ムゲンの少女
くるみしょくぱん
1話 ポヨンポヨン♪
ニーナは5歳になった頃、
田舎にある【施設】で暮らすことになった。
【施設】というのは、
身寄りのない子どもたちが集められた場所である。
かつて、
ニーナには身寄りと呼べる人がいた。
それはママだ。
だが、ママはニーナを施設に預けると、
すぐにいなくなってしまった。
大人の言葉でいうと、
蒸発というらしい。
テンガイコドクとなったニーナの世話は、
施設の【指導員】がしてくれた。
【指導員】というのは、
施設でくらす子どもたちの親代わりみたいなものだ。
はじめて担当になった若い指導員は
とても優しかったが、わずか1ヶ月で辞めてしまった。
その次も、その次も、すぐに辞めていった。
最後に担当になってくれたのは、
おスモウさんみたいに太っちょな女だった。
名前はユキナという。
ユキナはキビしい女だった。
ニーナが少しでも起床時間が遅れてしまったり、
ご飯を食べるのが遅れてしまったりすると、
すぐにバツを与えてきた。
外出禁止。
オヤツ禁止。
他の子としゃべるの禁止。
このように、
身の回りのさまざまなことが禁止になった。
最初はちょっとだけフベンだったが、
数ヶ月したころには、ニーナは禁止にすっかりなれてしまった。
禁止も当たり前になると平気なモノだ。
「ニーナ」
えんがわでポツンとしていると、
ユキナが声をかけてきた。
「ユキナ先生」
「おう」
ちなみに、施設の子どもたちは、指導員の名前に『先生』を
つけて呼ばなければならないというルールがある。
「おまえさぁ、ヘーキなの?」
「え?」
ニーナは
なんのことかすぐにわからなかった。
「禁止のことだよ」
ああ、とニーナは理解した。
「ゼンゼン平気です」
ユキナにタメ口をきくと怒られるので、
ニーナはいつもていねいなケーゴをこころがけている。
「フツーはさ、禁止されたら、
次からルールを守るようになるんだよ」
ユキナはつまらなそうに言った
「イヤだなぁって思わないワケ?」
「べつに思いません」
あっさり言うと、
ユキナは大きなため息をついた。
「そっかぁ・・・」
ユキナは持っていたビニール袋から、
おもむろにチョコチップクッキーの箱を取り出した。
この女はいつも、
なにかしらのオヤツを持っていた。
「いる?」
ニーナは首をふった。
そもそも、いまのニーナはオヤツ禁止である。
「可愛くない子ねぇ」
ユキナはニーナをひっつかまえると、
クッキーを口の中に押し込んできた。
「むごごっ。むごっごごごっむごごごっ」
訳:ユキナ先生、私オヤツ禁止なんですけど。
オヤツ禁止にした張本人であるユキナが、
オヤツ禁止のニーナにオヤツを食べさせるとはこれいかに。
ニーナは大人のリフジンをうらんだが、
そんなことはすぐにどーでもよくなった。
口の中で、あまーいのがメリーゴーランドみたいに
くるくるくるりーんと回っている。
あまーい。あまーいよー。
ニーナはゴキゲンになった。
トゥットゥルー。
とーってもあまーい。
「もっとあるぞ」
「はい」
ユキナのあたたかい腕の中で、
ニーナはチョコチップクッキーをむさぼった。
話は変わるが、
ユキナはピアノを弾く女だった。
朝、みんなが起きる時間になるといつも、
ユキナはお腹をポヨンポヨンさせながらピアノを弾いた。
子どもたちはみんな、
ポヨンポヨンを見るとゼッタイに笑った。
「あはは。ユキナ先生。あはは」
ニーナと同じくらいの女の子が、
ユキナを指さして笑った。
~♪ ポヨンポヨン ~♪ ポヨンポヨン ~♪
~♪ チョコチップクッキー ~♪ ポヨンポヨン ~♪
~♪ ポヨンポヨン ~♪ チョコチップクッキー ~♪
ピアノの音とユキナのお腹は、
ちょうど良いリズム感でゆれた。
ユキナは子どもたちに
まったく同情しない指導員である。
ユキナのバツはいつもきびしくて、
子どもたちにキラわれることも多かった。
仕事はテキトーで、
おかわり用のふりかけを忘れてひんしゅくを買った。
それに彼女は
とってもメンドウくさがりで、
ニーナの宿題を見ることはめったになかった。
自分の汚れものを施設の洗濯機で洗ったり、
子どもの部屋で昼寝をしてサボったりもした。
ホントにやりたいホーダイだ。
だからユキナは、
おせじにもイイ指導員とはいえないだろう。
だが。
そういう指導員ほど、
長く一緒にいてくれるものなのだ。
~♪ チョコチップクッキー ~♪ ポヨンポヨン ~♪
「うぐっ・・・ぷぷぷっ」
ニーナはがまんしきれなくなって、
少しだけ笑った。
「あ。ニーナ笑ったな。
おまえはおかわり禁止だ」
「ユキナ先生ひどいです・・・ぷぷぷっ」
大人のリフジンも、
時には面白く感じるものだ。
ニーナはユキナに近づくと、
お腹をつついてみた。
やわらかくてポヨンポヨンした。
~♪ ポヨンポヨン ~♪ ポヨンポヨン ~♪
~♪ チョコチップクッキー ~♪ ポヨンポヨン ~♪
~♪ ポヨンポヨン ~♪ チョコチップクッキー ~♪
こんなカンジでポヨンポヨンしながら、
ニーナは日々を重ねていった。
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