2話 エリとサルまね

10歳になってすぐ、

エリが施設にやってきた。


彼女はニーナと同い年の女の子で、

前歯がないことをのぞけば、めちゃくちゃキレイな子である。


感情ゆたかで、うれしいときはすぐに笑い、

かなしいときはすぐに泣いた。


エリは口がとてもタッシャで、

ときとして指導員を言い負かすこともあり、

子どもたちのあこがれのマトだった。


対するニーナは口下手で、

笑うのも泣くのもうまく出来ない子である。


ニーナが月なら、エリは太陽だろう。


2人は正反対の子どもにみえたが、

ふしぎなことに、一緒にいることが多かった。


「ニーナ。

いつかここを出て、2人で暮らそう」


庭に生えている紅葉の木にもたれていると、

エリが言った。


「エリ。

そういう話は、男の子とするものではないですか?」


ニーナは

そこらへんに転がっている男の子たちを指さした。


「・・・」


男の子たちは、

文字通りそこらへんをでんぐり返りしている。


なぜ彼らがアスファルトの上で

コロコロしているのかは永遠のナゾだ。


「男とはしない。

バカだし、クサイし」


「確かにクサイこともありますね」


「まぁ、

アタシたちも十分クサイけど」


エリは腕を上げると、

脇をニーナの顔に押しつけてきた。


ネッチョリとした感覚とともに、

ものすごい匂いが鼻をついた。


「ぐぅぅううわぁあああ!!」


きゅうしょにあたった。

こうかはばつぐんだ。


ニーナは

殺虫剤をかけられたゴキブリみたいに

ひっくり返った。


説明していなかったが、

エリはゴキブリもまっさおのスメルの持ち主である。


「おえええ・・・ぅおお」


ニーナがエビぞりになっているのを見て、

エリが「でゅふふふ」と笑った。


「コレ、くすねてきた」


エリがあめ玉をくれた。


サイダー味で、

シュワシュワするやつだ。


「おいしいです」


「そうだろ。

ありがたく食べな」


ニーナはエリへのフクシュウを

いったん忘れることにした。


風がふく。


ムシ取りアミを手にした男の子たちが

走っていく。


いま施設では

カブトムシブームが来ているらしい。


ニーナは少しだけ興味があった。


もし男の子たちがつかまえていたら、

見せてもらおう。


ニーナとエリはいつものように、

マンガを読みはじめた。


いじめられっ子が

最後に王子様とケッコンする話だ。


ユキナいわく、

10年前にスゴク売れたらしい。


「ニーナ」


顔をあげると、

エリがこちらを見ていた。


「王子さまって、

ホントにいると思う?」


ニーナは首をかしげた。


「なんでそんなこと

聞くんですか?」


「ん~。

このまえさ、アタシ【外泊】したじゃん」


「はい」


【外泊】というのは、施設の子ども達が

年末やお盆に家に帰ることである。


外泊をした子どもは、だいたいは

たくさんお小遣いをもらったり、

ふだんは食べられないオヤツを買ってもらったりする。


だから、

外泊はうれしいことである。


「んぅ・・・んう」


ポタリポタリと、

しずくが落ちた。


エリが泣きはじめたので、

ニーナはぶったまげた。


「エリ。

どうしたんですか?!」


「んう・・・んぅぅ・・・」


ニーナはこんらんした。


外泊はうれしいコトのハズなのに、

エリはなぜ泣いているのだろう。


「・・・んむ・・・ぅむ・・・」


泣いているエリを、

ニーナはボーゼンと見守った。


「あ・・・アタシさ、

ホントにかなしい」


エリのふるえた声を聞いて、

ニーナは気が付いた。


外泊という、大人たちの中途ハンパな優しさが、

エリにザンコクを与えているというコトに。


「んぅ・・・んぅ」


ママやパパと一度会えば、また明日も会いたくなる。

コレは当たり前のことだ。


だが、施設の子どもたちに、

それは許されない。


一方的に与えられるお小遣いやオヤツを残して、

親たちが離れて行ってしまうからだ。


「うむぅ・・・・うぬん・・・うん」


それにしても、

エリの泣き方はドクトクである。


ニーナはエリの目をのぞきこんだ。


びしょびしょの目は、

川の底にある光る石みたいに輝いていた。


「ニーナは、

かなしくないの?」


エリにきかれて、

ニーナは首をかしげた。


「なにがですか?」


「外泊ができないコト」


「うーん」


ユキナみたく、

腕を組んで考えてみた。


ママが蒸発したせいで、

ニーナはいままで一度も外泊をしたことがない。


だから、

ニーナはかなしむ機会そのものがなかった。


「かなしくありません」


「そう、なんだ・・・ぅむ」


エリは何かを言おうとしたが、

ケッキョクなにもいわなかった。


「それよりも、エリ」


「なに?」


「ザンネンですが、

王子さまはいません」


「そっか」


エリは顏中にしわをよせて

大きなナミダを落とした。


「でも、

ここにはサルがいます」


ニーナはいきおいよく立ち上がり、

うきゃあ、ほぅっほぅっほっほぅ叫んだ。


ほぅっほぅっほっほぅ。


ニーナ渾身のサルまねを見て、

泣いていたエリが笑った。


「リアルすぎ。ウケるっ!」


「動物園で

ジッサイに見ました」


ほぅっほぅっほうっきゃらきゃらっ。


ニーナはリアルな動きで、

バナナの皮をむくしぐさをする。


「ぶっ。

あはははっはははっ!!」


通りがかったユキナが、

サルを発見した。


「おお。

こんなトコにサルがいるじゃん」


ユキナはもっていた荷物をおろすと、

パチパチと手を叩いた。


うきゃあ、ほぅっほぅっほぅっ。


パチパチ。


あはははは。


そこにはバナナを食するサルと、

手をたたく太っちょの中年女と、

地面を転がりながら笑う美少女がいた。


まさに地獄絵図である。


「ぎゃはははははっ。

あははっはははっははは」


エリのお尻から、

ぷぅっとオナラが出る。


どうやら

ガマンができなかったらしい。


また風がふいた。


ニーナの午後はこうして過ぎていく。

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