椿の下で
猫柳 星
第1話
プロローグ 雪の遊び場
村の外れ、山道の入り口に一本の椿が立っている。
冬でも緑をなくさず、雪を背負ってじっと立っているその木は、子供の僕にとって、少し怖くて、でもなぜか目を離せない場所だった。
その椿の下には、冬になると、ひとりの女の子がいた。
厚いコートに、毛糸のマフラー。
手袋の指先はほつれていて、裾には泥がついていた。
なのに彼女は気にするそぶりもなく、雪の上に座って笑っていた。
「今日も来てくれたんだ」
声は透き通っていて、でも子供らしい明るさが混じっていた。
僕がうなずくと、女の子は両手で雪をすくって、椿の根元にぱらぱらとまいた。
「赤い花が落ちたらさ、雪と混ぜるとすっごくきれいなんだよ」
僕も真似して雪をかき集める。白い雪の上に落ちた椿の花びらが、じわりと溶けて混じるのを見て、思わず声を上げた。
「ほんとだ、きれい!」
女の子はにこっと笑った。
その笑顔が見たくて、僕は毎日ここへ来た。
冬の間だけ、僕たちはいつも一緒だった。
でも春になると、女の子はいなくなった。
夏も、秋も、姿を見せなかった。
だから僕は知っていた。
彼女は――冬にしか会えない。
「また明日も、ここで待ってるね」
そう言う声を信じて、僕は毎日雪道を駆けた。
けれど、大雪警報が出たあの日。
どうしても椿の下へ行けなかった。
泣きながら両親に頼んで吹雪の中を探したけれど、木の下には誰もいなかった。
その日から、女の子は現れなくなった。
学校で話しても、友達も先生も誰も知らなかった。
大人に聞いても、「そんな子はいないよ」と笑うばかりだった。
エピローグ 雪の友達
――その日を境に、女の子は現れなくなった。
僕がどれだけ待っても、雪の積もった椿の下には、ただ冷たい風だけが吹き抜けていた。
「どうして、来ないの……」
小さな声でつぶやいても、返事はなく、白い息だけが宙に消えていった。
それから何度も冬を越した。
けれど、もう二度と彼女に会うことはなかった。
そして――時間は流れた。
大人になった僕は、ふとしたきっかけで村へ帰ることになった。
子供のころ、あれほど不思議で、心に焼きついて離れない“椿の下の女の子”。
誰も覚えていないその子のことを、僕だけが覚えている。
もし、あれが夢じゃなかったのなら。
もし、本当に存在していたのなら――。
椿の木は、まだあの場所にあるのだろうか。
僕は帰郷の荷をまとめる。
(第二話へつづく)
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