第36話跳躍と衝撃

 試合の間の休憩時間が終わり、第二セットが開幕。


「えっ、日向くんがセンターになってる……」

「尼崎下げるのかよ。大丈夫なのか……?」


 コート上の位置を尼崎と入れ替えてゲームがスタート。

 猫宮の提案で全体的に位置を下げ、相手からのサーブを絶対に取りこぼさないように構える。


「「「「せーのっ!!!」」」」


 相手コートの応援席からの掛け声と同時に、強烈なジャンプサーブが飛んでくる。

 ライン上を狙って放たれたサーブはコートに突き刺さるかと思われたが、かろうじて尼崎が滑り込む。

 

「綺羅くん!」

「おうよ!」


 流石はバレー部、拾ったボールは綺羅の真上へとふわりと上がった。

 綺羅がボールに触れる刹那、目線が交わる。お前に上げるぞというメッセージの籠った力強い視線に、俺は姿勢で答える。


「蓮人!」


 センターに大きく上がったボール。早速まずはご挨拶。

 久しぶりだけど、きっと今なら跳べる。

 一歩二歩と助走でタイミングを調節。左足で踏切り、目いっぱいのバックスイングと共に地面を蹴る。


(いくぞっ……!)


 跳躍と共に相手コートをちらりと確認。

 先程までは尼崎がセンターだったが、彼は『現役生徒はスパイク禁止』のルールに則って打つことができなかった。

 俺が打ってくるとも予想してなかったのか、ブロックの完成が遅れていた。


『センターはライトとレフトと違って打つコースの選択肢がちょっとだけ増える。……あとはもう分かるよね?』


 猫宮の言葉を思い出す。俺の背中を後押ししてくれた彼の期待に、応えたい。


(ここで壁を……打ち破る!)


 タイミングは完璧。遅れて出てきたブロックを躱すよう、振り上げた右手を捻って右隅に叩きこむ。

 肺の空気をひねり出して、全身全霊を込めた一撃を。


「っぐ……!」


 振りぬかれた右手と同時に響く快音。叩きつけたボールは相手コートに突き刺さり、静寂を揺らした。

 遅れて審判の笛が鳴る。場内は割れんばかりの歓声。


「うおおおおおおおおお!なんだ今の!?」

「あのセンターやべぇ!何者だよ!?」

「今の一瞬、宙に浮いてなかったかアイツ!?」


 じんじんと痛む手。懐かしくて、嬉しい痛み。


(……まだやれるじゃん、俺)

「うおおおおお!ナイスアタック蓮人!」

「やればできるやんけワレ!サーブも叩きこんでこいや!」


 暑苦しい奴らに背中をバシバシと叩かれ、ボールを受け取ってサーブへと向かう。

 ここまでは安定の入れることを重視したサーブを打ってきた。だが、勝つためにはそれではダメだろう。


(……ぶっつけ本番だけど、いけるかな)


 俺の心は不安半分、ワクワク半分。

 手元のボールを二回壁に向かって打つ。そして長めの助走。昔やっていたルーティーンと共に、この景色の形状記憶を呼び起こす。


(行くぞ……!)

 

 右手でトスを上げ、ラインぎりぎりで踏み切る。そしてボールを目いっぱいの力でぶっ叩く。


「ん゛っ!」


 放ったサーブは相手コートへ。

 渾身のサーブだったが、さすがは経験者。かろうじて腕に当ててボールを上げてくる。

 セッターのセットと共に飛び込んできたエース。すぐにセンターに戻った俺は構える。


「猫宮!」

「わっしょい……っ!」


 叩きつけたボールは猫宮の元へ。猫宮は体勢を崩しながらもボールをあげた。

 逸れたボールの元へと潜り込む綺羅。再び俺へのセットアップが来る……と思われたが_____


「やべっ!?」


 力加減を間違えたのか、トスが思ったよりも左に伸びた。

 レフトにいる竜崎はまだ助走を取っていない。このまま任せると焦って落とすのが目に見えている。


「_____いや、大丈夫」


 俺は咄嗟に踏み切る足を右足に入れ替え、体を左に目いっぱい伸ばす。

 相手はチャンスボールになると思ったのか、ブロックは無い。

 今度は叩く。


「オラッ!!」

「な……!?」


 予想外の行動に相手は狼狽し、二点目。


「今……左で打った……?」

「ふふ、出たね。二刀流ユニークスキル……!」

「レンレン、両利き……?」

「っしゃ、このまま取っていくぞ!」


 勢いづいた俺達はその後も俺を中心に攻撃を進めた。

 サーブを叩きこみ、時には粘り強く攻撃を耐え、相手の心をへし折るようにスパイクを突き刺した。


「センター来るぞ!」

「蓮人____じゃなくてたかやん!」

「わっせぇぇぇぇぇぇぇぇい!!!」


 俺への意識を強めれば、今度は千堂と竜崎の強烈なスパイクが飛んでくる。

 相手からのスパイクは尼崎と猫宮が拾い上げる。そうやって点数を積み重ねた俺達はなんとかリードを保つことができた。


 しかし、相手も決勝戦まで上がってきたチーム。ただでは勝たせてくれないようで。


「おりゃっ!」

「がっ……くそ」

「大丈夫か猫宮!?」

「大丈夫……中々点差が広がらないね」


 リードはしているものの、点差は僅か3点。相手もこちらのプレーに食らいつくように抗ってくる。


「でも、リードしてることに変わりはない。このまま気を緩めずに行こう」

「……そうだね。相変わらず頼もしい背中だ」


 一進一退の攻防を続け、点差は1点にまで縮まったものの、なんとかマッチポイントまで漕ぎつけた。

 

「俺も負けてられへんからなぁっ!」


 千堂のジャンプサーブが炸裂。しかし、相手も食らいついて拾い上げる。

 負けじと相手のエースが跳躍。快音と共に強烈なスパイクが叩きこまれるが、尼崎がかろうじて上げた。

 しかし、大きく跳ね返ったボールは相手コートへ。


「くっそ……!」

「スパイク来るぞ!下がれ______」


 俺達が立ち位置を下げた瞬間だった。

 振りぬかれると思われていた相手の手は直前で減速し、ボールは手前に。ここまでのスパイクでこびりついていた恐怖を利用された、フェイント。


「やばっ……!」


 ボールがふらふらと地面に近づく。その刹那に足を動かそうとするが、間に合わない。

 もはや万事休すかと思われた次の瞬間だった。


「……っふ!!」


 手を伸ばした綺羅がボールを上げる。が、その努力も虚しくコート外へとボールが飛んでいく。

 

 ボールを繋がなくては。

 ここまで繋いできたみんなのためにも、ここで落とすわけにはいかない。

 動け、俺の足。


 必死に足を動かそうとしたその瞬間、視界を横切る影が俺を見た。


「跳んで!」


 その言葉に本能的に反応した俺は猫宮を信じて跳んだ。


 まさに猫のような俊敏な動きでボールの下に入り込んだ猫宮は、苦手としていたはずのオーバーハンドで俺にトスを上げる。

 跳んだ俺の手元に矢のように伸びてくる。ドンピシャのトス。


「ぶっ叩け!」


 左手を振りぬき、ブロックを打ち抜く。

 針の穴に糸を通すようなスパイクが決まった。


 刹那の静寂から一転、割れんばかりの歓声が場内を包み込む。二セット目、ついに取り返すことができた。


「やっべぇえええええええ!なんだ今の!?猫宮早!」

「おいおいマジか!一セット取り返したぞ!」

「ふぅ……ナイストス、猫宮」

「はーっ、はーっ……相変わらずいいスパイクだね、日向くん」


 額から汗を流す猫宮が嬉しそうに笑う。その笑顔を見ると、自分のやってきたことに少し自信が持てた。


「よっしゃ、この調子で次取り返すで!」

「次取れば、優勝」

「ようやく見えてきたな!俺達やれるぞ!」

「油断は禁物だよ。気を抜かずに行こう」


 背中を支えてくれる五人。彼らとなら、勝利を掴み取れる。

 そう確信して、俺達は運命の三セット目に挑んだ。


▼▽

≪如月side≫


 コートに響く快音。

 一瞬なにが起こったのか理解が追い付かない。主審の笛の音が響き、場内は歓声に包まれる。


 日向くんが、跳んだ。


 中学時代、バレーを諦めた彼が今日、目の前で跳んだ。


 私は彼が挫折した事を知っていたから、バレーに出ると聞いたときは少なからず不安に思っていた。

 しかし、今となってはどうだろうか。全盛期とまでは行かなくとも、近しいパフォーマンスを見せる日向くんはどこか楽し気。


「日向くんすご……あんなにスポーツできる人だったんだ」

「ね。……やばい、ちょっとかっこいいかも」


 どこからか聞こえてくる声に私は少しモヤモヤしてしまう。隣に座る天音さんは自慢げな様子だ。


 頑なに跳ぼうとしなかった日向くんが跳んだ。きっと、彼の中でなにか変化が会ったのだろう。

 それに私が関わっているのかは分からない。自分が知らないところで彼が成長していく姿は見ていて嬉しくて、それでいてちょっとだけ悲しい。


 自分から離れてどこかへ飛んで行ってしまうのではないか、なんてあてもない不安を感じてしまったりしている。

 

 ……こんな姿を見せるのは、私にだけにしてほしい。

 

 そんな浅ましい感情に振り回されながら、私は不安と期待で胸がぐちゃぐちゃになりそうだった。

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