ネクロノミコン

野良犬太

旅の始まり

第1話 彼女の世界(AI挿絵あり)

森の中を走っている、誰か助けてと。


 私の事を助けてほしいのではない、助けてほしいのは私の家族。

 私の家は唐突に氷のような結晶に包まれた、その透明な外枠の中に闇のように深い黒をため込んだ見たこともない結晶が私の家を襲った。


 どうしてそんなことになったのか全然わからない。

 私はただ走るしかなかった、母に言われたまま家を背にして、泣きながらここまで走ってきた。


 外の世界にはいろんな人が住んでいると聞いたことがある、世界は広いと読んだことがある、だから、だからいるはずだ、外の世界には私の世界を救ってくれるそんな人が。


 いるのなら早く、今すぐ見つかって、私の家を、家族を、世界を、救ってください。

 泣き崩れる私の前に影が差す。


「あんたを助けにきた、行くぞ、世界を知りに」

 彼は唐突に表れた。



 いつもと変わらない朝、いつもと変わらない母の笑顔、いつもと変わらない日常が今日も始まる。

 朝食をとり、軽い運動をして、魔力をはかる。母は慣れた手つきで私に装置をつける。


「今日も安定しているわね、とてもいいわ」

「フフッ、任せてよ、お母さんの血圧と違うわ」

「口の悪さも朝から好調ね」

 ---あれ?

 いつもならこれを言うと決まりごとのように怒ってくるのに今日は違った、なんだか優しい笑顔を浮かべていた。


「お母さんなんだか調子悪い?」

「調子?悪くなんてないわ、大丈夫よ」

 無理をしてるんじゃないかなと心配になったがこの程度気のせいだろうし、私はいつも通りにスケジュールをこなすことにした。


「じゃあ、コパン先生のところに行ってくるわ」

 ドアに向かい、いつも外の世界の事を教えてくれるコパン先生のところに行ってこようとすると母は私を引き留めた。

「まって、フレイ、今日一日は何もしなくていいわ」

 時々物を教えてくれる先生がお休みだからと何もしなくていい時間が生まれる時はあるが一日何もしなくていいというのは初めての事だ。


「何にもしなくていいの?今までこんなことってなかったじゃない」

 私が不思議そうにしていると母はにこやかに言う。

「今日は特別なのよ、それにフレイ、あなたの願い事叶えてあげるわ、私にできる範囲だけどね」


 どういう風の吹き回しなのだろう、こんな事今までなかったのに。

 きっと願いを叶えた後に母は私に無茶振りでもしてくるんじゃないだろうか、じゃあと私は母に無茶を言う。


「じゃあ、外に連れてって!」

 母は私をじっと見る、さすがにこれは無理か。

昔からずっと言ってるけど私はこの家の敷地から外には出してもらえたことがない、本を読んで外の世界に憧れていたがそんなわくわくした気持ちをかき消すくらい怖いところでもあると教えられてきた。

外には出れない、ここが私の世界。でも十分ここの生活は楽しい、ここにもいろんな人がいるし、先生もいっぱいいる、何よりとてもやさしい母がいる、私より年下や同じくらいの人がいないのは残念だけどそれでも満足してる。家族がいない、生きていけない、そんな人たちが外の世界にはいっぱいいると言うのだから。


「いいわよ」

「え?なんて?」

「だから、いいわよって」

 言われるはずのない言葉だと思っていたから聞き返してしまった。

 ---外に出られる!!


 今までの経験で完全にあきらめざるを得なかった夢が今日唐突に叶うことになった。

「やったやった!!夢みたい!あれ?もしかして夢?エイッ!」

 パチン


「痛いわ」

「夢じゃなーい!!」

 母が痛いと言っているのだから夢じゃない!


「お母さんフレイのその夢かどうかの判断の仕方どうかと思うのだけど」

「大丈夫よ、だって私の手も痛かったもの、お母さんと二人で外に出られる素晴らしい日なのにこれがお母さんの夢だったら嫌なの、だから二人で痛いと思えばどちらの夢でもないでしょ?」

「フレイ・・・」


 でもある不安が頭によぎった、だって何もかもが急だから、私の願いを叶えてくれて、さらに今までダメだダメだと言われてきた外に出ることも許されてしまう、理由がなきゃおかしい、もしかして・・・


「私お嫁に出されるの!?」

「どうしてそんな考えになったの」

「だってお嫁に出されるなら何かしてあげたいと思うのが親心ってやつでしょ?それに嫁ぐとなれば外に行かなきゃならないし!」

 私の言ったことに対して母は不敵に笑う。


「ふふふふふ、ばれたら仕方ないわね、そうよ、あなたは政略結婚させられるのよ!」

「政略結婚!?私政治的に利用されるの!?」

「ってばか、あなたが結婚したくらいで政治が動くほど暇な政権でもないわよ」

「だよねー」

「でも、せっかく外に出れるのだもの結婚してもいいってくらい素敵な人に出会えるといいわね」

「ふふふ、出会って見せますとも!私を待ってるのはどんな人かな、白馬の王子様かな、黒馬の王子様かな」

「それだと相手、馬の王子になっちゃうわよ」

「あ、そっか、白馬に乗った王子様、だね」

「でも王子様はそう簡単に会えないかもね、馬の王子よりは簡単かもだけど」


 二人でくだらないことを言いながらふと思った、誰かと出会うと言うことはこれからは外に出る機会が多くなるということなのかもと。


 今日一日だけ特別に外に出れるだけだと思っていた私はもっと気分がよくなってきた。


「他にはなにかないの、してほしいこと」

 外に出れるだけでもう満足だったのに、母はまだお願いを聞いてくれるみたいだった、本当にできる限り何でも叶えてくれるのだろうか。


「えっと、じゃあ、お母さんと一緒に料理作りたい!」

「料理か・・・私もできるか分からないけど、まぁやってみましょうか」

 私たちは基本的にコックのカジマさんに料理を作ってもらってるから料理なんてしたことがない、でも、本の中の女の子は料理やらお菓子作りやらを楽しんでやっている。


 カジマさんに厨房を借りクッキーを作ることにした、母も私も本を見ながらクッキーづくりに悪戦苦闘した。


(挿絵)

https://kakuyomu.jp/users/NORAKENTA/news/822139836922712917


 普段は手先が器用で注射や薬の調合も器用にやっている母だが、クッキー作りではなんだかわたわたと不器用な風に見えた。

 結局できたのは真っ黒な物体、手に持ち全力で折り曲げようとしても一切曲がらない。


「お母さんこれ、ダークマターってやつ?それとも新種の金属?世紀の大発見かしら!」

「ただの小麦粉の塊よ・・・なんでこんなに硬いのか分かんないけど」

 一応食べてみようと勇猛果敢な私の歯が黒い物体に襲い掛かった時


ビービービー!!


今まで聞いたことのない警報の音が鳴り響いた。


「お母さん、なにが起きてるの!?」

 慌てている私と対照的に母はいたって冷静だった、母はわたしの肩をぎゅっと両手で包み真っ直ぐに顔を見つめてきた。


「フレイ、ついて来なさい」

 母は私の手を引きながらいつもは立ち入り禁止になっている部屋の前に私を連れていく。

 私は前にこの部屋に入ろうとしたがどうしても入れなかった。

 母は扉の前に立つと何もない壁に手を当てる、すると壁からキーパッドが現れ、母は決められているのであろうパスワードを入力する。

 小さな振動音を警報にかき消されながらドアは上に上がって道が開ける。その奥にはまた同じようにドアがあり三回ほどパスワードを打ちドアを開けるというのを繰り返す。


 たどり着いた部屋はいくつものモニターがある部屋だった、部屋自体は薄暗く、少ない魔石電灯に照らされているだけ。


「ここの中ってこんなことになってたのね」

 随分厳重だったから私はもっとすごいものでも隠されている部屋だと思ったけど、あったのはモニターくらいなので少しがっかりした。


 モニターに目を向けると知っている場所や知らない場所が映っている、だけどモニターに映る映像のそこここに全く見慣れないものがある。


 結晶、氷のように透明なそれの中心には黒い塊が渦巻いている。


「お母さんあれは何?」

「わからないわ、さっきのクッキーが突然変異したのかしら」

 きっと非常事態だろうに母は冗談を言う、そしてじっとその結晶を見つめている、きっと母は楽しいのだろうとその表情を見て私は思った。


 母は新しい薬剤の調合や研究というものをしていると真剣な顔をしながら目の奥が笑っているようなそんな表情をするのだ、今しているのもその表情。


 私はまたモニターに目を戻すとまた違うことに気づく、人が倒れたり、座り込んだりしているのだ。だが見る限り血などは出ていない、もしかして家の中でガスでも発生したから警報が鳴っているのだろうか。


「お母さん!みんなが倒れてる!!」

 私が叫んでも母は何も答えなかった。

「お母さん!」


「・・・フレイ、そこの椅子に座って」

 そこの椅子、言われた場所を見ると壁が左右に開きそこから真っ赤な椅子が出てきた。


「お母さん、なにこれ!」

「これはね・・・」


 母の次の言葉を待ち私は唾を飲み込む。


「核シェルターよ!」

「核シェルター!?」

「ええ、ここはもうすぐ大爆発するわ!」

「何で!?」

「とにかく早く乗って!私も横に隠してある核シェルターに乗るから」


 訳が分からない。


 私は母に押し込められるように核シェルターとやらに乗り込んだ。

 座ると透明な蓋がかぶさるように降りてくる、母に聞きたいことはいろいろあるが切羽詰まっている状況だ、とりあえずは母も無事でいてくれるよう、これから核シェルターに乗り込む母を見つめる。


 母はモニターの近くに歩いて行った、あそこに横の核シェルターの開閉スイッチがあるのだろう。少しするとこちらに歩いてくる、あれっと思った、母は横にある核シェルターと言ったはずだ、なのに真っ直ぐこちらに歩いてくる、何か言い残したことがあるのだろうか。


「・・・お母さん?」

 ゆっくりといつくしむように透明な窓を撫でる母、私の顔をじっと見つめた後口を開く。


「ごめんなさい、全部嘘よ」

「全部嘘ってどういう」

「本当に全部。でも私にとっては本当になってしまった。許してね」

「だからどういう!」


 気づくと母は泣いていた、初めて見た、母が泣いているところは。


「これからあなたは外に出るの、いろんなことを知りなさい、いろんな人に会いなさい、これが母親として私にできる最後の行為・・・一緒に外に出れなくてごめんなさい」


 唐突すぎて頭が追い付かない、なんで、なんで、なんで、分からないことが多すぎて何を聞けばいいのか、何をすればいいのかわからない。でも分かることは一つある。


 母が私を何かから守ろうとしていること。


「私外出れなくったっていい!お母さんと一緒じゃなきゃ嫌だ!!」

「ごめんなさい・・・」


「願い何でも叶えてくれるって言ったよね!?だったら一緒じゃなきゃ嫌だ!!」

「ごめんなさい・・・!」


 謝り続ける母、私はどんどんと窓をたたきここから出ようとするけど全く開かない。


「フレイ、外に着いたらこの施設を背にして真っ直ぐ進んで、そしたら会えるはずだから、あなたを連れて行ってくれるはずだから・・・愛してるわ、フレイ」


 強制的に座るようベルトが体を締め付けてくる、そしてゆっくりと左右の扉が閉まっていく、最後母の背にある扉が壊されるのがかすかに見えた。


 私を乗せた核シェルターとやらは射出された。




おねがい。


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