第48話 野菜の中で何が1番エロいか
「さあ清水。お前の意見を聞こうじゃないか」
右隣りに座っている大塚が腕を肩に回しながら聞いてきた。
これでもう逃げることはできない。
どうして俺は椅子に座る前にどんな内容か聞かなかったのだろう。
こんな話をしているとは全く想像していなかった。
「どうした? 何でずっと黙ってる?」
「いや……何というか……。何でわざわざ野菜でやってるんだよ。回りくどいこと言ってないで、普通にタイプの異性の話すればいいだろ」
なぜわざわざ野菜というジャンルに『エロさ』を求めているのか意味が分からない。
体育祭を経てようやく話せるようになったと思っていたのに、常にこんな話題だらけなら今後の距離を考える必要があるな
すると左隣にいる足立が凄い剣幕で顔を近付けてきた。
「馬鹿野郎! それじゃ面白くないだろ!」
体育祭の時以上に目が血走っていて、少しの攻撃力を孕んでいた。
まるで腹を空かせた肉食獣のよう。
足立……お前、どうしちまったんだよ。
エロというのはここまで人を変えてしまうというのか。
「まあまあ足立。まだ清水は来たばっかだから」
仲裁に入ったのは意外にも石橋だった。
誘った本人だから幾分か気を遣ってくれているのかもしれない。
こいつのことを見直さなくては。
そう思っていると、石橋がポンと俺の右肩を叩く。
「で、清水。お前は何の野菜がいいんだ?」
――前言撤回。やっぱり石橋は石橋だった。
やけに優しそうな声色で、小学生のようなキラキラした目を向けてくる。
「あーもー。分かった分かった! 言うから! ……ちなみに今出てる野菜はなんだ?」
もう逃げ出すのも答えないのも諦めた俺は、腹を決めてこの不毛な争いに参加することにした。
「えっと今出てるのは、大塚が大根って言ってて、前田が水菜、足立が人参、俺がズッキーニ」
「……もう何からツッコんだらいいのか分かんねえよ」
思わず頭を抱える。
駄目だ。腹を決めたつもりだったけど、こいつらの思考について行けるような自信がない。
「おい何だよ清水。そんな頭抱えて」
「そりゃ抱えるだろ……。何言えばいいんだよ」
「素直に言えばいいんだよ。お前も1回くらいは考えたことあるだろ?」
「無ぇよ!」
強めに否定すると、石橋が一気に真剣な眼差しを向けてくる。
そしてまるで事情聴取をしている刑事のような声色で言ってきた。
「本当か? お前、これまで1度も本当に考えたことがないのか? 野菜がエロいと、本当に考えたことがないのか?」
「ね、無ぇよ!」
「本当か? 本当にそうなのか?」
「な、無い……はず」
「本当か?」
1回。2回。3回と幾度となく聞き続けられ、段々と自信が無くなってきた。
俺は今まで野菜をエロいと感じたことが……無いのか?
覚えてないだけなんじゃないのか……?
隠したいだけなんじゃないのか……?
自分の心に蓋をしているだんじゃないのか……?
そんな思考が頭を過る。
「もう1度だけ聞くぞ清水。お前、野菜をエロいと思ったことが今まで1回も無いのか?」
石橋の言葉がゆっくりと全身に響く。
じわじわと……まるで血が通っていくみたいに。
体の隅々まで行き渡り、無意識に蓋をしていたところにまで浸透していく。
そして――
「……パプリカ」
「え?」
「俺はパプリカがエロいと思う」
気づけばそう口にしている自分がいた。
口にしたことでどこか晴れやかな気分になっている自分がいる。
すると石橋は本当に嬉しそうに微笑み、もう1度俺の肩を優しく叩いてきた。
「ところで何でパプリカなんだ?」
「何かギャルっぽくないか? パプリカって」
「お前……ちょっときもいぞ」
「おい」
せっかく参加したのにその言い草はないだろ。
お前が何度も何度も聞いてくるから答えたんだぞ。
「あ、違うぞ。今のきもいは良い意味できもいだぞ」
「きもいに良いも悪いもないだろ」
「まあまあまあ。とりあえず清水も言ったことだし、また始めようぜ」
前田と足立の隣に石橋が座り、議論が再スタートすることになった。
しかし誰1人として自分の意見を曲げない姿勢を見せ続けていた。
最初の方は全くついて行けないと思っていたが、話しているうちにどんどんのめり込んでいき、この話し合いが楽しいと感じる自分もいた。
きっと傍からみたら心底くだらなくて、馬鹿みたいな話をしていると思われている。
俺もそうだったから。
でも内側に入るだけでこんなにも楽しさを味合うことができる。
「だからお前らいい加減分かれって! 人参はな、幼馴染み系なんだよ! ずっと隣にいて元気に走り回ってる姿が浮かぶだろ!」
「大根の太ももは絶対にいいぞ。あれは良いハムストリングスをしている」
「水菜ってもう名前からして清楚感半端ないだろ」
「ズッキーニは形がもう駄目だろ」
「いーや! 絶対にパプリカだ!」
白熱した議論は昼休みのチャイムが鳴るまで止まることはなく、最初に予定していた『デートの場所』に関して何1つ聞くことはできなかった。
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