わんこと先輩の視線の先
音野彼方
第1話
秋の午後。
ドラッグストアの整髪料コーナーで、綾瀬陸は見つけてしまった。
――めっちゃかっこいい人。
端正な横顔に、顎に手を当てた姿。商品棚の前で彫像みたいに動かない。
(やばっ……かっこよすぎ!)
心臓が犬の尻尾みたいにバタバタ暴れる。気づいたら、手が勝手に動いていた。
「おにーさん、俺のオススメはこれ!」
綾瀬はワックスを一つ、勢いよく差し出していた。
「……えっ?」
目を丸くしたその人が受け取る。
「ありがとう……?」
その声は、空気に溶け込みそうな、男性にしては高めのハスキーボイス。
(うわぁ、声もいい。……推せる!)
完全に舞い上がった綾瀬は、買い物を済ませてからも何度も振り返る。
(……まだ同じポーズしてる!?)
5分前と同じ場所で、さっきの人はやっぱり彫像みたいに固まっていた。
翌日。
綾瀬は職場である結浜総合病院の更衣室にいた。
ネイビーの縁取りのある白いトップスに、黒のパンツをさっと身に着け、ロッカー前で髪を整える。
(よっしゃ、患者さんのために笑顔を振りまくナースマン、今日も出動!)
にんまりと笑い、軽い足取りで更衣室を出た。
すると――。
「えっ、ちょっとあなた……あ!ごめんなさい。やだ、私ったら」
「いえいえ、大丈夫です」
女子更衣室の方から声が聞こえる。
振り返ると、そこから出てきたのは――
「えっ、昨日のおにーさん!」
思わず声が出る。目の前の人物は、昨日と同じ端正な顔立ち。しかし、着ているのは女性用ユニフォームだった。
(え、お――女の人!?)
「あ、……昨日の。ワックス、選んでもらってありがとうございました」
涼しげな表情でそう言われ、綾瀬はハッと我に返った。
「ご、ごめんなさいぃ!」
勢いよく頭を下げる。
「ほんっとうに失礼でした!おにーさんだなんて言っちゃって……。えっと、名前――」
名札を見る。
そこには、「放射線科 及川」と書かれていた。
「及川さん!本当にごめんなさいぃ」
深く頭を下げる綾瀬に、及川は困った顔で視線を逸らす。
「い、いや別に気にしてないんで……」
そして、淡々と続ける。
「よく、間違われるし」
「えー、普通に言ってくれればよかったのに」
「いや、まぁ、別にっていうか……。じゃあ、私はこれで」
「えー、ちょっと待って。せっかくだから途中まで一緒に行きましょうよ」
及川は半歩下がる。
「えっ」
綾瀬はにこっと笑う。
「俺、看護2年目の綾瀬です。よろしくお願いします!」
「……はぁ」
ぎこちない距離感のまま、二人は廊下を歩き出した。
――この出会いが、自分の毎日をこんなにかき乱すなんて、その時の綾瀬はまだ知らなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます