廃墟
――平成xx年刊行「週間オカルト・ミステリー大全 ◯月特別号」掲載記事より抜粋。
⬜︎ ⬜︎
某県沿岸地域◯◯町。この町の海岸線は、太平洋の荒波とプレートの隆起によって、特有の断崖絶壁を生み出している。
バブル期にはこの特異な風景を観光資源として活用しようと、開発業者がこぞってリゾートホテルを建てた。
しかし、観光需要の変遷の中で企業は徐々に撤退。今では、誰も訪う者のいない観光道路の向こう側に、無人の廃墟群が乱立している。
常識で考えれば、撤退理由は経営面である事は議論の余地は無い。
しかし、閉鎖される前から地元民の間で「あそこで奇妙な体験をした」と語る者が、後を絶たなかった。
当時を知る方から体験談を聞いて回るうちに、取材陣は、触れてはならない世界に入り込んでしまった事に気が付いた。
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◆元△△ホテル従業員 カシマ ヨシコさん(50代女性・仮名)
「私、当時フロント係だったんです。
その日は夜間の担当だったんですよ。ほら、当時は皆さん、時間を気にせず、深夜までお飲みになる時代でしたから。
それでも普段は、夜半過ぎにお客さんからお声が掛かることなんて、ほとんどなかったんです。
でも、その日は違いました。
奥で帳簿に目を通していたら呼び鈴が鳴ったんですよ。特に疑問も感じず『は〜い、ただいま。』とフロントに出てびっくりしました。
髪はボサボサ、ボロボロのワンピースを着た女性が立っていたんです。俯き加減で、ぼんやりと。
寝巻きにしちゃおかしいし、寝乱れたにしても、随分酷い有様でした。
まるで、ついさっきまで火事場にでもいたみたいな格好に、私はゾッとしました。実際、ワンピースの所々に焦げたような跡が付いていて、不気味だったのを覚えています。
その時、以前同僚が『このホテル……出るよ。』って言っていた事を思い出したんです。
まさか……と気を取り直して『どうかなさいましたか?』と声をかけたんですけど、女性は返事をしてくれません。
困っていると、女性が何か呟いているのが聞こえたんですね。何かなあと思って耳を近づけたんです。
どうやら『……みず……みず……。』ってずっと呟いているようでした。
ああ。深酒しすぎてお冷が欲しいのかな?と思って『今お持ちしますからお待ちください。』と言って後ろに下がりました。
変な客だし、早く対応しちゃおうと思って、簡易キッチンに置いてあった適当なグラスに水道水を入れて戻ったんですね。
『お待たせしました。』ってフロントに出たら、その女性はどこにもいませんでした。
何だ……酔っ払いの冷やかしか……。
そう思って、ふと右手に持ったグラスに目を落として、ゾッとしました。
波々と注いだはずの水が……一滴もなくなっていたんです……。」
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◆元⬜︎⬜︎旅館従業員 ノダ マサルさん(40代男性・仮名)
「俺がバイトしていたのは、あの辺でも小さい旅館でね。それでも当時は忙しかったもんですよ。
その旅館の風呂は見た目は綺麗ですが、それほど広くなかった。だから清掃は、普段から手慣れた人間が一人でやってたんです。
朝風呂の時間に間に合うようにとテキパキ作業をしていきます。一度お湯を落としてブラシで擦って……。当時は若かったですが、中々の重労働でしたわ。
ひと通り清掃が終わってお湯を張りながら、石鹸やシャンプーの補充をしていた時、ふと、目の端で何かが動いた気がしたんです。
虫でも入ったかなって、何気なく目を向けました。
途端に「うっ!」って呻いて固まっちまいました。
大きな背中でしたね。中年男性ですよ。鏡の前で、俯き加減に座っていました。
客じゃないのは一目で分かりました。風呂場で服を着たままでしたから。ヨレヨレのシャツが濡れて、肌に張り付いてました。まるで服を着たまま風呂からあがったみたいな姿でした。
俺は固まったまま、体が冷えていくのを感じました。
変な話ですよ。湯船にお湯を張ってるんですよ?浴室は蒸気で霞んでるのに、背筋がゾクゾクするんです。
でも、いつまでも待ってるわけにはいかない。こっちも仕事がありますからね。早くいなくなって欲しいんですよ。だから声をかけたんです。
『お客さん、何か御用ですか?入浴時間はまだなんですけど。』って。
お客さんじゃないのはわかってましたけど、他になんて声をかけたらいいか、わからなかったんです。
するとその男は、すっと立ち上がりました。
そして横を向くと、すぅっと進んで、そのまま壁の向こうに消えちまいました。
ゾッとしましたね。
最後まで顔は見えませんでしたけど、あれは見ちゃいけないものだった。
もう耐えられませんでした。仕事もそこそこに、浴室から逃げ出しました。
翌日バイトも辞めて、二度とあそこには近寄りませんでしたよ。」
…………………………………………
◆元漁業関係者 ヤマダ ヒロユキさん(70代男性・仮名)
「あの浜は、昔からおかしかった。爺さんの代から、あの辺りは近づいちゃいけねぇ、と釘を刺されとった。
若いもんは潮の流れがどうとか言ってたが、そうじゃねぇ……。
あそこは……人の世界ではねぇんだよ。
あそこが観光開発されるより随分昔の話だ。
跳ねっ返りだった従兄弟の兄ぃが、度胸試しにあの辺で素潜り漁をした。大人が漁に出ている隙に岩場に潜り込んだんだ。
一緒に行った悪友の話だと、その日は潮も穏やかで、海の底は宝の山だったらしい。
そりゃそうさ。元々この辺りの浜はどこも良く漁れる。誰も手を出さない漁場なら尚更だ。
だが、いくらも獲らねぇうちに、従兄弟の兄ぃが溺れた。
悪友は最初、ふざけているだけだと思った。
大して深くねぇ、視界も悪くねぇ海で、泳ぎの得意な兄ぃが溺れるわけがねぇと踏んでたんだ。
だが違った。兄ぃは必死にもがいて水面に出ようとしていた。でも何度顔を出しても、すぐに水中に戻っちまう。
悪友は、何か足に絡みついてるのかと思って、海に潜った。兄ィがもがいて泡だらけになった水中で、悪友は必死に兄ぃの足元を確認した。
そして……それを見た。
悪友は震えながら語っとったよ。
『最初はワカメが絡まってるんだと思った。でも違うんだ。岩の間から伸びたその黒い帯が、あいつの足に勝手に巻き付くのを見たんだ。
まるで意思を持っているみたいに、ずるりと這い出てアイツの足に絡みつく。
アイツは必死に振り解いて水面を目指す。だけど、あの黒いのは、面白がるようにまた伸びてきて、アイツを水面に引き戻すんだよ。
しかも、帯はどんどん増えていくんだ。海底の岩場から、珊瑚の影から、溢れ出すように黒い何かがどんどん出てくる。
俺も、気がついたら黒い帯に囲まれていた。
途端にグッ、と足を引っ張られた。慌てたせいで息が漏れた。苦しくなって俺は必死で手足をばたつかせると、運良く足を引っ張ってたものが外れた。
アイツを気遣ってる余裕はなかった。
とにかく空気が欲しくて、必死で水面を目指した。
水面に浮かび上がる直前、視界の端に、アイツが力尽きて、ゆっくりと沈んでいく姿がチラリと見えた。
俺は、なんとか岩場に手をかけると、必死で海から這い出た。打ち寄せる波を聞きながら、後悔で吐きそうだったよ。息を整える間も無く、俺はアイツの姿を探した。
水中に向かって、一縷の望みをかけてアイツの名前を呼び続けた。
一瞬、水中で黒い塊が動いた。
もしかしたらアイツが浮かんできたのかもしれない。
そう思って俺は必死にそれに手を伸ばした。
形がわかるほどそれが水面に近づいた時、俺は気がついた。それは、アイツじゃなかった。
真っ黒い塊の真ん中に、真っ直ぐな隙間ができた。
次の瞬間、そいつはすっと開いたんだ。
目だ。
間違いない。馬鹿でかい目だった。
水面から、人間の背丈くらいある目が、じっとこっちを見てたんだ。
もう、わけがわからんかった。
腰抜かして青い顔しているうちに、そいつは静かに海の中に消えていった。
随分長い事、そいつの消えた海をみつめていたよ。』
そのあと我に帰った悪友は大人たちを呼びにいった。
震えて歩く事もままならない悪友を見て、大人たちは何か察したようだった。
もちろん、村のもん総出で兄ぃの捜索はしたさ。でも、どこか諦めが混じっとった。知らせを受けた兄ぃの両親も、もう覚悟を決めてたようじゃった。数日後、捜索の打切りを言われた時も、ただ静かに頷くだけじゃったそうな。
それを教訓に、ワシらはしきたりを守ってあの場所には近づかんかった。
でも沖に出て、あの辺りをふと振り返ると、今でも時々、見えるんだよ。
海面からあの断崖に向かって、黒く異様な何かが、手を伸ばしている様子がのぉ……。」
…………………………………………
◆当時の宿泊客 ミヤコ ハルユキさん(30代男性・仮名)
「当時はまだ小学生に上がりたてでしたね。
祖母の喜寿のお祝いで、親戚揃ってホテルに宿泊してたんですよ。宴会場を貸し切って、大人たちは宴会騒ぎ。子供は子供で、従兄弟たちとはしゃいでましたね。
そのうち誰かが『かくれんぼをしよう。』って言い出したんですよ。宴会場は広かったし、ステージなんかもあったんで、隠れられると思ったんでしょうね。
『隠れるのはこの会場だけだよ。』って年上の子が言ってたんですが、私は何を思ったのか、みんなが隠れ始めると、一人こっそり、宴会場を脱け出したんです。
多分、突飛な事をして、皆の気を引きたかったんでしょうね。
廊下に出ると、忙しそうに動き回る従業員さんの間を縫って廊下を進みました。当時はまだ子供が一人でいても、大して気に留めなかったですからね。呼び止められもせず、ずんずん歩いていくと、エレベーターが見えました。
エレベーターのスイッチが押したかった私は、かくれんぼの事を忘れて駆け寄ると、下に向かうボタンを押しました。
しばらくすると、チンッと音がしてエレベーターが来ました。ドアが開いても誰も乗ってません。しめた、と思って私はエレベーターに乗り込みました。
狭いエレベーターに入ると、1階のボタンを押しました。多分、ロビーの売店に行きたかったんでしょうね。「閉」のボタンを押すと、エレベーターはガタガタと動き始めました。
楽しかったですよ。ちょっとした冒険です。
ワクワクしながらドアの上のランプが……3……2……と下がっていくのを見てたんですが、次の瞬間、エレベーターの灯りが一瞬消えました。
えっ……?って上を見上げると、すぐに電気はつきました。急な事でびっくりしましたが、エレベーターは普通に動き続けています。
何だったんだろうと……?と不安に思いながらも、階表示に目を戻したんですが、おかしな事に、どの階のランプも点いていません。
さっき見てた時は1階に着く直前だったのに、ランプはどの階も示しておらず、エレベーターは動き続けています。
どこまで下りるんだろう……?
中々止まる気配のないエレベーターに怯え始めた頃、やっとエレベーターが減速し、チンッと音がしてドアが開きました。
早く降りたかった私は、外を確認もしないで、ひょいとエレベーターを出ました。
出て振り返っても、エレベーターの中は普通でした。
そして、静かにドアが閉まると同時に、エレベーターの中の明るさも消えました。
そして私は、暗闇の中に残されました。
私は焦りました。てっきりロビーのあるフロアに降りたんだと思っていました。でも、あらためて周りを見回すと、そこはロビーなんかじゃありません。
ほとんど明かりのないエレベーターホールから、奥に向かって廊下が伸びています。
他の階の廊下はふかふかの絨毯が敷き詰められているのに、この階の廊下はコンクリートが打ちっぱなし。廊下の所々に、壊れたカートや破れたシーツが散乱していました。
何処からともなく、ゴオォォっという低い機械音のような音が響いていました。空気は生暖かく、ほんの少し嫌な匂いが混じっていました。
従業員用のフロアに紛れ込んだんだ、と思いました。きっと奥に厨房とかあって、生ゴミの匂いでもしてんるだろう。私は怖さを紛らわすために、そんなふうに考えてました。
いずれにせよ、大人に見つかったら怒られると思った私は、早々に上に戻ろう思いました。エレベーターに向き直り、暗い中、手探りで昇降ボタンを探します。
ない……。
背中に変な汗が伝うのを感じながら、私は壁一面を必死に触りました。やっぱり無い。昇降ボタンがどこにもない。
これじゃあエレベーターが呼べない……私は生唾を飲み込むと、小さな頭でどうするべきか考えました。
そういえばエレベーターの横に階段があったはず……と思い、私は壁伝いに階段へ続くドアを探し始めました。
でも、他の階ではエレベーター横ににあったはずの扉が、ここにはありませんでした。
焦る心をなんとか抑え込みながら、大丈夫……きっと廊下のどこかに階段があるはず……、と顔をあげ振り返ります。
廊下の向こうで、誰か横切ったのが見えました。
一瞬の事で不確かでしたが、当時の私と同じくらいの背格好の子供のようにみえました。
大人よりも子供の方が声をかけやすい。そう思った私は、廊下を進んでその子を探し始めました。
『ねえ!待ってよ!聞きたいことがあるの!』
声を出しながら進みます。大きな声で呼びかけるつもりが、怖さが先に立って、震えた掠れた声しか出ませんでした。今思い出しても、すごい恐怖でしたよ。
ものが散乱してるせいで、中々進めません。それでも、藁にもすがる想いで、子供の影を追います。
子供が消えた辺りの壁に、ドアがありました。多分このドアの向こうにいるんだろうと思って、何も考えずに開けました。
『ねえ、迷っちゃったんだけど……。』
そう言いながらドアを開けた私は、目の前に広がった光景に声を失いました。
そこは、大きな部屋でした。
客室だと思ってドアを開けたのですが、その部屋は、大広間並みに大きな部屋でした。
この部屋も絨毯は無く、無機質なコンクリートの床の上に、いろんなものが散らばっていました。
そして部屋の奥……本来壁があるはずの一面が丸々切り取られて、所々鉄筋が剥き出しになっていました。
ここが他の階なら、その向こうにオーシャンビューが広がっていたはずです。
でも……そこには外の景色なんかありませんでした。
皮膚……だったと思います。瞼、というべきかな。
こんなこと言っても、絶対に信じてもらえないのを承知で話しますが、確かにあったんですよ。
壁一面をぶち抜いた先に、とてつもなく大きな何かが。
おそらく大きな生き物の一部が、そこにあったんです。
最初はモニュメントか何かだと思いました。悪趣味な壁の装飾なんだって。
でもね……うっすら動くんですよ、それが。
まるで呼吸をするみたいにゆっくりと上下している。
眠ってているように見えました。夢でも見ているみたいに、分厚い瞼の向こうで、眼球が動いているのがわかります。
自分でも何を言っているのかわかりません。
でも確かにあの日、僕は目の前にあった『何か』に、生き物の気配を感じたんです。
私は混乱して動けませんでした。
こんな物、見たことも聞いたこともなかったし、下手に動いて気付かれたら……と思うと迂闊に声も出せません。
漏らしそうになりながら、ガクガクと震えていると、腕にふわりと暖かなものが触れました。
声を上げなかっただけマシですね。喉を引き攣らせながら触れられた方を振り返ると、男の子が立っていました。
おかっぱって言うのかな。少し古めかしい髪型の男の子が、心配そうに私の顔を覗き込んでいました。彼が、私の腕にそっと手を置いていたんです。
さっき横切った子だ……。そう思って私は口を開きかけましたが、男の子はシッと口元に指を当てると、静かに首を振りました。
そして、軽く私の腕を引いて視線で『行こう。』と促してきました。
ここにいちゃいけない、と言うことだと理解した私は頷くと、彼の後ろについてそっと部屋を出ました。
部屋を出て、ドアが閉まる直前、もう一度だけ、部屋の奥を振り返ったとき、私はゾッとしました。
壁の奥の主が、うっすらと目を開けようとしているように見えたからです。
幸い、それの瞼が開く前に、少年がドアを閉めてくれましたが、あのままあの部屋にいたら、私……どうなってたんでしょう。
ドアを閉めると、少年は何も言わずに私の手を引いてエレベーターの前まで連れてきてくれました。
驚いた事に、エレベーターはすでに開いていて、煌々とした光がフロアに差し込んでいました。
私は小走りになりながらそこに向かうと、急いでエレベーターに乗り込みました。
蛍光灯の光が、あんなにも頼もしく見えたのは、後にも先にもあの時だけでしたね。
振り返って少年と無事を祝おうとした時、少年がエレベーターの前で立ち止まっているのが見えました。
何をしてんるだろう?早くこんな怖いところから逃げようよ、と声をかけようとすると、少年は手を前に差し出し、首を振りました。
その時、私はやっと気がつきました。
少年の肌が奇妙なほどに青ざめ、生気を感じられない事に。
あっ……と私が思った瞬間、少年は一歩後退り、それと同時にエレベーターのドアが閉まりました。
ゴウンッとエレベーターは揺れ、静かに上に向かって動き出しました。
来た時と同じく、一瞬エレベーターが暗くなり、再び灯りがつく。
チンッと音がしてドアが開くと、そこは明るい光が広がる、元の宴会場のフロアでした。
狐につままれた思いでエレベーターを降りました。呆然とあたりを見まわしていると、向こうのほうから母親が走ってくるのが見えました。
そのあとは、こっ酷く叱られました。
どこに行ってたんだ、と散々聞かれましたが、私には答えようがありませんでした。
ついさっきまで見ていたものがなんだったのか……これだけ年月が経つのに、今だに答えが見つかりません。
現実だったのか、白昼夢だったのか……。
でも、今でも時々、アレが夢の中に出てくるんですよ。大概、アレはあの時と同じように眠ってるんですが、最近、あの目が開きそうになる夢を見るんです。
たとえ夢の中だとしても……アレの目が開いてしまったら、私、一体どうなるんでしょうね?」
……………………………………
⬜︎ ⬜︎
「先輩、原稿あがったんですか?」
「……ん?おう。編集長にも見せた。多分これでオッケーだろ。」
僕が声をかけると、先輩は背伸びをしながら、冷め切ったコーヒーを煽った。良い人だけど、どうも大雑把なところが玉に瑕だった。
それでも、取材に対する情熱は見習うべき所がある。
「その記事の場所、また現地取材しにいくんすか?」
「ああ。ルポ書いて、ちょっとしたシリーズ化するつもり。結構面白いんだよ、ここ。」
と言って、先輩は幾つかの写真を僕に渡した。
確か現地取材の時に提供された心霊写真だ。以前見た時はなかった物が混じっているから、おそらく追加で送られてきたのだろう。
無数のオーブが映ってる定番のものから、映ってる人の表情がわからなくなるレベルで黒い影が巻き付いている写真まで、よりどりみどりだった。
「すごいっすね、これ。本物ですかね?」
「さあな。どっちにしてもこのクオリティなら読者は喜ぶだろ。地元民の話はまだまだ取れそうだし、飯もうまい。ちょくちょく行って、しばらく取材旅行を満喫するぜ。」
「いいなぁ、僕も行きたいっす。」
「馬鹿野郎。俺はこれから未知の世界に飛び込むんだ。危険な旅にお前を巻き込むわけにいかないだろう?
経費でお土産買ってくるから、指を咥えて待ってな、ひよっこ。」
「ずるいっすよ。早く俺も取材行きたいっす。」
「はは、また今度な。」
⬜︎ ⬜︎
……そう言ってあの時、先輩は笑っていた。
葬儀が終わって、げっそりとやつれた先輩の奥さんに挨拶を済ませると、俺はヨロヨロと自分の車に乗り込んだ。
タバコを取り出して火をつけようとしたけど、在りし日の先輩の笑顔と、病室で怯えたように取り乱す先輩の顔がフラッシュバックして、胸が支える。
込み上げてきたものを抑えるようにハンドルに顔を埋めると、「先輩……一体何を見たんですか……?」と一人呟いた。
意気揚々と取材に行った先輩は、取材先で倒れている所を発見され病院に搬送された。そして……そのまま退院する事は叶わず、他界した。
その日の夕方、先輩は急に何か思い立ったようで、宿泊先から一人で例の廃墟に現地調査に向かったらしい。
「夜までには戻るから。」
そう宿の人に言い残して出て行ったが、いつまで立っても帰ってくる様子がない。何度携帯に電話しても返信はなく、心配した宿の人たちが様子を見に行った所、廃墟になったホテルの中で倒れている先輩を見つけた。
すぐに先輩は救急車で病院に運ばれた。幸い、どこにも怪我はなく、検査上では大きな異常はみられなかった。
でも、先輩は復帰できなかった。
端的に言うと……先輩は壊れてしまった。
意識を取り戻した先輩は、四六時中何かに怯えながら、狂ったように頭を掻きむしっていた。
誰かが話しかけても視線が合わず、絶えず譫言を呟いていた。
原因を調べるために入院となったが、食事もまともに喉を通らず、症状は悪化して行った。
そしてある日、看護師の隙をついて病室を抜け出し、橋から身を投げた。
一見病院の落ち度に見えるが、そうじゃない。
河口付近で見つかった先輩の遺体の状況を、馴染みの遺体保管所職員がこっそり教えてくれた。
先輩は恐怖で顔が引き攣り、身体中に得体の知れない何かが巻き付いた跡があったという。
僕はその情報をどうしたら良いかわからず、編集長に相談した。
喧騒溢れる飲み屋の中、編集長は苦虫を噛み潰したような顔で話を聞いていた。僕が話し終えると、焼酎をストレートでぐいっと煽ってこう言った。
「その話、誰にもするなよ。あいつの記事は弔いがわりに掲載する。でも、この話はそれで終わりだ。
いいか、絶対その先を調べようなんてするな。調べようとしてる奴がいたら止めろ。無理なら俺に言え。俺が止める。
世の中にはな……知らん方が身のためってもんが、あるんだよ。」
編集長はそう言ってくれた。
だから僕は、主張前に先輩から「万が一のための引き継ぎ資料だ。」って言われて渡された封筒を、燃やそうと決めた。
先輩……ごめんなさい。
やっぱり僕……自分の命が、惜しいです……。
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