♯2 異世界転生
過ぎるほど急激に変わった俺の世界を、そこが現実だと認識せざるを得ないほどには時間がたった。
しばらくここで過ごして、分かったことがある。
どうやら俺はいま赤ん坊で、ここは見たことの無い場所だということだ。確実に日本ではない。
もっと言えば、もともと俺の知っていた世界とすら違っているようだった。
俺の親?のような人達(食事や寝床を与えてくれているのだから、保護者には違いないだろう)の頭上には当然の如く猫耳が生え、しっぽが揺れている。
猫耳なんて俺のいた世界には2次元にしか存在しなかったものだ。
好奇心に負けて一度その猫耳を引っ張ったのだが、
「痛いにゃーーーー!!」
と悲鳴をあげられてしまった。本物なのだろう。
そして文明レベルである。
家電的なものが一切ないし、衣服も見覚えがないものだ。
もしかしてかなりの発展途上国? とも思ったが、猫耳が生えている民族は流石に聞いたことがない。
夢にしてはあまりに全てが生々しく映る。
薄暗い部屋によく馴染んだ、「異世界転生」という言葉が、急に現実味を持って襲いかかってきた。
非現実的な話だと思うし、そう簡単に受け入れられることでも無い。
ただここ数週間、数ヶ月(くらい経ったと思う)寝ても醒めてもこの夢は終わらないのだ。
そうなってくると、むしろいつまでも夢だ夢だと思う方が不自然だった。
昔からそういう創作物に馴染みのあった俺にとっては、特に。
不安になるにも飽きが来て、そのうちこの非日常な空間を楽しもうという余裕が湧いてきた。
夢なら夢でよし。現実だとすれば、よほど楽しまなければ損だ。
自分のことにも全項目あたふたしおわって、どうしようもないということに気づくと、今度は他人に注目しようという気が湧いてきた。
筋肉質な猫耳男はニコと言う名前らしい。
そしてその妹がミーア。
二人の苗字は「キャトレス」。よく似た顔と猫耳の印象にたがわず、血の繋がった兄妹のようだった。
二人とも矯正な顔立ちに、方向は違えど豊満な体つきで、さぞモテるだろうと思う。
主に二人とも男に。
では俺はこの二人のさらに弟で猫耳なのかと思えば、どうやらそれも違うらしかった。
この家にはもう一人、アリサという、小さな赤毛の少女が住んでいる。まだ未就学児であろうと予測できるほどには幼い。
真っ赤な赤毛の上には猫耳なんてなく、顔の横に人間の耳がついている。
ニコとミーアとは血の繋がりがないようだったが、彼女は俺を弟だと喜んでいた。
ニコやミーアも俺を弟だと言う。
観察していくにつれ、ここはどうやら小さな孤児院のような場所なのだろうと推察がついた。
あんな若い二人が、どうして血のつながりのない俺たちを育てているのか、まだ俺にはわからない。そもそも自分の出自すら、全くわかっていないのだ。
そこからさらに数ヶ月経つと、かなりこの世界のことが分かるようになってきた。
まだ話したり自分で移動したりすることは出来ないが、ニコたちの会話を聞いているだけで何となくわかることがある。
ミーアは本当に可愛くて優しいいい女だということだとか。
胸も大きいし、猫耳も可愛い。
俺やアリサのことをとても大事にしてくれる。
ミーアに愛されていると実感する時、俺は感じたことのないような安心を覚えるのだ。
昼間ニコが仕事に出ている間はほとんどミーアとアリサと過ごしている。
彼女は活発でよく笑い、俺やアリサの世話を焼いた。
日中は忙しく動き回って家事をして、夜に帰るニコを支えているようだった。
「この子全然泣かないにゃあ、表情も少ないし心配だよ……」
ミーアは度々おれを抱きながらそう言った。
誠心誠意優しく接してくれる彼女にそんな心配をかけるのは申し訳なかったが、既に二十何歳の脳みそでは、欲望のかぎり泣くというのは逆になかなか難しい。
せめてもと思いミーアに精一杯の愛想笑いをすると、ミーアはあまりにも大袈裟に喜んで
「てんっさいだにゃーー!!」
と目を輝かせていた。
親バカ(義姉バカ?)の気質があるようだ。
ニコはこの家族の大黒柱的な存在で、昼間は力仕事をしているらしい。
初めは筋肉ムキムキの男に猫耳があることに違和感を覚えていたが、暮らしていくうちに慣れてきた。
ニコの悩みはもっぱら金策の事だった。
アリサが寝た後、よくそのことについて愚痴を言っているのが耳に入ってくる。
どうやらこの世界にも学校というものがあるようなのだが、制度は日本と全く違う。
富裕層の子供が、大金をはたいて行く場所らしい。
最初から私立中学入学みたいなものだ。俺の弟のように。
アリサは賢いから学校に入れてやりたい。その期限はあと数年に迫っているが、その金をいかに用意するか――ということがニコの頭を悩ませているようだった。
この家は決して裕福でない。
アリサも親はおらず孤児だったようだが、金持ちの道楽で保護した訳ではなかったようだ。
むしろ貧しい暮らしの中で何とか切り詰めて俺たちを食わせてくれている。
そんな中でアリサの学費の捻出はかなり難しいだろう。
赤の他人であったはずのニコたちに苦労を押し付けて、アリサや俺の実の親は一体何をしているんだと言いたくなるが、それは今の俺が考えても仕方ない。
そんなにギリギリの状態なのに俺を拾わせてしまって申し訳ないと思う。
だがニコも俺に最大限愛を注いでくれていた。
寝床は過ごしやすく、与えられるミルクも美味かった――ミルクなんて飲んだの何十年ぶりだから品評出来るほど舌が肥えているわけではないが――ニコは俺にしきりにお前はきっと立派になるぞといい、そう言ったかと思えば、ならなくても幸せならばそれでいいと言った。
恥ずかしげもなくそう言われると、なんだかむず痒がった。
でも、俺がずっと欲しかったものは、それだったのかもしれない。
俺はこの人たちの「家族」として迎え入れられたのだ。
どういう状態で居たのかは分からない。ニコやミーアが拾ってくれなかったらどうなっていたのか、考えるのも怖かった。
あの日俺をハンマーで殴った双子の幼女、彼女たちと関係があることは疑いようがないだろう。
しかしあの子達が俺を迎えにくることは、待てど暮らせどなかった。
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