もふもふと始める、ゴミ拾いの旅【異世界】
「ルーク! 授かったスキルがゴミ拾いだと言うのは本当か!?」
「はい、父様。ですがこのスキル、成長の余地はあります。僕に時間をください」
「今すぐにパンを錬成できるスキルか? 今すぐに魔獣を討伐して金を獲得できるスキルか?」
「流石に今すぐと言うわけには……」
「なら出ていけ! 無駄飯食いはうちの家族にいらん!」
僕を外に放り出し、扉が閉まる。
まだ外は肌寒く、羽織るものひとつ貸し出す余裕すらなく、僕は家族の一員という俗柄から外された。
怒りっぽいけど、才能さえ見せればまだ関係は繋ぎ止めれたけど、遅かれ早かれこういう結末になることは知っていた。
だって、その光景を幼いながらに見てきたのだから。
父がどうしてそう結果を急ぐのかと言えば、産んだ子に使えるスキルが宿らないと、厳しい自然に飲み込まれてしまうから。
その為にモンスター討伐ができる素養を欲していた。
モンスターの肉は食せないので、代わりになる食料の達成手段も同時に求められている。
両親は貧乏になろうとも子供を作り続ける。
その子供を養う為にも食料が必要不可欠。
まるで当たりを引くまでガチャを回すような愚かさだが、そんな手段を取らなきゃいけないくらいに切羽詰まっているのは一緒に生活してれば誰だってわかることだった。
「やっぱり追い出されたか、ルーク」
「その声は、アスター兄さん?」
長兄アスター。
五人兄弟の中で稼ぎ頭である長兄が、モンスター討伐の依頼をこなして帰ってくるところだった。
「なんでもゴミ拾いなんてスキルを授かったんだって? そりゃ親父も怒るよ。お前は出来る子だから、絶対にスキルもいいものがもらえるって期待してたんだ」
「そうだったんだ……僕、相当恨まれてる?」
「どうだかなぁ? あの人は鬱憤をオレらで晴らしたいだけだからよく分からん。真面目に働いてれば暮らすのは難しくないんだが、欲に目が眩んで前が見えてないんだ。家のことはオレに任しとけよ。で、そのスキルはどんなことができそうなんだ?」
「僕を無能となじらないの?」
「お前はオレの可愛い弟だぜ? オレは親父と違うんだ。家は追い出されたが、外で暮らしていくんならどうしたって顔を合わせるだろ? それにのたれ死んでたら寝覚め悪いしよ」
「ありがとう、兄さん。でも実は僕の方も迷ってて」
「確かにゴミ拾いだなんて聞いたことねーもんな。よし、ちょっと一緒に行くぞ」
「どこ行くの?」
「お前を冒険者にしてやる。推薦人はオレだ。これからは家の後ろ盾なしでやってくんだ。冒険者ってのは最低賃金で働くろくでなしが多いから後先考えないで犯罪に走る奴が多い。後ろ盾が強力であればあるほど騙そうとしてくる奴らは減る。オレの名前はまだそれほどじゃないが、全くの後ろ盾なしよりかはマシだろ?」
ニッと笑う兄さんに手を引かれ、僕は実家から半日かけた場所にあるポドックの街で冒険者ライセンスを手に入れた。
「はい、これがあなたのライセンスよ。無くしちゃダメよ?」
「ありがとうございます」
受け取った一枚のカードには地位を示すランクと、直近の依頼、依頼の成功数、失敗数などが記されている。
僕はまだ一度も仕事をしてないのでまっさらだ。
「本当にアスターさんの弟さんなんですか?」
「オレに似ずにまっすぐ育ってくれたんだけど、スキルがなぁ」
ライセンスをじっと見てたら、真上からそんな会話が聞こえた。
僕の授かったスキル。
ゴミ拾いについての話題だ。
父さんから見限られたスキルである。
ここでも見放されたらと思ったら身が強張る思いだ。
「ゴミ拾い、ですか」
「珍しいスキルなんですか?」
「聞いたことはないわね」
やっぱり誰も使い方がわからないんだ。
読んで字の如くゴミを拾うだけなんだろうか。
「まぁ、そこは追々な。今日は半日歩き通しで疲れたろ? 飯を奢ってやる」
「いいの?」
「ここは兄ちゃんに任してくれ。ミキリー達は酒場か?」
「そうですね、今の時間でしたら」
「じゃあ夜分遅くに邪魔したな。明日から弟のことは頼むわ!」
「ええ、こちらこそよろしくお願いします」
受付のお姉さんに会釈をして、ギルドを出ると酒場に向かう。
そこで酒場の一番騒がしい場所にズンズン向かう兄さん。
「ミキリー!」
「アスター? どうしてここに。実家に報告しに行ったんじゃないの……そこの子はどこから攫ってきたんだい」
開口一番失礼な物言い。
これが今の兄さんの仲間?
ムッとしていると、僕の頭に分厚い革手袋が置かれた。
「ミキリー、こいつは弟だよ。オレに似ずにまっすぐに育ったんだが、スキル関連で親父とぶつかっちまった。しばらくうちで預かるからよ、よろしく頼むわ」
「ルークと言います。よろしくお願いします」
「アスター、これがお前と血が繋がってるって聞いて誰が信じるんだ?」
「本当だって、あーもう。確かにオレは出来が悪いよ! だからこそ弟にいい顔したいんだ。頼むよ!」
兄さんはその場で跪くと床におでこをくっつけるほどに頭を何度も下げる。
僕もその横で同様に頭を下げた。
お姉さんとお兄さんは、顔を見合わせて肩を竦めた。
「しょうがないね、リーダーの頼みだ」
「良いのか!」
「その分、弟の食い扶持はお前の財布から出すんだな。割り勘の申請は受け付けないぜ?」
「ちょ、それとこれとは話が……」
「いいや、違わないね。ただでさえ今回のクエストは、失敗だった」
「失敗? 納品で何か弾かれたか」
「あんたがヒリング草だって言って聞かなかった半分くらいポイズ菜だったって話聞く?」
「やめろ、酔ってないのに吐きそうだ」
どうやら完璧に見える兄さんにも苦手分野があるみたいだ。
その日は兄さんにご馳走になりながら、なんとか役にたつ道を探した。
詳しく話を聞くと、今回の問題点は明確にヒリング草だと判断できる『目利き』が出来る人が居らず、うろ覚えで採取したもんだから予想した報酬を大きく下回ったらしい。
ヒリング草とポイズ菜はよく似ており、判断するには葉の形が丸みを帯びているか、微妙に尖っているか見極めねばならない。
素人目にはどちらも同じように見えるため、すごく扱いの難しいクエストとも言われていた。
そして査定額で大きな差を放つ。
ポイズ菜は一束40ゼニスなのに対し、ヒリング草は一束300ゼニス。
差はおおよそ八倍である。
「兄さん、僕がヒリング草の特徴覚えておこうか?」
僕に出来るのはそれくらいだ。
そう思って提案したのだが。
「悪い、言ってなかったな。お前はクエストには連れてかない」
「え、どうして?」
「まぁ、そうよね。道中は危険でモンスターへの対抗手段もなし。簡単に死ぬ未来が見える。そんで、こいつはあんたを大切に思ってる」
ミキリー・ハッシャさんがグラスを傾けながら代弁してくれた。それは残念。
「ゴミは大量に出るから居てくれたら助かるというのも本音です」
ストック・ナインさんがパーティ内の愚痴をこぼす。
居てほしい反面、戦力不足だから連れて行けない。
ついていくには自分の身は自分で守らなくちゃいけないんだ。
「余計なこと言うな。弟の面倒はオレが持つって話だろ?」
「実際の所、どんなスキルを与えられたんだい? それくらい知っても別にバチは当たんないだろ?」
「そうですよ、せっかくウチのパーティで面倒見るんです。別のクエストを案内するにも、得意分野は聞いておいて損はありません。ミキリー様は大変賢くてらっしゃる」
「テメェ! あたしに喧嘩売ってんのか、ストック!」
「滅相もございません。口より先に手が出るお嬢様にしては名案だと同意しただけです」
「やめろ、お前ら! 弟の前で。オレの株がみるみる下がるだろ!」
兄さんは今まで築き上げた地位が下がってると思ってるけど。
外の世界で働いて、僕たちの食生活に大きく貢献してくれた。
そんな兄さんを誰がみっともないと思うだろうか?
それと同時に僕の方でもスキルの説明をする。
ゴミ拾いの能力は、まず拾うゴミの設定から始まる。
拾う対象を選択し、コストを稼ぐ事で選択肢が増えていくようだ。初期段階で選べるゴミは多くない。
埃、カビなどだ。
設定したらあとは勝手に拾ってくれる。僕が手を伸ばした範囲に効果が適用されるみたい。
そう話すと、兄さん達は深く考え込む。
僕はそわそわしながら答えをまった。
「取り敢えず、宿に戻ろうぜ。アルコールが回っちまってうまく考えがまとまらねぇ」
「お嬢様の仰る通り、これは難しい問題です。ですが選べるゴミの選択肢によっては、化ける可能性もございます」
「本当か、ストック!」
「すべてはルークさんのスキル次第ですよ、アスターさん」
「そりゃそうだがよ、でも、道はあるんだな? 良かった、本当に良かった」
兄さんは僕の問題を自分のことのように向き合ってくれた。
この恩には報いたいな。
案内された宿は埃が溜まっていた。兄さん達はしょっちゅう遠征しており、掃除の類は料金に含まれていないとのことだ。
僕は早速ゴミに埃を選択して室内をうろうろした。
思った通り、スコアが上がった。
これが本当に強くなるのか微妙だが、今はストックさんの言い分を信じる他なかった。
「何してるんだ、ルーク。珍しいもんでも見つかったか?」
「ううん、埃がすごいなと思って。早速設定してみたの」
「悪いな、掃除する暇もなくて。でもストックの奴が何かやりたそうにしてたが、その分は取っておかなくて良かったのか?」
「どっち道、最初期に選択できるゴミの種類は少ないの。だから増やすためにはスコアを増やす必要があって」
「お前はそっちを選んだと?」
「ごめん、せっかく僕のスキルを役立てようと思ってくれたのに」
「いや、お前が判断したんならそっちの方が正しいだろ。オレもあれこれ命令したくないし。ここは実家じゃないんだ。もっと肩の力抜いて、大人の顔色無理して窺う必要ないんだぜ?」
「うん、ありがとう兄さん」
「貴族と違って平民のベッドは硬いが慣れてくれ」
「そこは大丈夫。最近生まれた妹の為に、僕のベッドは取り上げられちゃったから」
床に寝るのは慣れてるよ、と言う前に「あのクソ親父!」と兄さんは怒りを露わにした。
僕は気にしないで、って言いたかっただけなのに。
翌朝、起きたらスコアが『★0.00/☆2.00』となっていた。
スコアには★と☆があり、埃を拾って増えたのは☆の方。
どうすれば★が増えるのか見当もつかないが、拾っていくうちに増えたらいいな。
「おはよう、ルーク。よく眠れたか?」
「うん、朝食ももらってきたんだ、一緒に食べよ」
「お前は、すぐに環境に適応できて偉いな」
「僕も役に立ちたいからね」
大きくあくびをする兄さんは、あまりにも硬くて歯が折れそうなパンをよく揉み込んでから口に入れた。
そうやって食べるんだ。
てっきりスープかなんかで浸してから食べるもんだと思ってたよ。
硬いながらもなんとかお腹に入れ、食事を済ませる。
埃の温床だった室内は掃除したての室内のようにリフレッシュ。
埃がなくなるだけでこんなに空気が美味しいんだ、と二人して頷き合った。
「さて、情報を精査するぞ。ルーク、お前のゴミ拾いはゴミを選択できるんだったな?」
「正しくはスコアを消費して、とつくね」
「そのスコアっての次第ではなんでも拾うのか?」
「選択した時のスコアを満たしてれば……多分」
「そのスコアっていうのを集めるのが先か。この部屋を見りゃわかる、お前のスキルは成長させ次第で化けるって、オレでもわかる」
「そうなの?」
「オレの『皮剥き』もその類だ。最初は野菜や果実の皮をむいて過ごしたもんだよ。でも成長させて、今じゃ戦闘でも役立ってる。皮を何に見立てるかで戦況を大きく変えるんだ。親父には高貴な我々には不釣り合いのスキルだって追放されたけどな」
僕はその話を聞いて目を丸くする。
「兄さん、追放されてたの?」
「なんだ、知らなかったのか?」
「僕はてっきり、父さんと折り合いがつかなくて冒険者になったとばかり。それなのに実家にお金を入れてくれてたんだ?」
「あのクソ親父はどこでオレの噂を聞いたか、金になるとわかった途端態度を変えたんだ。弟、お前やセシルなんかがちゃんと食えるようにって金を入れてたのに、オレの気持ちを踏み躙ったんだ。許せねぇよなぁ!」
「落ち着いて、兄さん。僕は大丈夫だから」
「知らぬ間に妹までこさえて、要求金額倍になったんだぞ? これじゃまるでオレは実家の奴隷だ!」
「でも、僕達が三食口にできてたのは兄さんのお陰だから、そこは誇ってくれて良いんだよ?」
なんだかんだで兄弟思いの兄さん。
まさか父さんとそんな因縁があったなんて知らなかった。
「なるほど、スコアですか。それは盲点でした」
ギルドでミキリーさんやストックさんと落ち合うと、僕と兄さんは宿での出来事を共有した。
そこで出てきた懸念が、ゴミならなんでも拾えるものじゃない。
スコアによっては拾えないということが判明する。
ストックさんの持ち込んだアイテムは錆ついたワンドや虫食いの激しいスタッフだった。
僕の『ゴミ拾い』でこれらを修復できたら、ちょっとした小遣い稼ぎになったのにと落ち込んでいた。
虫食いは☆15
錆は☆3
油汚れは☆2だ。
「油汚れならギリギリ間に合いますけど」
「本当かい?」
「やってみますか?」
「よろしく頼むよ」
「じゃあ、お預かりします」
ストックさんからワンドをお借りして、頭の中でゴミ拾いの選択肢に油汚れを選択すると……
シュワッ
あっという間に油ぎったワンドの先端がサビだけになった。
ピピピ、とスコアも上がる。なんとたったの一回で☆1.00。
一晩部屋で過ごして埃を拾った時よりスコアの伸びがいい。
これは驚きだった。
「終わりました」
「本当に取れてるね。後は錆さえなんとかなれば良いけど」
「それでしたら、後二回ほど油汚れを取れば錆もいけるかもです」
「え、すごいね。油汚れの回収スコアは高いんだ?」
「埃の8倍くらいですかね」
「まるでヒリング草とポイズ菜だね」
僕の例えに、ミキリーさんが昨日の事をあげつらうように笑う。
兄さんはそれを聞いて苦い顔をした。
兄さん達の武器から油汚れを拭き取り、☆が3.00になったのを確認してからゴミの選択肢に錆も付与してもう一度握ると。
スッ
あれだけワンドにびっしりついていた青錆も綺麗さっぱり取れてしまった。
なんとこれだけで新品同様になったらしい。
兄さんは修繕費が浮いたと大喜びしていた。
僕も回収できるゴミを増やせて満足だ。
┏━━━━━━━━━━┓
<スコア>
★0.00
☆5.00
<指定ゴミ>
埃、油汚れ、錆
┗━━━━━━━━━━┛
「これならクエスト先も多少絞れるな」
「でも鍛冶屋のオッサンにバレたら殺されない?」
「バレなきゃいーんだよ、バレなきゃ」
「僕のスキル、鍛治屋さんに迷惑なんですか?」
さっきの今で急に不安になると、ストックさんが「そんな事ありませんよ」と宥めてくる。
「私達がルーク君に頼りすぎてしまう場合、本来仕事をお任せしていた鍛冶屋さんには仕事が入らなくなってしまう。ミキリー様はそれが巡り巡って私達に襲いかかると危惧しているんです」
「それは、考えもつきませんでした。僕がスキルを使いすぎると、他の人の仕事を奪ってしまう可能性があったんですね」
「ああ、もう弟は繊細なんだから気をつけてくれよ。まぁなんだ、そうやってなんでも抱え込みすぎるな。ミキリーの話は喩えだ。絶対にそうなるって話じゃない。でもスキルばかりに頼ってるとそうなる未来も無きにしもあらず。要は使い方を間違えなければいいんだ」
兄さんに言われ、僕はハッとする。
「兄さんもその事で苦労したの?」
「何度も殺されかけた。でも平謝りして今がある。ルーク、お前にはオレと同じ経験をしてほしくない。分かるな?」
「ありがとう、兄さん。僕頑張るよ」
「おう、がんばれ」
兄さん達とギルドで分かれ、僕はクエストのギルド内清掃を任された。
新しくカビを指定範囲に選択していく。
錆と油汚れは意識的に外した。
それがバレたら大目玉だからね。
一度採取する汚れを取得して仕舞えば、あとは洗濯することでゴミ拾いができてしまうのだ。
掃除が終わった事を伝えたら「もう終わったの?」と喜ばれた。
あまりにも早く終わったので手持ち無沙汰になってしまった。
そこへギルド受付に怒鳴るような声が降りかかる。
どうやら解体施設に持ち込まれた素材のほとんどがカビて使い物にならないと言う不測の事態だったようだ。
「あの、どうかされたんですか?」
騒ぎに僕が駆けつけると、対応していたネーネさんが困り顔で答えてくれたけ。
「あ、ルーク君。それがね、さっき納品に預けられてた毛皮や薬草類がカビが生えてて……どうもイタズラキノコの胞子を浴びたのが原因だって、ザムさんがご立腹で」
どうやら怒鳴り込んできたのは解体師のキリキ・ザムさんと言うお方。
ネーネさんは『ザムさん』と呼んでいるらしい。
「僕、カビならなんとかできるかもしれません」
「さっきのお掃除は見事だったものね、でも壁と毛皮、薬草ときたらただ擦って落とすわけにもいかないの。それができたら苦労しないのよ?」
「実は、部屋のお掃除は僕のスキルで解決したんです、力で拭き取ってません」
「まぁ、それは本当? それじゃあなんとかなるかもしれないわね。ザムさーん! 強力な助っ人を連れてきました」
「あぁん? 誰じゃおまいは。見ない顔だな?」
大きな体躯、その巨体から見下ろされる視線は威圧的で、絵本で読んだ皆殺しベアーと類似していた。
「ヒッ」
「こーら、せっかくルーク君が手伝ってくれるって言ってるんですから、怖がらせちゃダメですよ!」
「なんじゃ、ってネーネ嬢ちゃんか」
すごい、あんなにおっかない人に勇敢に立ち向かって行けるなんて。
僕も勇気を出さなくっちゃ!
「あの、ルークと言います。もしかしたら僕のスキルがお役に立てると思って、お話だけでも聞けたらと思って参りました」
「話もなんも、この胞子を被ったらお手上げよ。一斉にカビがワラワラと生えて使いモンにならなくなるんじゃ」
「でも、そのカビさえ消えればどうにかなるんですね?」
「坊主、何をするつもりじゃ」
「この子のスキルはゴミ拾い。指定したゴミを拾うことに特化したスキルなんですって。フロアの年季の入った壁や床は見違える様に綺麗になったわ。これはルーク君のおかげなの。ね、どうせ捨てちゃうんだったらダメで元々。ルーク君に任せてあげてくれない?」
「ぬ、ぬぅ。分かったわい、ネーネ嬢ちゃんに頼まれちゃあ断れんからの。坊主、やってみろ」
「お預かりします!」
僕は大きな毛皮を預かり、ゴミ拾いを作動させる。
┏━━━━━━━━━━━━━━━┓
☠️汚染された毛皮
<状態異常>
錆【対応可能】
カビ【対応可能】
キノコ胞子【☆18.00で取得可能】
【スコア☆5.00】
┗━━━━━━━━━━━━━━━┛
「カビだけじゃなく錆もありますね」
「……分かるのか?」
「そう言うスキルなので」
「ザムさん、毛皮って錆るんですか?」
「普通は錆ない。だが、こいつは魔核持ち。そいつが錆ついちまってるんだろう。それを一目で見抜いた。こいつは期待できそうじゃ」
「今の僕ではカビと錆までしか対応できません。胞子の方は、済みませんが……」
「何を言っとるか! それが取れるだけで蘇るんじゃぞ? それにイタズラキノコの被害に怯えずに済む素材が坊主のおかげで増えてくるんだ。喜びこそすれ、貶す理由なんかありゃせんわい。ささ、どんとやっとくれい」
「それでは行きます」
シュワ……
スゥ……
時間にして数秒もかからず、毛皮は本来の美しさを取り戻した。
そして同時にやったのも良かったのだろう、スコアが一気に11.00まで上がった。毛皮がたった一枚でだ。
これは何枚かやれば、イタズラキノコの胞子まで取れちゃうかもしれない。
「出来ました」
「なんと、もうか?」
「胞子の方ですが、もう何個か毛皮を任せてくれたら完全除去出来そうですが如何でしょうか?」
「そりゃ願ってもないことだ! ネーネ嬢ちゃん、この坊主は掘り出しもんだぞ、大切に扱うんじゃぞ?」
「勿論です!」
その日はザムさんの元で夕方近くまでお手伝いした。
本来の報酬を上回るお駄賃をもらってしまったのだけど良かったのかな?
でもお陰で、新しいゴミを除去できる様になったし、いいか。
<指定ゴミ>
☆埃
☆錆
☆油汚れ
☆カビ
☆キノコ胞子
☆根からし蟲
根枯らし蟲は薬草にくっついてた小さな蟲だ。
これを取ったらみるみるうちに本来の青さを取り戻したみたい。
お陰で薬草の査定に立ち会うお仕事まで貰っちゃった。
その事を兄さんに話したら「良かったな、認めてもらって」と自分のことの様に泣いて喜んでくれた。
僕も兄さんの役に立てて良かった。
いつかもっと役に立てる様になったら冒険に連れてってね?
「おはよう、兄さん」
「おはよう、ルーク。今日もお前は元気だな、ふあぁー」
大きなあくびをした後、頭に手を置かれる。兄さんなりの挨拶なのだろう。
「今日はどんなクエストを受けに行くの?」
「お、気になるか? 実はなー」
「うんうん」
随分と間を開けた後、実は今日は休みで買い物をする予定だと言う。
そこで僕に鑑定をして欲しいと言ってきた。
僕の方は逆に予定があって、ゴミ拾いの能力で解決して欲しいことがわんさかあるのだとネーネさんから帰る際に言付けされていた。
「そうなんだ、僕は昨日の今日で受けて欲しいクエストがあるって言われてて」
「お、稼いできたのは知ってたが、ギルドから随分な気に入られようじゃないか!」
頭を撫でる手に力が入る。なでなでというよりぐりぐりだ。
「痛いよ兄さん!」
「悪い、俺が先に目をつけたんだぞーって嫉妬してた」
「もう、僕は兄さんに拾ってもらわなかったら路頭に迷ってたんだし、兄さんを優先するに決まってるよ。ギルドのみんなは優しいけど、ちょっとだけ目が怖いから。それにクエストを選ぶ立場にあるのは冒険者の方なんだよね?」
冒険者になる時に兄に言われたセリフだ。
「そりゃ自分で食っていける様になってからだ。ランクが低いうちに恩を売っていけ。あとで世話してやった事を散々恩に着せてからわがままが言える様になる」
「じゃあ、受けたほうがいい?」
「受けたほうがいいが、仕事は3つまでだな」
「それ以上やっちゃいけない理由は?」
「先に自分の限界がどれくらいであるか知るべきだ。最初は三つまでって決めておけば、ギルド側も無理強いはしてこない。冒険者になったからには自立しなきゃならねぇ。今は俺が面倒見てるが、ずっとそばにはいられねぇからな」
「そうだね、じゃあ早く自立できる様になって、兄さんにうんと楽させてあげる」
「楽しみに待ってるよ」
朝食を終えたあと、ギルドまで一緒に歩き入り口前で別れた。
まだ僕の事を守る様に周囲に目を見張る兄さん。
僕はまだこの街に住んで日が浅いから、子供がどうしてこんなところに? って目で見られる。
この町で兄さんは顔が利くからその弟だって言えばある程度は理解してくれる。
けど、全く知らない人から見たら弟と名乗ってるだけのコバンザメだって思われてるのも事実だ。
だから僕は一日でも早く自立できる様に冒険者ギルドの門を叩く。
「おはようございます!」
先輩冒険者さん達が入り口を開けた僕を一斉に睨むのだけはまだ慣れないけど、
「いらっしゃい、ルーク君。待ってたわ」
ネーネさんから歓迎されて、ようやく僕は落ち着けた。
知り合いが増えるのって嬉しい。
だからこそ僕は仕事を早く覚えて顔を売らなきゃ、と思った。
ネーネさんに歓迎された僕は、早速クエストの案内を受けた。
まだGランクの僕は試用期間内。
外に出るクエストは受け取れないのらしい。
昨日はどれほどの実力か調べるためにギルド内のお掃除を任せてくれたけど、合格が出たので本格的にお掃除系クエストを消化して欲しそうだった。
「それで、水路掃除ですか?」
「うん、出来る?」
「どこからどこまでとかの範囲はあるんですか?」
「出来るだけでいいとの事よ。ここ最近トイレが詰まって逆流してくることがあるんですって」
「下水にはスライムを放っているんじゃ?」
この地域での便の処理は地下に水路を敷き、スライムのいる場所まで水魔法で流すというのが主流。
水路と言っているが、現状処理施設はスライムしかいないのだ。
だから原因があるとすれば、水路に別モンスターが混ざったか、スライムが野生化したかの二択なのである。
「そのスライムが悪さしてるんじゃないかって話なのよ」
「飼育したスライムが野生化した?」
「その原因を探るべく、調査に出てほしいみたいなの。もちろん戦闘はうちのギルド職員が受け持つわ。どう?」
「皆さんが困ってるのなら、引き受けましょう」
「ありがとう、ルーク君!」
「でも、兄さんから一日のクエストは三つまでにしておけって言われてまして……」
「あら、残念」
ネーネさんはあからさまに表情を曇らせた。
水路掃除の他にもまだまだたくさんの仕事があるのだと予感した僕は、兄さんの言伝がなかったら、ヘトヘトになるまで酷使される未来が見えて心から感謝した。
「彼が一緒に行ってくれる職員よ」
「ショウ・メツだ。あのザム爺が絶賛してたからどんな凄腕かと思ったら、本当に子供じゃないか」
「ルーク君はアスターさんの弟さんなのよ」
「まだまだ子供のルークです。この街のこともこれから知って行こうと思います。ショウさん、今日はよろしくお願いします」
「アスターさんの……そうか、どこか顔立ちが似てると思った。失礼な物言いをしたな」
「いえ、子供なのは事実ですし」
ショウさんはパチクリと瞬きし、ネーネさんと顔を見合わせる。
「この子は本当にアスターさんの弟なのか?」
「見えないでしょ?」
「どこかの貴族のボンボンかと思うほど礼儀正しいな」
「自慢の弟らしいから、あんまりいじめないであげて?」
「了解した」
何故だか納得されぬまま水路へ。
クエストの発注主との挨拶を済ませ、原因となる下水への入り口へと案内されるも、そこは匂いが激しく、入るのにもとても勇気のいる場所だった。
「随分とガスが溜まってやがる。堰き止められて随分と経つな、これは」
「不味いんですか?」
「火気厳禁てところだ。火属性魔法でも打とうもんなら、ここら一体大爆発だ」
「それはおっかないですね、じゃあ消します」
スキャンの結果、空中に漂うのはメタンガスというものらしい。
目に見えなくても消せるのは根枯らし蟲で実証済み。
今のスコアなら十分取得に間に合う。
「おい、待て」
「消しました」
「なに!? 本当に匂わなくなっただと?」
ショウさんは表情を顰め、酷い匂いをする場所を嗅ぎに行く自殺行為をした。
「あ、消えたのは僕の周りだけです。僕の腕を伸ばした位置までの範囲に適用されるみたいです。一度消したら暫くは匂わないはずです」
「凄いな。ゴミ拾いと聞いて、もっと物理的なものを思ってた」
「僕もそう思ってたんですけど、スキルを展開する時に、回収できる一覧が現れるんです。ゴミを拾う度にスコアという数値が現れ、新しゴミを回収できるかはそのスコアの数値が合えば新しく回収できるゴミが増えていくと言った形で」
「つまりスキル経験値を貯めてレベルが上がれば新しい系統スキルを覚えられる様なものか?」
「獲得できるのはゴミに限ります」
「それでも、この場において俺より役に立っている。この匂いじゃ奥に進めなかったしな。その点、お前のスキルで俺は前に進める。そこは誇っていいところだぞ?」
「ありがとうございます」
スキルの説明を終えて、新しく足元のぬかるみ、転ぶ原因のヘドロの回収をする。
ショウさんは随分歩きやすくなったと喜んでくれたようで僕も嬉しかった。
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