルっぽい奴を二つ取りましたよ?」


 ふっふっふ、とイキりまくる欽治さんに、この人こそ挑発が相応しいだろうと思わなくもない。


「え、二つも出たんですか? いいなぁ。私なんて一つですよ? コアクラッシュでしたか? 斬・壊の属性を持つ物理アタックです」


「え、属性二つとか狡くありません!?」


「日頃の行いの成果ですよ。欽治さんのはどんなスキルなんです?」


「霞斬り【殴】と、振り回す【殴】範囲です」


 まるでダメージを与えられなかったからか、霞を切ってるようなものなのと、あとはドライバーを振り回してたことから得られたものかな?

 名前に対して強そうなのがずるい。

 挑発に関しては彼も持ってるだろうと思い、私は取得しなかった。


┏━━━━━━━━━━━━━┓

 ユウジロウ・ササイ

 レベル2

 称号:なし

 スキルポイント:☆☆☆☆

┣ーーーーーーーーーーーーー┫

 <アイテム・情報>

 なし

┣ーーーーーーーーーーーーー┫

 <武器>

 パタークラブ

┣ーーーーーーーーーーーーー┫

 <スキル>

 コアクラッシュⅠ【斬・壊】

┣ーーーーーーーーーーーーー┫

 <獲得可能スキル>

 ☆挑発Ⅰ【怒】

┗━━━━━━━━━━━━━┛




 あれから、洞窟のあちらこちらでスライムと遭遇した。

 スライム、と言っても色が違えば攻撃方法も多彩。

 青いスライムはブルージェル。赤いスライムはレッドゼリー。

 黄色いスライムはゴールドボール。黒いスライムはダークジュレ。

 緑のスライムがグリーンポッド。


 名前も似てるようでみんな違う。

 一つ名前的に危ないものもあるが、なぜイエローボールにしとかなかったのか疑問である。


「緑の奴は魔法を使ってきますので気をつけて!」


 スライムの中でも1番厄介なのがこのグリーンポッドだ。

 自身を中心に円を広げ、その中に入った対象の足元に根を広げて縛り付けてくる恐ろしい拘束魔法。

 拘束時間は10秒と短いが、その間無防備にならざるを得ないので特に注意が必要だった。


 なんせこのグリーンポッド、やたら群れて現れる。

 なんだったら複数のスライムと混ざってくるものだから、どうしたって混戦になった。

 だが、こういう時にこそ役に立つのが我らが欽治さん。

 振り回すは【殴】効果だが、範囲攻撃なので魔法の拘束を解くことが可能なのだ。

 そして私のコアクラッシュはスライム特攻。

 態勢を崩したグリーンポッドを一匹づつ始末した。

 あとは金塊を落とすゴールドボールを倒せば一件落着。


 しかしこのゴールドボール、倒されそうになると即座に逃げ出す特性を持っていた。運良く倒して得た金塊は、スキルのグレードを上げるための素材。

 これによって私はコアクラッシュのグレードをⅢまで上げており、スライム系統のワンターンキルを可能としていた。


「ゴールドは絶対に逃さないで!」

「この、すばしっこい!」

「魔法があればいいんですけど!」

「ゴルフクラブを振り回してる限り無理でしょうね」

「そこ、わかってることをいちいち口にしない!」

「ああ、逃げられた!」


 戦闘終了。

 上がるレベルアップのメロディ。

 増える獲得可能スキルの中に並び立つ物理攻撃群。

 私達の探索はまだまだ始まったばかりである。

 

┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓

 ユウジロウ・ササイ

 レベル9

 スキルポイント:★★★

         ☆☆☆☆

┣ーーーーーーーーーーーーーーーーーー┫

 <アイテム・情報>

 ◯金塊【スキルグレード+1】

 ◯光苔【武器グレード+1】

 ◯スライムコア【属性付与・食欲解消+15%】

 赤【火・林檎味】/青【水・檸檬味】

 緑【木・抹茶味】/黒【闇・珈琲味】

 金【光・バナナ味】

┣ーーーーーーーーーーーーーーーーーー┫

 <武器>

【火】パタークラブ【斬・打】Ⅱ

┣ーーーーーーーーーーーーーーーーーー┫

 <スキル>

 コアクラッシュ【斬・壊】Ⅲ

 草刈り【斬】範囲Ⅰ

 クリーンヒット【打・貫】Ⅰ

 食いしばり【減】Ⅰ

┣ーーーーーーーーーーーーーーーーーー┫

 <獲得可能スキル>

 ☆挑発Ⅰ【怒】

 ☆☆☆煽り芸Ⅰ【怒】範囲

 ★消火Ⅰ【殴・貫】火特効

 ★伐採Ⅰ【斬・貫】木特効

 ★水切Ⅰ【斬・貫】水特効

 ★剣閃Ⅰ【斬・貫】闇特効

 ★漆黒Ⅰ【斬・貫】光特効

┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛

 

 ドロップしたコアを拾い、空腹を満たすべく口に運ぶ。

 スライムコアは、本当は武器に属性を付与することができるのだが、お腹に入れることで空腹も満たせる魔法の食材。

 色によって味も違うので、飽きることはないのも特徴だ。

 そしてそこらへんに落ちてる光源の一つ、光苔も強化素材になり得た。


 最初は光源にするべく集めてたんだけど、例の如く画面がポップアップして、強化素材であることが判明した。

 まぁ、レベルが上がるたびにダンジョン内の奥行きが見えるようになったから問題は無くなったんだけどね。


 まるで肉体がダンジョンに適応したみたいな感覚である。

 ちなみに特攻系のスキルは、武器に属性を付与して相手を殴ってたら勝手に生えた。

 わざわざ取ってないのは、普通に付与して殴った方が早いから。


 因みにスキルポイントの☆は10個貯まると黒塗りになる。

 そして始まりのダンジョンの横についた☆の数は★☆☆☆☆。

 これ、普通に難易度五段階のうちの1段階くらいに思ってたけど、スキルポイントと同じトリックなら14とかになるのかな?

 とはいえ憶測の域を出ない。

 気のせいってこともあるしね。


「僕たち、随分ここに馴染んできましたけど、最深部に近づいてるんでしょうか?」


 抹茶味のコアをもぐもぐしながら欽治さんが呟いた。


「さぁ? いろんな色のスライムを見ますが、どこがゴールかも知らないですし」

「そういえばそうですね。帰ろうにもどこを歩いたかも覚えてません」

「マッピングが得意な人を連れてくるべきでした」

「あの人は引退もせずにAWOにひきこもってますよ」

「でしょうね」

「いつまでも若くないのに」

「それは言わない約束という奴です」


 私の同級生である長井君はゲーム内でも頼れる相棒だった。

 情熱的な一面を持ちつつ頑固者。その癖変人と来ているので周囲を振り回す事においては右に出るものはいない。

 そんな彼がようやく夢中になれる居場所を手に入れた。

 親友だからこそ、応援してやりたい気持ちもあるのだ。


「と、今まで以上に大きな間取り。これはひょっとするとひょっとしますかね?」

「どうやらビンゴのようです」


 大きな間取りの中央には、一際大きなスライムが鎮座していた。

 私達は武器を握りしめ……それに向かい合う。


 ◇◇◇


 同時刻、世界を大地震が襲っていた。

 集合マンションに暮らす一般人は避難勧告の出されるアナウンスに従って地下シェルターへと誘導される。

 しかしそこで人々が見たものは……VRの世界と同様に動く肉体と、レベルの表記されたステータス画面だった。

 訳のわからない人々はすぐさまSNSにアクセスし、情報を交換し合う。


 そこで一つの情報がもたらされた。


 それは現実世界に起き異変にまつわる事象であり、なんら確証のないデマ。

 この世界にもゲームのような異世界的空間ができた。

 空気中に蔓延するウイルスに打ち勝つ抗体ができたのだ。


 根拠のないデマだと判断するにはあまりにも都合が良すぎた。

 そして、人々の脳内に鳴り響くアナウンス。



<始まりのダンジョンがクリアされました>


<世界がグレードアップされます>


<世界にレベルが継承されました>


<世界にスキルが継承されました>


<世界にダンジョンが出現しました>


<世界に魔法がアップデートされました>


<ダンジョン内に無数の資源がポップしました>


 その信じられない脳内アナウンスは一夜にして全世界に広がり、人々はダンジョンを求めて旅立つのだった。


 そして始まりのダンジョンをクリアしたたった二人の老人は……


「いやぁ、驚いた。最後にあんな仕掛けがあるなんて」

「出口を探す心配はありませんでしたね」


 現れた魔法陣から、パターゴルフ場へと無事帰還していた。

 手には強化済みのパタークラブと、幾つものスキルを携え日常への帰還を果たす。


 だから世間が大ダンジョン時代に移行したことを知らず、お茶の間でその発表を聞いて、思いっきりお茶を吹き出すのであった。





 帰宅すると、いつになく騒がしい末娘の由香里がなにやら熱心に情報を漁っていた。

 朝方のダンジョンアタックが終わる頃にはすっかりと日は宙天し、しかしスライムコアを食していたのでそこまで空腹ではなかったのも幸いした。


「ただいま。どうしたの、そんなにデバイスに齧り付いて」

「あ、お父さん! さっきの天の声聞いてないの? もう世界中大騒ぎだよ?」

「寺井さんとパターゴルフに夢中になってててね(叩いていたのはボールじゃなくてスライムだけど)」

「もう、相変わらず事件の外にいるんだから。でも大きな地震あったのは知ってるでしょ? 町中で避難勧告が出る規模よ?」

「地下シェルターの出番が出た訳だ。美咲たちは?」

「一応学校よ。VR学園だから地震さえおさまれば問題なく授業になるのが強み、とはいえパニックになった子はいるだろうから休む子も多いでしょうね」

「ゲームでそういうパニックにも慣れてるだろうに」

「現実ではそうもいかないのよ。私達の肉体はそこまで強靭にできてないでしょ? お父さん、ステータスって出せる?」

「うん? ゲームじゃないのに出せるのかい?」


 欽治さんと帰る前に一度口裏を合わせて正解だったな。

 今日起きたことは二人だけの秘密にしようと、彼らしくもない提案に乗ったのも記憶に新しい。


「それが出せるようになったみたいなの。他人のは見えないらしいから、念じるだけでいいのだけど」

「あ、ほんとだ。出るね」


┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓

 ユウジロウ・ササイ

 レベル12

 称号:スライムキラー、ジャイアントキリング

 スキルポイント:★★★★★

         ☆☆☆☆☆

┣ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー┫

 <アイテム・情報>

 ◯金塊【スキルグレード+1】

 ◯金塊・大【スキルグレード+3】

 ◯光苔【武器グレード+1】

 ◯スライムコア【属性付与・食欲解消+15%】

 赤【火/林檎味】青【水/檸檬味】

 緑【木/抹茶味】黒【闇/珈琲味】

 金【光/バナナ味】

┣ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー┫

 <武器>

【火】パタークラブ【斬・打】Ⅱ

┣ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー┫

 <スキル>

 コアクラッシュ【斬・壊】Ⅲ

 草刈り【斬】範囲Ⅰ

 クリーンヒット【打・貫】Ⅰ

 食いしばり【減】Ⅰ

┣ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー┫

 <獲得可能スキル>

 ☆挑発【怒】

 ☆☆☆煽り芸【怒】範囲

 ☆☆☆☆☆ドヤ顔【憤怒】

 ★消火Ⅰ【殴・貫】火特効

 ★伐採Ⅰ【斬・貫】木特効

 ★水切Ⅰ【斬・貫】水特効

 ★剣閃Ⅰ【斬・貫】闇特効

 ★漆黒Ⅰ【斬・貫】光特効

┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛


 ボスのジェネラルゴールドボールを討伐した時の称号まで合わせて出た。

 ボスだから逃げないし、欽治さんとこぞって殴り倒したものだ。

 間取りが広いと言っても、道中の細い一本道に比べてだから袋の鼠なのだ。

 二人して金塊・大を入手したのはいい思い出だ。


「どんな感じ? 肉体の強度とか」


 由香里は自身が現実世界から引き籠るまでに至る体験をしているからこそ、外に出るのが怖いのだろう。

 第一世代と違って、第二世代のこの子達のホームグラウンドはVRだ。

 孫の美咲たちはVRしか知らないまである。

 なので会社勤めをリアルで過ごしてきた私の率直な感想を聞きたいのだろうね。


「そうだねぇ、今日のコース周りはすこぶる調子が良かったよ。柄になくゴルフバッグを持ち回って移動したくらいだ」

「キャリーカーもなしに?」

「普段は勝手に付いてくるそれらに任せるんだけどね。不思議と疲れなかった」

「なるほど、秋人さんにも聞いてみるわ。それよりお腹は空いてない?」


 ちょうどお昼ご飯の支度をしていた娘は、私の好物を掲げて提示した。

 私は二つ返事で頷いて、手洗いとうがいを徹底する。

 こうも徹底するのは愛する家族の身の安全を守るためだ。


 第一世代の私に取ってはなんてことないが、除菌室で育った娘や娘婿、孫娘にはそれが通用しないからね。1番上の娘の元で暮らしている妻からも釘を刺されたものだ。


 昼食後、娘に習って情報を仕入れる。

 早速外に出て歩いたという報告が何件かある。

 第二世代〜第三世代の中間に当たる二十代の若者が中心になり、コミュニティを築いたようだ。


 人の手が行き届かなくなったリアルは、少し住宅街を離れただけで魔境のように見えるのだろう。

 ファンタジー世界や空想で作り上げたVRに親しんだ世代故に、捉え方が少し変わっていて面白い。

 まるで攻略記事か何かのように第一世代の築き上げた偶像をバッグに記念撮影をしていた。若干我が物顔である。


「何か面白い記事でもありましたか?」

「あ、秋人君。会社は?」

「緊急家族会議の為、早退しました」

「それは大変だ。私にも何か手伝えることがあるかい?」

「お義父さんはそこにいてくれるだけでいいです。由香里、美咲は?」

「まだ学校よ。そろそろ帰ってくる頃だと思うんだけど」


 VR学園はお腹が空いても給食は出ない。

 お腹を膨らませるのは現実でしか出来ないためだ。

 その為、昼食時には顔を見せるのが社会の基本。

 特に下条家では食事の際、全員揃って“いただきます”をいうのがルール。


 うっかり朝食を抜いた私が言えることではないけどね。


「ただいま! お父さん、お母さん、おじいちゃん! 聞いた? ダンジョンだよ、ダンジョン!」


 学園でもその話題で持ちきりだったのだろう、ゲームで培った運動神経を活かすのは今しかない! と言わんばかりにワクワクした表情を見せる美咲。

 今日の授業のことを聞いても、多分あまり頭に入ってないだろう。


「まずお手洗いしてきなさい。お昼ご飯を食べたらお父さんからお話があるそうよ」

「分かった!」


 きた時と同じように、ダダダッと廊下を爆走する孫娘を微笑ましく見送り。

 同じように帰ってきていただきますをご一緒する。

 娘の食事はまだなので、私は食後の情報収集に勤しんだ。


 情報の精査を終える。

 どうやら早速大手の企業がダンジョン探索のための装備品の製作に手をつけたようだ。寺井電気も言わずもがな参戦している。

 欽治さんが社長を務めるグループの一つだ。


 あの人、アレで大会社の社長なんだよね。

 会長職に居座って、息子さんにあれこれ指示出しをするパワフルおじいちゃんだ。本人は引退する気満々なのに、息子さんの方が縋り付いてきて会長の席を用意されたと言っていた。

 なまじ優秀なもんだから後続が育ってないそうだ。


 そして食後の緊急家族会議では……


「週末ピクニック?」

「うん、我が家でも週に一度。日曜日くらいはダンジョンに行っておこうという計画を立てておく必要があると思って」


 本日はまだ月曜日。

 ワクワクする孫娘はそれを聞いてスン、と目が死んだ。


「楽しみにしててくれたんだろうけど、その日まで先延ばしにする理由はいくつかある。まず、リアルダンジョンの危険度が未知数だということ。会社勤めの僕や、学生の美咲はそちらを優先するのは建設的ではない。ゲームと違い、命の保証はないんだ。分かってくれるね?」

「はぁい」


 やや重たい空気。


「でも、それ以外理由もあるのでしょう?」


 由香里のナイスアシストで、秋人君は水を得た魚のように語り出す。


「勿論さ。それが武器防具の調達ができないという懸念点だ」

「あ、そういえばそうだね。あたし現実で武器持ったことない!」

「僕だってそうさ。だから期間を置く必要がある。ゲームで得た技術をフルに使って、今はどんな武器がダンジョンに通用するかの試用期間だ。安全性が確保されるまでは勝手に行っちゃダメだよ?」

「そうだね、分かった!」


 孫娘の元気のいい返事の横で、ゴルフクラブ片手に突撃した私たちはどれほど無謀だったのかと、今になって怖くなってきた。

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