第33話狼と猫
「「せーのっ……!」」
昼休みの体育館にて。掛け声と同時に綺羅と千堂がテスト用紙を見せ合う。
点数はどれも高いとは言えないモノだったが、赤点をギリギリで回避することに成功していた。
沈んでいた二人の表情がぱあっと明るくなる。
「うおおおおおおおおおお!!赤点回避や!やったな綺羅!」
「よかったぁ……みんなで球技大会出られる!」
「ふふ、良かったね二人共。前日まで根詰めて勉強してた甲斐があったね」
「不安要素はこれでなくなったな。あとは本番を勝つだけ」
体育館中をはしゃぎまわる二人を後目に、俺は猫宮と共にジュースを買いに体育館を出た。
試験前日まで弱音を吐きながらも、二人は勉強を続けていた。その根性は流石スポーツマンと言ったところだろう。
「……二人とも、すごい喜んでたね。日向くんはどうだった?」
「ぼちぼちかな。猫宮は……心配いらなそうだよな」
「僕も可もなく不可もなくだね。……あとは球技大会を勝って、如月さんに勝利を届けるだけ」
「なんでそこで如月の名前が出てくるんだよ……」
「……?だって、かっこいいところ見せたいんじゃないの?」
「いや、俺は別にそういうわけじゃ……」
「好きな人の前でかっこつけたいのは普通の事じゃない?」
そう言われて、俺は冷や水をかけられた気分だった。
考えてみれば、猫宮は以前に彼女がいると言っていた。普段は大人しそうに見える猫宮も、彼女の前ではかっこつけたがりなのかもしれない。そんな経験則から出た言葉なのだろうと俺は勝手に推測した。
(彼女の前の猫宮……どんな感じなんだろう)
「僕の中学はさ、結構バレー部が強かったんだ。落ち込んでた時に彼らを見て、僕も頑張ろうって思えたんだよね。ちょっとバレー好きになったし……僕の中ではヒーローなんだよね」
「へー……だからバレーがうまいのか」
俺の返答が気に食わなかったのか、猫宮はちょっとだけジトっとした視線を向けてきた。
訳も分からず俺が困惑していると、猫宮はすぐに自販機へと視線を向け直す。
「……せっかくだから、みんなにもなにか買っていこうか」
「おい」
みんなに何を買っていこうかと悩んでいたその時、背後から声がかかる。
振り返った先に立っていたのは、見覚えのある銀髪赤目の少女。
嫌な思い出が蘇るウルフカットを見て、俺は思い出す。根拠のない噂を流され、星海の友人から文句を言われたあの苦い思い出を。
「あっ、お前あの時の……!」
「なっ、お前は……!?」
咄嗟に猫宮を庇うように前に出る。そしてウルフカットの少女を牽制するように睨みつけた。
そんな俺を見て彼女も思い出したのか、その赤目を鋭く尖らせた。
数秒のにらみ合いが続く。剣呑な雰囲気が漂い始めたその時、猫宮が俺の前に飛び出した。
「ストップストップ。大丈夫。敵じゃないから。……そうだよね、七海?」
「七海……?」
「
「……えええええっ!?!?」
猫宮が紹介した途端、狼崎は気恥ずかしそうに頬を赤らめた。
先程までの剣幕はどこへ行ったのやら。乙女な表情の狼崎は猫宮の制服の袖を掴む。その姿は狼というよりも、子犬だった。
「お、おい翔……」
「七海は幼馴染でね、中学の頃から付き合ってるんだ。この前は迷惑かけちゃったみたいだけど、許してあげて欲しい。友達想いが過ぎるだけだから……」
「……へー、彼女」
猫宮と狼崎の顔を交互に見る。
猫宮は穏やかな微笑みを俺に向けてくるが、狼崎は気まずそうに口元を歪めている。
あんな言い合いをした末に如月に追い返されたのだ。俺との思い出は狼崎にとっても後味の良いものではないだろう。
「……七海、もしかしてまだ謝ってない?」
「いっ、いや、そんなことは……」
「……日向くん?」
「……まぁ、謝られた記憶はないかな」
「……七海、謝りなさい」
猫宮の鋭い眼差しが狼崎に突き刺さる。普段の緩んだ雰囲気が一転し、背筋が震えるような不気味な恐怖が狼崎を煽る。
どうやら彼氏の前では頭が上がらない様子で、狼崎はおずおずと俺に出てくると、渋い表情で頭を下げた。
「……ごめんなさい。あの時は友達を傷つけられたと思って、頭が熱くなってた。ずっと気になってたけど、勇気が出なくて頭を下げられなかった。かなり遅れてしまったけど、どうか許してほしい」
「だって。許してあげてほしいな」
「うん。まぁ、あの時は噂も立って間もない事だったし。誤解が解けたならそれでいいよ」
狼崎は気まずそうに視線を逸らして猫宮の影に隠れた。
自分の彼女は仲間想いだと、猫宮が以前に言っていたのを思い出す。きっと彼の言葉だから、嘘は無いだろう。
仲間を傷つけられたと思ったら、ああなるのも仕方のない事なのかもしれない。俺も如月や、綺羅たちを傷つけられたらああならないとは言い切れないのだ。
「これで仲直りだね。……で、どうしたの七海?」
「うん、その……最近、ずっと練習頑張ってるから……」
「……寂しくなっちゃった?」
狼崎が赤らめた頬を隠すようにこくりと頷いた。
いつもより柔らかな雰囲気と穏やかな声色。緩んだ表情を見ると、なぜだかこちらまでふわふわとした気持ちになってくる。これが、彼氏の猫宮……
「行ってきたらどうだ?みんなには俺から言っておくからさ」
「いいの?それじゃ、お言葉に甘えさせてもらおうかな。行こ、七海」
猫宮は狼崎と共に校舎へと消えていった。
凸凹で、絶対に交じり合わないように見える存在の二人。しかし、その二人の姿はカップルそのものだ。
狼崎と話す猫宮は、いつも見ている猫宮ではなかった。
『好きな人の前でかっこつけたいのは普通の事じゃない?』
猫宮の言葉が脳裏をよぎる。
かっこつけていたわけではないのだろう。だけど、自然と立ち振る舞いは変わっていた。それはきっとどうしても心の底では相手を求めてしまっている証拠なのだろう。
相手に合わせて形を変え、二人で互いを想い合う。あれが正しいカップルの形なのかもしれない。
「意外なカップルだね。あの二人」
「……なんでどいつもこいつも俺の背後を取るんだ」
「隙を見せた方が悪いんだぜ~?よ、レンくん。調子はどうだい?」
どこからともなく現れたナナは笑いながら俺の肩に肩をぶつけてくる。誰にでもフランクなくせに、こういうことは俺にしかしない。
「ぼちぼちだな。お前はどうなんだよ?」
「今日も髪でせんせーに怒られちゃった。……でも、レンくんに会えたからハッピーです!」
「そういうことを誰彼構わず言うもんじゃないぞ」
「誰彼構わず言ってるわけじゃないって、レンくんが一番分かってるでしょ?」
ナナはニヤッと笑いながら俺の腕に抱き着いてくる。
俺は思わず如月が周囲にいないかと辺りを見回すが、彼女の姿は見えない。とりあえず、無理に引き剥がす必要はなさそうだ。
「すんすん……レンくん、雌臭いよ?」
「じゃあ嗅ぐな」
「冗談じゃ~ん!私も匂いこすり付けちゃお~♡」
「おい馬鹿やめろ。犬より鼻が利く奴に特定される」
「……それって、如月さん?」
唐突な問いかけに、俺は言葉を詰まらせる。脳裏をよぎるのは、瞳の光を失った如月の沈んだ目線。背筋を走る冷え切った感覚に、俺は肩を震わせた。
そんな俺の様子を見てか、ナナは心を見透かしたように鼻を鳴らした。
そして腕を離すと、今度は正面から抱き着いてくる。
「えいっ」
「おい……」
「たまには私に構ってよ。そうじゃないとレンくん愛がくすぶって爆発します」
「じゃあそのまま爆散して消え去ってくれ」
「ひどーい!!そういうこと言う男にはこうだ!」
ナナは俺の胸元にぐりぐりと頭を押し当ててくる。それだけに収まらず、俺の指をガジガジと甘噛みしてきた
香水の香りだろうか、シトラスの香りが俺の鼻をつついてきた。淡い記憶を呼び起こす、青い春の香り。
「もうっ、球技大会頑張れよ!」
「怒ってるのか応援してるのかどっちなんだ……」
「両方です!じゃーね!」
ナナは両手の人差し指で角を作って怒っているアピールをした後に去っていく。
ナナの腕に巻き付いた群青色のミサンガを見て、俺はなんだか懐かしい気分になった。
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