第29話 新しい衣装、これは罰ゲームなのかご褒美なのか

蝉の声も、少しずつ聞こえなくなってきた九月。

夏の名残の暑さだけが居座る中、今日も学校では体育祭の練習が行われていた。



「はい、だいぶいい感じになってきたよー!」


「「はーい!」」


「ひ……ひぃ……」


1組のダンスパフォーマンスはやる気MAXで励んでいる。


……俺はというと、ついていくだけで精一杯だ。


音楽に合わせて動いて、

移動して、また動いて、

止まってポーズして――。

ダンスなんて、やらなきゃよかった……。



練習終了。



「ぜぇ……はぁ……つ、疲れた……」


やはり貧弱な俺には、かなり堪える。

周りを見れば、みんな余裕そうに男女で談笑してやがる。

少し惚気っぽい空気もある奴もいる…

……畜生、爆発しろ。

 

「ゆかっち、お疲れ〜!」


「あ、お……おつかれさま……」


そんな中、真桜さんは相変わらず気にかけてくれる。

ああ、なんだかんだ安心するな。

 

「もうすぐ体育祭本番だし、みんなかなり良くなってきたよ!

それじゃあ、これからユニフォームを配るね!」


ユニフォーム担当の人から、一人ずつ手渡されていく。

ビニールに丁寧に包まれ、折りたたまれた赤色のユニフォーム。なぜかその衣装にプレッシャーという重みを感じる

……本番、俺はこれを着るのか。


「可愛い〜!」


「楽しみ〜!」


そんな声が、あちこちから聞こえてくる。

 

――練習後、教室。


「ユニフォーム届いたね〜!」


「おお〜! 早く着てみたいな!」


案の定、真桜さんと桐谷さんは大はしゃぎだ。

 

「それじゃあさ!

放課後、私の部屋でみんなで着てみない?」


「いいね〜!!」


「えぇ…まぁ、事前に着てたほうが当日バタバタしなくなりそうだしね」

 

…………ん?

また、このパターン……?


……まぁ、一人ならともかく。

みんなで着るなら、恥ずかしさも多少は薄れるだろう。

俺はそう自分に言い聞かせ、納得することにした。




というわけで、神宮寺家。

最近は体育祭の準備もあって、ここに来る回数がやたら増えている。


「久しぶりに、みんな来てくれて嬉しいな!」


「真桜んとこ豪華だからな〜。このまま泊まってやろうか?」


「忙しいからそれは迷惑よ、光。……ねぇ、裕香さん?」


「はは……そうだね」


そんな軽いやり取りをしながら、四人で中へ入る。

すると少し先に、三人分の人影が見えた。


「あれ? もしかして兄ぃ?最近、よく友達連れてきてるね」

 



 

「最近どうなんだ? 久我くん」


「まあまあかな。体力はついてきたと思う。

日頃のトレーニングのおかげだよ。

毎回付き合ってくれてありがとう、神宮寺くん。飯田くんも」


「俺は何もしてないけどな。

ここのトレーニングルーム、学校より設備いいから使わせてもらってるだけだし」


一組の男子たちが廊下を歩いていた。

やがて、向こうもこちらに気づく。


「お、真桜じゃねぇか。それに皆連れて。なんだ、ダンスの練習か?」


「それはもう終わったよ〜!これからユニフォームの試着!」



「……!?ユニフォームって、チアのか?」

 

「うん、私の部屋でね!分かってるけど、勝手に――」


「入らねーよ。そんな分かりやすいことするか」


「それじゃ、またねー!」


「おーう……」

 

特に会話が広がることもなく、

真桜たちは部屋へ、

翔たちはトレーニングルームへと向かっていった。

 

「派手なことするよな、二組は」


「まあ……目立ちたがりが多いからな」


「……そうだね」


剛を除き、どこか空気がぎこちなくなる男子たち。


「どうしたんだ、お前ら?さっきから固まってるぞ」


「「!?」」


「あ、いや……ほら!女子が家に来ると、気ぃ遣うだろ!」


「そ、そうそう!学校以外で会うと、なんか違うしね!」


「ふーん…そうか。モテるお前らが、そんな慌てるとはな。

女子が気まずいとか無縁だと思ってたけど」


誤魔化すように急いで話を変える翔

 

「で、剛はどうなんだ?桐谷のチア、楽しみか?」


「あー……似合うとは思うけどな。正直、あんまり好みじゃねぇ陸上ユニフォームの方が、よっぽどエロい。

狙ってない感じが逆にさ」


「確かにな、別に泳ぐわけでもないのに、

ほぼビキニみたいなもんだしな、あれいいよな。

…そんで久我くんは?」


「い、いや!僕はそういう……エロいとかそんなの興味はないよ…!」


「本当か?男子の性欲は理性なんて余裕で超えてくるぞ?」


「逆に否定してる奴ほど興味あるっていうしな!」


「辞めてくれよ…2人共…!」

 

結局、男子は男子で、

なんだかんだと他愛ない話に花を咲かせていた。


そんなエロいとかの話をされてると気づいてない

女子達は、真桜の部屋で、チアユニフォームの試着をしていた。



「かわい〜!!

バッチリじゃん! デザイン担当に感謝感謝!!」


真桜さんは鏡の前で、くるっと一回転してみせる。


「なはは!思ったより動きやすいぞ、これ!」


桐谷さんは軽くジャンプして、感触を確かめている。


「……かわいいけど……やっぱり、体のライン出るね……。

わ、私……太ってないよね?」


白石さんは少し不安そうに、ウエストあたりを気にしていた。


「大丈夫だぞ〜!変わらずよイチコロボディだぞ!」


「イチコロボディって……まあ……褒めてるのよね?」


そう言いながら、白石さんはもう一度鏡を見て確認する。


 

一方、俺はというと――


「……は……はわわわ……」


部屋の隅で、完全にフリーズしていた。


胸元には「3-1」とさりげなくあしらわれたデザイン。

ノースリーブに、軽やかなミニスカート。

高校の体育祭にしては、かなり凝った作りだ。


露出自体は控えめなはずなのに、

布地が身体に沿うせいで、動くたびにラインが分かる。

踊るための衣装だということは理解できる。


でも――


……これは……想像以上に、恥ずかしい……。

 

「みんなサイズぴったりでよかったね!当日、楽しみだな〜!」


「赤組、優勝するぞー!!」

 

「…………」


楽しそうな三人の声を聞きながら、

俺はなんだか、胸の奥がちくっとした。

スタイルのいい三人に比べて、

鏡の中の自分はどこか頼りなく見えてしまう。


……こういう時、すぐ卑屈になるの、ほんと良くないな。

分かってはいるけど――

気持ちは、そう簡単に切り替えられなかった。


ここ五か月ほどで、

この三人のいろんな服装を見てきた。

制服、私服、運動着、下着、水着

どんな格好でも、結局は“卒なくこなしてしまう”。



完璧なバランスの真桜さん。

スポーティで引き締まった桐谷さん。

そして、むっちり柔らかくて目を引く白石さん。


……うーん。

正直、眺める分にはこれ以上ない三人だ。

だからこそ自分と比較してしまう。


「ほらほら! ゆかっちも!」


「え!? ちょっ――」


強引に腕を引かれて、鏡の前へ連れて行かれる。

そこに映ったのは、

おとなしく立つチアユニフォーム姿の女子。


もじもじとスカートの裾をきゅっと押さえて、

どこか居心地悪そうに立っている。


……俺の、こんな姿。

制服を着たとき以来かもしれない。


「ゆかっち、似合ってるぞ!」


「うんうん、可愛い!」


「そ……そんな……」


褒められているはずなのに、

なぜか素直に受け取れない自分が、情けない。


「は、恥ずかしい……」


「大丈夫だって! 当日はみんなこれ着るんだから!」

 

「来週かぁ……早いね」


そんなふうに、

照れとワクワクと、ほんの少しの不安が混ざったまま、

女子会はわちゃわちゃと続いていった。

俺も、なんとかその輪に馴染もうとしていた。

 

「それじゃ、赤組の勝利を祈って――頑張るぞー!」


「「おー!!」」


「お、おー……!」


掛け声に少し遅れて、俺も声を出す。

 

やがて日も暮れ、解散の時間。



玄関先では――


「剛〜! 待ちくたびれたぞ!」


「おーう、悪い悪い。筋トレしてた」


「これ以上ムキムキになる気?」


「サッカーはフィジカル命だからな。

じゃ、俺らも帰るわ。お疲れさん!」


「お疲れ!」


飯田くんと桐谷さんは、

相変わらず仲良く並んで帰っていった。

恋人同士、ラブラブで…

 

残ったのは、俺と翔、それから久我くん。


「裕香さん、白石さんはもう帰ったのかな?」


「あ……う、うん。いろいろ忙しいみたいで……」


「そうか……了解」


一瞬、沈黙が落ちる。

その空気から逃げるように、俺は言った。


「それじゃ、私も帰るね。またね、翔。久我くん」


「おう、気をつけてな」


「うん、また明日」


すっかり日が暮れた帰り道を、

街灯の明かりを頼りに、俺はゆっくり歩いていた。


「チアユニフォーム……俺、当日ちゃんとやれるのかな……」


胸元に浮かぶ不安は、なかなか消えてくれない。

やっぱり、

こんな俺が人前に立つなんて

不相応なんじゃないか、って思ってしまう。

 

それでも、ふと頭に浮かんだのは、

練習中のクラスのみんなのと三人の姿だった。


……あんな顔を見てしまったら、

簡単に投げ出すわけにもいかない。

 

「でも……俺も、そろそろ頑張らなくちゃな……」



「前川裕香として……ちゃんと、しなくちゃ」


できるだけ、足は引っ張りたくない。

みんなの中で、ちゃんと一緒に立ちたい。

そして――

今度こそ、高校の“青春”ってやつを、

逃げずに味わってみたい。




場面は変わり、翔と久我。

神宮寺家の敷地内、夜風が少しだけ涼しくなり始めた頃だった。


「……そっか。もう帰ったのか」


ぽつりと、翔が呟く。


「どうかしたか? 久我くん」


「あ、いや……僕も、そろそろ帰ろうかなって思ってさ」


久我は少し視線を逸らしながら、ぎこちなく笑った。

その様子を見て、翔は一わざとらしく咳払いをする。


「…………白石。チアユニフォーム」


「……っ!?」


久我の肩が、わかりやすく跳ねた。


「やっぱりな」


「う……そりゃ、気になるに決まってるよ……」



「当日、かっこいいところ見せてやろうぜ。

俺も応援するからさ」


「……そうだね。ありがとう」


一瞬の沈黙のあと、久我は少しだけ真剣な表情になった。

「ところで……神宮寺くんは、どうしてこんな僕に、ここまで気にかけてくれるんだい?」



「……まぁ、俺も似たようなもんだからな。

なんていうか……共感できるんだよ」


「え!? 君が!?

……その……一体、誰のことなんだい……?」


「それは内緒だな」


「ぐっ……」


悔しそうに唸りつつも、久我は苦笑する。

「でも……なんだか、距離が縮まった気がするよ。

僕も神宮寺くんを応援してる」


「そう言ってもらえると心強いな。俺もだよ

同じ立場の人間がいるってだけで、だいぶ違う」


二人は並んで歩きながら、それぞれの想い人を胸に秘めていた。

ふと、翔がニヤリと笑う。


「で? 白石さんのチアガール、楽しみか?

ん?ん? どうなんだ?」


「ま、まぁ……あの清楚な白石さんがチアガールになるなんて思わなかったし……」


「でも……制服姿が一番好きかな」


「ははは!なんだよ、ちゃんと男子じゃねぇか!安心したぜ」


「思春期の男子なんて、みんなこんなものだよ。

……僕を含めてね」


夜道に、二人分の笑い声が小さく響いた。

体育祭当日へ向けて、

それぞれの“戦い”が、静かに始まっていた。

 

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