第35話復活と反撃
≪日向side≫
バレーは実は小学生の頃から唯一続けていた、俺にとっては一種のアイデンティティのようなモノ。苦しい時も楽しい時も、バレーと共に過ごしてきた。
母さんが死んだあの日も、俺はボールを追いかけていた。ボールを追いかけた結果が、あの悲劇だった。
大切な人を失い、それでもやめなかったのは俺が無意識のうちにバレーに依存していたからだと思う。
母さんに勧められ、友達から褒められ、そんな自分を肯定できた。
ボールに触っていい回数は三回だけ。持ってはいけないし、仲間へ優しく繋ぐ時もあれば、相手のコートへ叩きこむ時もある。
馬鹿みたいに跳んで、馬鹿みたいにボールを追いかけるだけの競技。こう考えてみればおかしな競技だなとは思う。
それでも、俺にとっては自分を肯定できる唯一の手段だったのだ。
あの日、全国出場を決める決勝戦が行われたあの時、俺はコートに立っていた。
足掻いて足掻いてようやく辿り着いた決勝戦。続くラリーの中で、俺の脳内は混乱を引き起こしていた。
これまで続けていたバレー。自分が生きる理由はこれなのだと確信し、自分を肯定して鍛錬を積んできた。
しかし、それでも届かないものがある。
天性の才能。それを前に俺は膝をついてしまった。
途端に自分の存在がちっぽけなモノのように思えて、漠然とした恐怖と不安に襲われる。
そこでようやく気付いた。足を引っ張っているのは自分なのだと。
それから俺は跳べなくなった。
足に色んなものがへばりついて、鉛のように重くて跳べない。夢だった全国出場という栄光を前にして、俺は挫折してしまったのだ。
『お前の……お前のせいで……!』
自らの手で夢を打ち砕いた罪悪感。
哀れな嫉妬すらできずにへたり込んだ自分。
かつて夢を語り合った仲間から向けられる敵意と視線。
俺はもう、耐えられなかった。
▼▽
≪猫宮side≫
僕は昔から気が弱い性格だった。
目の前で悪いことが起きてても見ないフリをすることしか出来ないし、他人に言われもない暴言を叩きつけられても黙りこくる事しかできない。
喧嘩は弱かったし、運動神経も大して良いわけではなかった。勉強だって好きじゃない。
そんな平凡どころかマイナスな僕が唯一誇れるモノ。それは唯一の幼馴染だった。
隣の家に住んでいる、僕とは真逆な性格の七海はいつも僕を守ってくれた。
僕がいじめられていれば仲裁に入ってやり返してくれたし、僕の悪口を言う奴がいようものなら僕に変わって言い返してくれた。
いつも守られてばかりな自分が僕は嫌いだった。
そして、そうは思っていても足踏みをしてばかりの自分がもっと嫌いだった。
僕が変わるきっかけになったのはとある喧嘩を目撃した事だった。
ある日の授業終わり。
いつも通りゲーセンによって帰ろうかなんて呑気に考えていた僕の視界に飛び込んできたのは、上級生数人を相手を蹂躙する一人の男子の姿だった。
どうやら後から聞いてみれば、いじめをしていた上級生に腹を立てたとかなんだとかで、ついにぷっつん来て手を出してしまったそうな。
自分には到底できない事だ。誰かを守るために、上級生を数人相手に殴り合いの喧嘩をするだなんて。正直言って、今考えてみても馬鹿だと思う。
でも、そんな熱意に惹かれてしまったのだ。
日向蓮人。馬鹿な男の名前だ。
誰かのために戦うその姿。コートの中で高く跳ぶその背中に、僕は希望を見た。
大切な人の、七海のために僕も戦える人間になりたい。日向くんは冷め切っていた僕の心に火をつけてくれた、僕のヒーロー。
だから今度は僕が日向くんを支えたい。折れてしまったその翼を、皆で修復するのだ。
▼▽
≪日向side≫
あの日、俺の背中にあった翼はもう折れてしまった。
あの日から一度も跳んでいない。跳べないのだ。
「……蓮人、お前バレー好きか?」
「……え?」
「好きかどうかきいてんねん。はよ答えろや」
「……好き、かも」
「なら躊躇ってる時間はあらへん。コケても、好きな気持ちが崩れなければまた強くなれる!失敗が怖くて足踏みしてたら、成功も得られへん。」
千堂の言葉に、一瞬心が揺らいだ。
跳びたい自分と、跳べない自分。せめぎ合う二人の自分が混在していた俺の心に一筋の光が差し込む。まだ、俺も希望を掴めるというのか。
「女も得られへんしな!」
「余計な一言だなぁ……」
「……でも」
震える俺の肩を叩いたのは、竜崎だった。
「レンレン」
「竜崎……」
「跳べ」
短い一言。傍から聞いたら何のことか分からないだろう。
ただ、俺と竜崎の間ではその一言は重い意味を持つものだった。
「……レンレンが俺に言った言葉。その足は喧嘩のためにあるんじゃなくて、俺の跳躍を望む人のためにあるって」
「……懐かしいな」
「だから俺は望む。レンレンが跳ぶことを。きっと跳べる」
竜崎からの強い信頼の籠った視線が俺の決意に火を着ける。
過去の自分の足跡が、光る道筋として俺を導いてくれているのだ。
ただ、まだ俺の手は震えている。蘇るトラウマが俺を地面に縛り付けて離そうとしてくれない。
そんな不安を拭い去るような優しい笑みを向けてきたのは、尼崎だった。
「日向くん」
「……尼崎」
「君が救ってきたものは君が思っている以上に多い。なにも、全部失ったわけじゃないだろう?……君に絶対的な信頼を寄せる人だって、あそこにいるんだ」
俺の視線は応援席に座る如月に向く。彼女の表情は不安に揺らいでおり、両手は固く結ばれて祈るような視線を送ってきている。
俺のことを信じて待ってくれている人。自分には何もないだなんていうのは、思い上がった考えだったのだ。
「君には守るモノも背負うモノも多い。……だからさ、つれないこと言うなよ」
「よっしゃ、決まりだな!……なぁ蓮人、知ってるか?バレーって言うのはな、六人で強い方が強いんだぜ。ワンマンチームじゃ勝てない。誰か一人が欠けても勝てない。バスケと一緒だ」
太陽のような明るさの綺羅がにかっと笑う。その言葉から感じられる説得力は、彼の経験則によるモノだったのかもしれない。
綺羅のおおらかさと豪快さの見えるその笑顔の瞳の奥には、静かなる闘志と殺気に近い何かを感じられた。
「俺達はこの数週間で強くなった。個人としても、チームとしてもだ。……なにかが怖くなるのは仕方ない。だけど大丈夫。ミスってもチームの俺らが支える!」
綺羅の言葉に合わせるように皆が頷く。
今まで勘違いしていた。この戦いにおいて、俺はもう一人ではない。隣を見れば、頼もしい五人がいるのだ。
「さ、ここまで来たらもうやるしかないね。……僕たちのためにもう一度跳んでもらおうか、ヒーロー」
猫宮の鋭い視線が突き刺さる。感じられるのは、強い信頼と混在する熱意。決して無碍にしてはいけない、俺への圧。
いつもは無気力な猫宮の瞳が力強く輝いている気がした。
「……このままじゃ、負けちゃうよね。みんなの想いを、僕たちは背負ってる。……かっこ悪いところは見せたくないでしょ?勝たなくちゃ、だよね?」
自分以外がやる気なら、それを支えればいい。
自分が目立つ必要はない。
一度失ってしまった熱意は、もう元には戻らない。
心のどこかで自分に与えていた
そんな甘んじた考えは、猫宮に打ち砕かれた。
みんなのために勝ちたい。
みんなのために戦いたい。
誰かのために、戦える自分に。
自分の足についていた枷が外れた。
逃げようとしていた自分の頬を打ち、気合を入れ直す。
「……おっけ。やり返そう」
「そう言ってくれると思ってたよ。行こうか、ヒーロー」
「日向くん!」
応援席から如月の声が飛んでくる。俺は精一杯の笑顔で拳を向けて見せた。それに応えるように如月も俺に拳を向けてくる。
如月の前でみっともない姿は見せられない。彼女の隣に立つ者として相応しい姿を見せなくては。
反撃の狼煙は上がった。
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