幼馴染を助けるために、裏仕事で働きます

夢見

第1話 出会い

 逃げている男たちを追いかける。

 彼らの服は擦り切れていて、俺と同じ貧困層だろう。だけど、みすみす見逃してやるわけにはいかない。こっちだって生活がかかってるんだ。


 どんよりとした空。酒や何かわからない薬のにおいが埋め尽くし、気持ちが悪い。

 ひび割れた路地で逃走劇を繰り広げ、息が上がり切っていた。

もうだめか……諦めかけた頃、最後のひと踏ん張りで下に向いていた顔を上げると、二人組が見えた。


 金髪のお姉さん?なんとも言い難い年齢の女性は、隣のおじさんと話し込んでいる。体の線は細く、こんなところでいていいようには見えない。

おじさんの方はタバコを吹かしながら俺たちを見た。決して見せる用の筋肉ではなく、実戦で鍛え上げられた――そんな、風格を醸し出している。

 俺は逃げている奴らを止めてもらおうと声を上げた。


「そいつらを止めてくれ!」


 俺の必死な声とは対照的に二人組はゆったりと話す。

「どうしよっか? 助けてもいいんだけどね、変なとこに目をつけられると面倒なんだけど」


「まあ、いいんじゃないのか。責任は——取らんが」


「たまには責任を共有しようやー。一応十年来の仲間じゃないか——結局使えそうだから、助けるけどね」


 助けを求める人を間違えたかと思ったが、逃げている奴らが横を通り過ぎようとする瞬間、取られた鞄は女性の手の中にあった。

 彼らは取り返そうとしているが、もう一人の男に阻まれる。


 彼らの一人が取り返そうと手を伸ばした。女性はステップを踏み華麗に避け、前のめった男はバランスを崩しかけたが、体勢を立て直そうとしている。


 容赦なくそこに女性は蹴りを入れた。股に直撃。死ぬような痛みに悶えて叫んでいる。呆気に取られている俺も股を押さえた。男なら誰でもわかるよな——まじで死にそうになるあの痛み。


 もう一人は彼女に殴りかかろうとしたものの、男に阻まれ、勝ち目はないと悟ったようだ。圧力がまるで違う。

彼らは走り去り、薄暗い路地の中に消えていった。


 一部始終を眺めていた俺はその場に立ち尽くし、何かされるかもしれないと身構える。お金を請求されるとか……

それくらい彼らからは洗練された動き、言葉なく任せられる信頼――盗みに慣れている。ここはカバンを返してもらって逃げないと。


「すみません。ありがとうございました。それでは……」


「ちょっと待ってよ、あんな風に歩いてたんだから時間はあるでしょ。聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」


「え、いや……その」


 俺は反応に困っていた。カバンは返してもらったから、もう話を切って逃げるのが一番だろうか。でも、ただのいい人だったら感じが悪い――同業者だったらまた会うかも。気まずいのは困る。

 そんな俺に気が付いたのか、男の人が手を差し伸べてくれた。


「そんなに詰め寄るな、この子だって困ってるだろう。こいつにできそうにもないのは見ればわかる――筋肉質でもなければ、金がある感じもないし、孤児院で育ったとかだろうな、きっと。

 すまんが、ここは見なかったことにして行ってくれないか。別に咎めやしないさ」


「ちょっと待ってよ、これくらいがいいんじゃないの。あんまり金がかからなさそうだし、そっちだって手が足りないんでしょ」


「はあ、まあいいのかね?」


 俺は完全に置いてけぼりだ。手を差し伸べてくれていると思ったが、男の人は俺を貶しまくっている。実際事実だからタチが悪い。

……男の人が言うように、ここは立ち去ろう。

 二人が言い合っている中、振り向いたときに、彼女の持っていた麻袋に当たってしまった。水晶――魔力のこもった水晶がガラガラと音を立てて、地面に落ちる。

割れそうだが、割れない。


 貴族の金庫にしまわれていないおかしい量だ。数秒の間眺めていると、最後に紋章が入った金属のプレートが落ちる。かなり小さな貴族の紋章――見てはいけないものを見てしまった。

 地面を蹴って走りだそうとしたが、腕をつかまれた。離そうとしても、腕の細さの割りに手錠のようにきつく締め上げられて、キリキリと痛みが襲う。


「ねえ、どっかいかないでね。あんまり見て欲しくなかったんだけど、見ちゃったからね、仕方ない。私たちを手伝ってもらおうか」


 俺は男の人に助けを求めるが、彼はあきらめ顔で言った。

「だから言っただろ。俺は責任を取らないからな」


「うるさいな――まあ、いいじゃないか。どっちにしろ猫の手が欲しいくらい困ってたんだから。君にはちょっと眠ってもらうね」


 彼女は手のひらを俺に向けてきた。魔法の呪文が青白い光を放ち、頭に話しかけてくる――眠れ、ねむれ、ねむ……。

目をそらそうとしても頭をつかまれて動かせない。幼馴染の悲しそうな顔が浮かび、お金が入ったカバンを無意識に抱きしめた。


 しかし、どのみち眠らされては意味がない。俺は足から倒れ込み、土ぼこりが舞う。レンガの上じゃなくて良かった。

最後に見た景色は、あの女と男が俺の顔を上から眺め、手をひらひらとさせていた気がする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る