第39話母親と偽り

 私の両親は仲が悪い。


 そんな事実に気づいたのは早いもので、物心がついた時には既に本能的に理解していた。

 母はとあるIT企業の社長。父はとある芸能事務所のプロデューサー。

 二人の出会いは聞いたことが無かったが、どうせ金持ちが権威を示し合うだけの飲み会とか、そんなところで出会ったに違いない。


 私が生まれたことで父は不倫が家族にバレて家を追い出された。かろうじて母と父は形だけの家族は保つことができていたが、そこに愛なんてものは存在していなかった。

 

 父は一夜の過ちで作り出してしまった私を良く思っていなかったらしい。

 考えてみれば、自分の人生が崩れる原因になったのが私なのだから、的外れな恨みを抱かれても不思議ではなかったのかもしれない。


 母は私には無関心だった。

 最初から興味が無いのか、それとも私を生み出すのと同時に愛まで身体の外に排出してしまったのか。なんにせよ、なんで生んだのだろうと疑問を抱くような態度を私は見せつけられてきた。


 度々家で顔を合わせれば喧嘩をする二人に私は仲良くしてほしかった。

 無理な話だったのは幼いながらに理解していた。だが、私にとっては他にいない唯一の家族。

 自分にできることならと当たり障りのない言葉を選び、擦り切れた二人の関係を一秒でも長く繋ぎ止めるために私は努力した。


 ただ、現実は非情だ。私が幼いながらに健気な努力をしたからと言って両親の性格が変わるわけではなかった。


 程なくして家庭は崩壊。

 父とは連絡を取ることはあれど、久しく顔を合わせていない。

 母はたまに家で顔を合わせることがあるが、会話はしない。もうしたいとも思わないし、あっちもそうだろう。


 それでも私は心のどこかで諦めきれていなかったのだと思う。 

 

 学校で優秀な成績を残し、少しでも褒められるようなことをすれば自分の事を見てくれるのではなかろうか。

 そんな理想を抱いて努力しても、結果は変わらなかった。


 どれだけ優秀な成績を残したところで、母親から返ってくるのは「そう」という短い言葉だけ。

 裏切り続ける現実に嫌気が刺し、そんな矢先のいやがらせに私の気分はどん底まで沈んでいた。


 そんな私に差し込んできた一筋の光。それが日向蓮人という男。


 私に唯一手を差し伸べ、絶望の淵から引きずり出してくれた彼。

 孤独に苛まれていた私に愛を与えてくれた彼。

 私の人生において二度と現れるかも分からない、運命の相手。


 孤独と言うのは恐ろしい。人を簡単にじわりじわりと崩壊させ、すべての気力を奪い去って行ってしまう。ある種の、呪いだ。


 私は一人に戻るのが怖い。

 ひたすらに勉学に励み、どれだけ容姿を磨いたとしても、それを認めて褒めてくれる人間がいなければ、私はどこにも飛んでいけない。


 彼を失いたくない。

 一生私の側にいて欲しい。

 他の誰かの所になんて行かないで。


 行かせない。


 この先に待っているのが破滅だったとしても、私は彼を手放したくない。

 嫌でも私から離れられないようにしてやる。


 心に渦巻くどす黒い感情を制御できるほどの冷静さは、私にはもうない。 

 この狂気で、彼を私のモノにする。

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