第2話

 朝礼前の放射線科。

 及川は顔を歪め、お腹をさすりながらスタッフルームに入ってきた。


(しかし、慣れねーな)

 放射線科の中堅、不破隆史は横目にその姿を確認する。


 一見男か女か分からないのは、前も今も変わらない。ただ今までは、外見なんて気にしてないもさっとした奴だったのに。


「おい、及川。お前さ、えらく雰囲気変わったな」

 正直、今日出勤して初めて見た時は一瞬誰だか分からなかった。


 及川は片手をお腹に当てたまま、不安そうに聞いてくる。


「先輩、あの……私、清潔感、ありますか」 


 そこかよ!と思わず片方の肩がずっこけるように落ちる。


「清潔感あるけどよ……いや、それどころか、かっこいいぞ」

 つい口が滑った。


 及川は歪めた顔のまま、ちらっと不破の顔を見る。

「そうですか。清潔感があるなら、よかったです」


(……ずれてんな)


 その時、スタッフが数名集まってきた。

「あれ、及川さん?どうしたの」

「いやまぁ、ちょっと……」


「髪切った?」「雰囲気変わったね」

 次々と声を掛けられ、及川はそのたびに同じ調子で答えている。


――いつも一番影が薄い奴だったのに、今日はまるで主役だ。


(まぁ、仕事はちゃんとしてくれればそれでいいけどよ)


 不破は咳払い一つでざわつきを制した。顔を引き締めたスタッフたちが一斉にこちらを向く。


「じゃあ朝礼、始めまーす」


 そうして結浜総合病院放射線科の一日が始まった。


 ❋❋❋


 午後2時、ようやく業務が一段落する。


 不破と及川はペアになってMRIを担当していた。


 こいつが新入りの頃は、「いかにも画面しか見ません」タイプで、患者と接するのは苦手、説明も下手くそで注意したこともあったけど。

 ちゃんとやれるようになったんだな。


 及川の午前の働きぶりを思い返しながら、ふと彼女の方を見る。


「おい、大丈夫か?」


 お腹に手を当てて立ちすくんでいる。


「ちょっとお腹が痛くて……」

「具合、悪いなら午後早退するか?」

「いえ、大丈夫です。人からの視線が、いつもより多くて、それで……」


(そこかよ!)

 不破の肩がずるっと落ちた。


 確かに、患者や付き添いの看護師も、つい及川に目を奪われているのは傍から見てもよく分かった。

 

 まぁ、これだけ見た目が整ってりゃ無理もねぇよな。

(こんなにかっこよくなったんだから)


 溜息をつきつつ、及川の正面に立ち顔を覗き込む。

「お前、多分午後も注目されるぞ。やれるか?」


「ちょうどいいんです」

 及川の瞳に力がこもる。


「え?」


 及川は、顔を歪めながらもしっかりと不破の視線を捉えてこう言った。

「慣れなきゃいけないんです。だから、ちょうどいいんです」


 及川と目が合った途端、不破は体が固まった。


 端正な顔立ち、長いまつ毛、その奥の澄んだ瞳。そして、決意を含んだ、真剣な顔――。

 それが、近い距離で。


 口を開きかけて、声が出なくなる。


 なんとか頭を振って、

「な、慣れる?……何に?」

 と絞り出す。


 すると及川はすぐに視線を逸らし、どこかを見つめながら

「いや、ちょっと」

 とだけ答えた。


 視線が外されたことで、少しだけ体が軽く感じる。

「……よく分からんけど、まぁ、無理はするなよ」


「ありがとうございます。お先に休憩いただきます」

「お、おう」


 お腹に手を当てたまま、及川は部屋を後にする。


(ていうかさ)

 不破は片手で頭を抱える。


 反則だろ、あんなの。


 今になって、自分の鼓動が早いのに気づく。

 そして、何より。


 あいつは確かに、かっこよくなった。

 でも、それ以前に――きれいだろ。

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